第12話 騎士見習い昇格試験
ラッパの音で目が覚めた瞬間、今日が何の日かを思い出して、体が勝手に起き上がる。
試験当日だ。
三ヶ月間、この日のために積み上げてきた。毎晩天翔纏の訓練をして、アリアに文字を叩き込まれて、知識を詰め込んで、剣を振り続けた。緊張しているかと言われたら――していない。していないというより、腹の底が静かに燃えている感じだ。
武具の手入れを済ませて中庭に出ると、アリアがすでに待っている。いつもより少し早く起きたはずなのに、こいつはもっと早い。
「緊張してる?」
「してない」
「顔が少し硬いわよ」
「そういう顔だ」
「……嘘をつかないで」
「してないって言ってる」
アリアがため息をついて歩き出す。その横に並んで、試験会場に向かう。朝の空気が冷たくて、でも体の中だけが熱い。
♢
広い石畳の広場に、十数人の受験者が集まっている。全員が騎士見習いを目指す従士で、俺より年上の顔が多い。中にはレオの姿もある。端の方にアリアが立っていて、腕を組みながらこちらを見ている。
最初は剣術試験。
試験官の騎士と一対一で手合わせをして、実力を見せる形式だ。俺の番が来て、試験官と向かい合う。三十代くらいの騎士で、体格がいい。構えを見ると、基礎がしっかりしている。
試験官が踏み込んできた瞬間、体が動いていた。
天翔纏は使わない。素の剣技だけで行く。試験官の踏み込みを見切って横に動き、剣を弾いて間合いを詰める。試験官が反応しようとして、でも一拍遅い。もう一度踏み込んで、木剣を喉元に突きつけた。
静寂が落ちる。
試験官が目を丸くしている。周りの受験者がざわついている。「従士があの騎士を……」という声が聞こえてきたが、気にしない。端の方でアリアが腕を組んだまま、でもわずかに口の端が上がっているのが見えた。
「もう一本、お願いします」
試験官が静かに言う。今度は本気で来るらしい。俺は木剣を構え直す。二本目も、三本目も、全部取る。試験官が最後に「……結構だ」と言って、何かを書き留めていた。
♢
次は魔法試験。
石畳の中央に、複雑な魔法陣が刻まれた石板――魔紋盤が置かれていて、手を当てると魔紋が浮かび上がり、色と紋様の広がりで属性と魔力量を示す仕組みらしい。他の受験者が次々と前に出て、炎を示す赤い紋様や、風を示す翠の紋様を浮かび上がらせている。試験官が紋様の色と広がりを確認して、手際よく採点していく。
俺の番が来る。
魔紋盤に手を当てると、紋様が金色に輝く。試験官が首を傾けた。隣の試験官が魔紋盤を覗き込んで、また首を傾ける。二人が何事かを話し合っている。
「属性は……天、属性?」
「記録にない紋様だ」
「しかも紋様が魔紋盤全体に広がっている。こんな例は見たことがない」
ざわざわと声が広がる。俺はそれより、次の魔法展開に集中する。深く息を吸って、魔力を練る。三ヶ月間、毎晩やり続けてきた。この感覚はもう体に染み込んでいる。
「天翔纏」
金色の光が全身を包む。会場がざわっと揺れる。試験官が何かを叫んでいるのが聞こえたが、よく聞き取れない。天翔纏を纏ったまま一歩踏み出すと、足が地面を蹴る感触が違う。軽い。視界が開いている。三ヶ月前より確実に安定していて、光が全身を均等に包んでいる。
端の方でアリアが、口に手を当てて何か言っている。何を言っているかは聞こえなかったが、その目が少し潤んでいる気がした。
♢
最後が知識試験。
長机に座って、紙が配られる。魔物の生態、地理、歴史の問題が並んでいる。制限時間は一刻。
最初の問いを読んで、答えを書き始める。手が遅い。文字を書くのはまだ時間がかかる。焦っても字が崩れるだけだから、丁寧に、でも急いで書く。三ヶ月間アリアに叩き込まれた内容が、ちゃんと頭に入っている。グリムウルフとダークウルフの違い、魔物のランク基準、フェリシテ星煌王国の地理――全部アリアの声と一緒に思い出せる。
ページをめくると、次の問いが来る。また書く。また次のページ。手が追いつかない。書ききれていない問いがいくつかあって、でも終了の合図が来る。
筆を置いて、天井を見上げる。全部は書けなかった。でも書けるところは全部書いた。
♢
結果発表まで、アリアと並んで壁にもたれながら待つ。
「どうだった」
「知識が怪しい」
「どのくらい」
「半分くらいは書けた」
「……合格ラインは六割よ」
「じゃあ微妙だな」
アリアが頭を抱える。
「剣術と魔法で満点近く取っても、知識で落としたら意味がないじゃない。あれだけ教えたのに――」
「半分は書けたって言ってる」
「半分じゃ足りないの!」
「うるさい。結果を待つ」
アリアが「はぁ」と深くため息をついて、また壁にもたれる。隣に立っていると、アリアが微かに体を震わせているのが伝わってくる。緊張しているのは俺じゃなくて、こいつの方かもしれない。
♢
試験官が合格者の名前を読み上げ始める。
一人、二人と名前が呼ばれていく。呼ばれた受験者が前に出て、騎士見習いの証を受け取っていく。俺は壁にもたれたまま、静かに待つ。
「――ソラ」
名前が呼ばれた瞬間、隣から何かが飛んできた。
アリアだ。気づいた時には腕が背中に回っていて、何が起きたかわからないまま、俺はその場に突っ立っている。白銀の髪が顔の横にあって、柔らかくて心地よくて、いつの間にか慣れ親しんだ匂いが脳に突撃してくる。アリアの体が小刻みに震えているのがわかる。
悪い気は……しない。
すぐにアリアが離れる。顔が真っ赤で、視線を外して「……別に、当然の結果だから。喜んでいるわけじゃないわ」と言う。
「素直じゃないな」
「うるさい! 早く前に出て!」
俺は前に出て、騎士見習いの証を受け取る。小さな銀色の徽章で、手のひらに収まるくらいの大きさだ。それだけなのに、手が少し震えている。
♢
夜、部屋に戻ってベッドに倒れ込むと、天井がぼんやり見える。
騎士見習いになった。三ヶ月前、ヴォリトに「準備しろ」と言われた時、腹の底に火が点いた。その火が今日、一つの形になる。
徽章を手の中で握る。クロフォードは今、どこにいるんだろう。帝国の中で、どれだけ高いところまで行っているんだろう。でも関係ない。俺は俺のやり方で、一歩ずつ追いついていく。従士から騎士見習いになった。次は騎士になる。その次は……なんだっけ? まぁいいや、いつか――三大極星になる。
――待ってろよ、クロフォード。まだまだここから先があるからな。




