第120話 紛糾
翌朝の軍議には昨日いなかった四人が戻っていた。
卓の向こうにゴードンと金剛星将隊の星柱に、バルカンとダリオ。
そのゴードンが得意気な表情で昨日の戦果を述べる。
「昨日、我が隊と爆裂隊は帝国軍の右翼を叩いた。敵の死者はおよそ百。負傷を含めれば、その三倍は削っている。対してこちらの死者はなし。負傷者は出たが、いずれも聖属性の使い手が処置を終えた。今朝には全員が持ち場へ戻っている」
嘘は一つもない。数字だけを並べればこれは大勝だ。
「ドッカーン! だぜ!」
バルカンも軽口を叩く。確かにあれだけの威力の魔法を唱えられるのであれば、気持ちがいいのかもしれない。が、ヴォリトの表情は渋い。
「お前たち、何の反省もしていないのか?」
「する必要がない。正しかったことを証明してきた」
その言葉にため息をつくヴォリト。
俺もアリアに言われなければ、ゴードンのように楽観視していたに違いない。
「戦いはずっと見ていた」
「ってことは、雷の旦那も俺の魔法が爆裂するところも見ていたよな?」
「そうだな。徐々に対策されているのも、お前が標的になりつつあるのも、途中で魔力が枯渇してきて、思ったような威力がでないのも。まともに放てるのは十発程度だろう? 次も同じことが通じると思うな」
「…………」
ヴォリトがぎろりと睨んで圧を出すと、バルカンは言い返せない。
しかし、ゴードンはそれを真っ向から否定する。
「こちらの被害はない。これで大失敗だったら何が成功なのか言ってみろ!」
卓を叩いて立ち上がり、激昂するゴードン。
それを、シュナイゼルは冷ややかな目で見ている。
雰囲気は最悪だ。
そんな中、発言したのはアリアだった。
「起きてしまったことは仕方ありません。これからのことを考えませんか?」
「……そうだな」
アリアの言葉にヴォリトが頷き、ゴードンも渋々といった様子で椅子に座る。
ようやく話し合いの雰囲気になったところで、アリアが続ける。
「私とソラは西側の斥候を行いたく存じますが、よろしいでしょうか?」
「うむ。有角馬を使えば、追われたところで戻ってこられるしな」
「はい。それにソラの【天瞰眼】は、敵の斥候や伏兵をも見抜きます。以前、シャーレ様が気配を消していたことがありましたが、ソラの眼はあっさりそれを見抜きました」
「ほう、シャーレ様のを見抜くのであれば、これ以上の適任はいないな。昨日の戦いを見る限り、腕は本物のようだ」
シュナイゼルの同意も得たところで、俺とアリアの役割は決まった。
「問題は東側だが、二人はどうやっても戦いたいのであろう?」
「当然だ。最強の矛と盾がある以上、どんどん相手を削っていく」
「ただ、お前たちの弱点はバレていると言ってもいい」
「弱点? 弱点など――」
「接近されるとどうしようもない、ということだ」
ヴォリトに指摘され、反論できないゴードン。
「確かに魔法戦であれば、お前たちは優位かもしれない。ただ、接近されればその力が大きく制限される。幸いなのはバルカンの爆発音に軍馬が驚いて逃げること。ただ、黒竜凶将が動けば、その優位もなくなる」
「黒竜凶将というのは、どういう奴なんだ?」
聞いておくだけにしておこうとしていたのだが、思わず口に出してしまった。
「簡単に言えば、竜のようなものを創り出し、それを操ることができる。ただ、竜自体は鈍重。基本は移動できる盾役といった運用をしてくる」
ということは、東側は盾と盾がぶつかりあう構図だったのか。
「話がそれたが、東側の鍵を握るのはシュナイゼル――お前の瞬刃隊《第八軍》だ。お前自身は牙を隠し、その時に備えろ。黒竜凶将も初見でお前にマークされれば、対応できないはず」
「承知しました。もっとも有効なタイミングで跳びます。ただ、昨日のように勝手に突撃していくのであれば、瞬刃隊《第八軍》は動かさないので、そのつもりで」
シュナイゼルはヴォリトには敬意を示すが、ゴードンに対してはそれが感じられない。
ゴードンはそれが気に入らないらしく、不快を露にして、席を立つ。
「じゃあ、今日の軍議は終わりだな!」
そう言って屋敷を出て行くと、バルカンとダリオ、金剛星将隊の星柱も、その後を追う。
扉が閉まる音がやけに大きく響いた。
「ふぅ……」
ヴォリトがため息をつくと、シュナイゼルの表情は少し柔らかくなる。
「ゴードン様はよほど焦っているようですね」
その言葉に、ヴォリトが頷く。
「そうだな。よほどお前たちの隊を脅威と感じているのだろう」
「どういう意味だ?」
俺の問いに答えたのは、シュナイゼルだった。
「知らないのか……第八軍から十一軍を率いる者の誰かが七輝星将になった場合、ゴードン様の序列が一つ下がると思っておられるのだ」
「序列が下がる?」
「そう、今でこそ金剛星将隊は第六軍だが、戦闘力を有している軍ではない。土木に重きを置いた、守りを重視した軍団だからな」
なるほど。俺が星将に上がって天聖隊が第七軍になったとしたら、すぐに入れ替えが起きて、俺が第六軍の隊長となり、ゴードンが第七軍に落ちるかもしれないと思っているのか。
