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宿星 〜遥か天頂を目指して〜  作者: けん@転生したら才能があった件書籍コミック発売中


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第13話 初めての給金

 給金を受け取ったのは、騎士見習いになって最初の月末のことだ。


 革袋を手渡されて、中を確かめると銀貨が数枚と銅貨が並んでいる。生まれて初めて、自分で稼いだ金だ。孤児院にいた頃は金なんて触ったこともない。ヴォリトのもとに来てからは従士にも小遣い程度は出ていたが、自分で稼いだ金というのはこれが初めてだ。


 革袋を握りしめながら、何に使うかを考える。


 四つ浮かんだ。


 一つ目は孤児院への仕送り。エレナとマルクの顔が浮かぶ。二つ目はアリアへのお礼。三ヶ月間、文字も知識も剣も、全部教えてもらいっぱなしだ。三つ目は自分の装備。騎士見習いになったなら、そろそろ剣を新調してもいいかもしれない。そして四つ目は――クロフォードの木剣の手入れ道具。三年近く使い続けてきた木剣は、今でも毎晩素振りに使っている。


 四つ全部は買えない。でも今すぐ決めなくていい。今日の休みに街に出て、その時に決める――そう思いながら、革袋を懐に入れる。





 騎士見習いの日常は、従士の頃と似ているようで全然違う。


 武具の手入れと馬の世話は変わらない。でもそれに加えて、街の巡回と報告書の作成が加わる。巡回は体を動かすから苦にならない。気づけばいつもアリアが隣を歩いていて、別に約束したわけでもないのに自然とそうなっている。問題は報告書だ。


 巡回で起きたことを文字にして提出しなければいけないのだが、書くのが遅い。内容はわかっている。でも文字を紙に落とすのに時間がかかる。隣の席で他の騎士見習いがさらさらと書き終えているのに、俺はまだ一行目を直している。


「またそこで止まってるのか?」


 レオが横から覗き込んでくる。レオも同じ試験で騎士見習いになっていて、今は隣の机で報告書を書いている。


「うるさい。書いてる」

「書いてるというより、悩んでるだろ。どこで詰まってる?」

「この字が出てこない」

「どれ――ああ、これか。俺も最初は間違えてたな。こっちの画が先だ」


 レオが紙の端に手本を書いてくれる。半年前なら素直に教わることもなかったのに、今は「ありがとう」と言って写せる。レオが「お前が礼を言うとは思わなかった」と笑う。


「言う時は言う」

「成長したな」

「最初から変わってない」

「……まあ、そうかもな」


 レオが笑いながら自分の報告書に戻る。騎士見習いになってから、レオとは不思議と話す機会が増えている。絡んでくる顔から、普通に話せる顔に変わっている。俺は何も変えていないのに、周りが変わっていく。そういうものらしい。


 後輩の従士に剣術を教える機会もある。自分が教える側に回るのは初めてで、どう伝えればいいかわからなくて、結局「見て覚えろ」と言ってしまう。後でアリアに「それは教えているとは言わない」と怒られた。





 その週の終わり、ヴォリトが騎士見習い全員を中庭に集めた。


 二人一組、もしくは四人一組の編成を発表するという。騎士見習いは複数人で行動することが多くて、それを今日から決めるらしい。


 考えてみればナイトクローラーの時も、騎士見習いは四人で連携していた。きっとそういうものなのだろう。全員が誰と組むかを気にしながら、ヴォリトの言葉を待っている。


 ヴォリトが名前を読み上げていく。レオと別の騎士見習いの三名が呼ばれて、四人が頷き合っている。次の組、また次の組と発表が進んでいく中で、俺は何となく嫌な予感がしていた。


「アリア、ソラ」


 ヴォリトが静かに言った瞬間、俺とアリアが同時に声を上げる。


「「どうして!?」」


 俺たちだけペア。

 他の奴らは四人一組なのに。

 