論功行賞の席で、シャーレに言われたことを思い出す。
確か、俺が第十一軍の隊長に指名されたのを、ゴードンだけは賛成しなかったと。
「ゴードンは自分の価値を分かっていない」
ヴォリトが言葉を継ぐ。
「星国にとって、ゴードンの金剛星将隊は唯一無二。これほどまでに軍用に特化した交通網を敷いているのは、星国くらいのものだ。そのほとんどがゴードン率いる金剛星将隊の手柄。それを陛下や宰相、シャーレが何度も称えてはいるが、あいつは武功こそがすべてと思い込み、手柄を立てようと焦っているのだ」
「じゃあ、それを本人に言ってやればいい」
「ソラはあいつを見て、俺が言った言葉を聞く人間だと思うか?」
「…………」
逆効果だ。
ヴォリトが言ったら、ゴードンは逆にムキになりそうな気がする。
「そうか。分かった。じゃあ、俺とアリアは斥候に行く」
そう伝え、俺とアリアも屋敷を後にした。
♢
「偉くなると、ああいうのをずっとやるのか?」
斥候に出る道すがら、有角馬に跨り、同じく有角馬に騎乗するアリアに問う。
「そうね。獣人との戦いの時のように、星将は一人の方がまとまりやすいのかもしれないわね」
確かにあの時はすべてをグラハルトが仕切っていた。
各地で起こる戦いを地図を広げて盤面だけを見ながら指揮をするというのに、俺は向かない。前線に立って剣を振るっている方が楽だ。
でも、楽だからと言って、逃げるわけにはいかない。
それに俺にはアリアがいる。シャーレが言っていたように、アリアがいるということはどの部隊よりも有利に働くのだ。こいつがいなければ、今頃は俺もゴードンと武功を競うように東で剣を振っていただろう。
そんなことを考えながら、最西端の街、クアドラストの城壁を抜けて、北へ向かう。轟雷星将の斥候もちらほらと見かけるが、俺たちはさらにその先へ行く。
アリアと二人、有角馬で駆けて行くと、岩場が見つかる。
そこからだと、西側に布陣する灰燼凶将の部隊が良く見えると思い、近づくと、気配がする。
「待て、アリア」
アリアはすぐに有角馬を止まらせる。
「【天瞰眼】!」
金の眼で周囲を探ると、黒い外套を纏った男たちが岩場に潜んでいた。
その近くには、紫紺の外套を纏った死体。
斥候がやられている。
「アリア、そこに十人近くの斥候がいる」
「……ここから斥候をしても、星国の街は見えない……もしかしたら、魔法で見ているのかもしれないわね。ということは、私たちのことにも気づいているはずよ」
「ああ、【天瞰眼】を使って視ているというのもな」
「どうするの?」
「どうするって……そりゃあ、もちろん――」
そう言って、有角馬で岩場まで一気に駆ける。
刹那――
岩場から矢が飛んでくるが、有角馬はそれを余裕で回避。
そのままの勢いで、俺は有角馬から飛び降り、岩場の影へ突っ込む。
黒い外套を纏った奴らは、すでに迎撃態勢をとっていた。
「隊長! 相手は二人です!」
「囲め! いつものように囲んで殺すぞ!」
「上位魔士のヴァイド様の斥候隊に突っ込んでくるとは、無謀な――」
一人、何かを言っている最中に首を刎ねる。
同時に一人が軍馬に騎乗し、北の方へ逃げて行くが、それは無視。
囲んでくる帝国の兵を相手にする。
囲んでくるのだから、一斉に得物を取り出して襲い掛かってくるものだと思っていたら違った。
囲まれはしているが、かなりの距離。
そして兵たちが片手を前に掲げ、魔法を唱える。
「「「【魔矢】!」」」
弱く発光する矢が降り注ぐ。
「【天翔纏】!」
金を纏って、それらを剣で薙ぎ払う。
「こいつ! ただものじゃない!」
「怯むな! 撃ち続けろ!」
何度も魔力の矢を飛ばしてくるが、それを払って殲滅。
終わった頃にはアリアが先ほど逃げ出した奴を仕留めて帰って来ていた。
「どうやら、この人がヴァイドらしいわ。眼に魔力を込めることで、遠方まで視えるようになるらしいの。ずっと私たちを視ていたのでしょうね」
「ああ、でもこれで相手の斥候は倒した。俺たちの情報はもう抜かれることはない」
「そうね。私たちの隊には珍しい属性がたくさんいるから、情報が抜かれないということはかなりのメリットよ」
天聖隊が合流する前で良かった。
「新たな斥候が来る可能性は?」
「あるわね。でもヴァイドだからこそ、ここから視えた。次に来る斥候はもっと星国に近づかなければ視ることはできないのではないかしら。たった十人を倒しただけだけど、かなりの価値があると思うわ。私たちの属性を知っている者は全員倒したのだから」
やはり、情報というのは秘密にしていればしておくほどいいようだ。
今ならシャーレがルミィとして身分を偽っているのも、なんとなく分かる。
分かった上で俺はやりたくはないが。
「今日はここで相手の出方をうかがっていましょう」
「そうだな」
「ソラ、ここに頭を置いて」
有角馬から降りたアリアが岩場に座って、膝の上を叩く。
そこに頭を乗せろということだ。
「ああ」
そう言って、俺は久しぶりにアリアの膝枕で治療を受ける。
斥候するのも悪くない。
そう思える瞬間だった。