 中庭がしんと静まり返った後、誰かが噴き出す。レオが口を押さえながら肩を震わせていて、他の騎士見習いも似たような顔をしている。全員が「知ってた」という顔だ。


「相性がいい」


 ヴォリトがそれだけ言って、次の組の名前を読み上げる。終わりだ。それ以上の説明は一切ない。


 隣でアリアが腕を組んで、ため息をついている。俺も腕を組んで、別の方向を向く。結局ペアは俺とアリアだけだった。





 その夜、中庭の隅でアリアと並んで壁にもたれている。


「なんで私たちがペアなの」

「俺が聞きたい」

「他にいなかったのかしら」

「他の奴と組む気はないけど」


 アリアが少し黙る。


「……どういう意味よ」

「ずっと考えていた。お前以外と組んだら、息が合わない」

「それは――まぁ、そうかもしれないけど」

「でも納得はいってない」

「それは私のセリフ!」

「いや、俺のだ」


 またアリアが黙る。今度は少し長い。


「……一つ聞いていい」

「何だ」

「私のこと、信用してる?」

「してる」

「即答ね」

「考える必要がないから」


 アリアが視線を外して、夜空を見上げる。その横顔が、少し柔らかい。


「……私も、信用してるわ。一応」

「一応ってなんだ」

「全面的には信用していないということよ」

「どこを信用していない」

「無茶をする部分」

「それは直さない」

「わかってる。だから一応なの」


 俺は少し笑う。アリアが「なんで笑うの」と言ってきたが、答えない。こいつしかいない、と思っているのは俺だけじゃないはずだ。それだけわかれば十分だ。




 初めての正式なペア巡回は、その翌日だった。

 街の大通りを二人で歩きながら、周囲に目を配る。アリアが右側、俺が左側。自然とそうなっていて、誰に教わったわけでもないのに、互いの死角を補う形になっている。

 巡回を終えて屋敷に戻ると、ヴォリトが中庭で腕を組んで待っていた。


「どうだった?」

「問題なかった」

「特に異常はありませんでした」


 俺とアリアが同時に答える。ヴォリトが二人を見比べて、静かに言う。


「お前たちは二人で一人前だ。ソラは剣と魔力はあるが判断が雑で、知識が足りない。アリアは判断と知識はあるが、前線を一人で押し切る力がソラほどはない。互いに補え」


 一瞬の間があって、また同時に口が開く。


「一人前じゃないってことか!?」

「一人前じゃないということですか!?」


 ヴォリトが無言で踵を返して去っていく。背中が「そういうことだ」と語っていた。

 俺とアリアは顔を見合わせて、同時にため息をつく。悔しいが、反論できない。一人前と認められるまで、こいつと組むしかない。





 休日の昼、街に出る。


 革袋を握りしめながら、四つの選択肢を頭の中で並べる。孤児院への仕送り、アリアへのお礼、自分の装備、クロフォードの木剣の手入れ道具。


 仕送りは来月にする。今月分の給金は全部使わずに少し残して、来月まとめて送る方がいい。アリアへのお礼は――何を贈ればいいかわからないし、贈ったら贈ったで「気を使わないで」と言われる気がする。自分の装備は、まだ今の剣で十分だ。


 残るのは、クロフォードの木剣の手入れ道具だ。


 道具屋に入って、木剣用の油と布と砥石を選ぶ。店主が「木剣用ですか? 珍しいですね」と言ったので「訓練用だ」と答える。革袋から銅貨を出して払うと、小さな包みを受け取る。


 店を出て、包みを手の中で確かめる。


 クロフォードの木剣は、もう二年以上使い続けている。あいつが孤児院の裏庭に残していった木剣で、壁の染みを金色に塗りつぶした時も、ヴォリトにボコボコにされた時も、毎晩の素振りも、ずっと一緒だ。新しい剣を買っても、この木剣だけは手放す気になれない。


 クロフォードがいなくなったあの朝から、全部ここから始まっている。


 包みを懐に入れて、屋敷に向かって歩き出す。夕暮れの街並みが、橙色に染まっていた。

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