第119話 金剛と爆裂
「ヴォリト! 金剛星将隊と爆裂隊が――」
屋敷に飛び込んで、見たままを伝えた。
「――ちっ!」
ヴォリトが不快感を表すと、感情の昂ぶりに合わせて紫電が走る。こいつがこんな態度を見せるのを、初めて見た。
「どうする?」
「……動かん」
「このままでいいのか?」
「俺が動けば、西が手薄になるとバレる。そこに帝国の凶将が攻め込んできたら、ひとたまりもない。それに、消耗して勝てる相手ではない」
そこまで、対峙する灰燼凶将は手ごわいというわけか。
ヴォリトの決断に、シュナイゼルも頷く。
「戦力というのは相手に見せた瞬間から目減りする。昨日アリアが言った通り、今は見に徹するべきだ」
二人が言わんとすることは分かる。
ただ、それはあいつらが突っ込む前の話。今はそうじゃない。
「それは、あいつらがいてこその話だろ? 見捨てるのか?」
俺の問いに答えたのは、シュナイゼルだった。
「今から出たところで間に合わない。俺の魔法を使えばたどり着けるが、行ったときには魔力は空に近くなる」
「ヴォリト、間に合って消耗しなければ、行ってもいいか?」
「……構わん。ただ、そんな手は――」
「ある。俺とアリアには有角馬がある」
「有角馬……だと?」
こいつらには情報が届いていないのか。
昨日、皆の注目の的だったから、報告が上がっているものだと思っていた。
「ああ、シャーレとセフィーラの許可は得ている」
「……分かった。だが条件がある。ソラ、お前とシュナイゼルはこの戦場における切り札だ」
「切り札?」
「俺の雷は帝国も知っている。ゴードンの金剛も。帝国はお前たちのことは知らん。天聖隊《第十一軍》がどんな隊で、隊長が何を使うのか、帝国は一つも知らんのだ。本当であれば、バルカンの爆属性こそ隠しておきたかったが、それは仕方ない」
言われてみればそうだ。
呪将を倒したことは帝国も知っているかもしれないが、俺がソラというのは知らないはず。それに天聖隊というのも知らないに決まっている。なんせ、星国の騎士ですら知らない者がいるくらいだ。
「だから、なるべく隠せ。見せるのは最低限だ。呪将を倒したということは、氣を巡らすことはできるのだろう?」
「ああ、なんなら【天翔纏】と同時にできる」
ヴォリトは納得したように頷き、シュナイゼルは口を開けたままになる。
「他に魔法は?」
「ヴォリトも知っているだろうが、【天衝脚】という空を駆ける魔法。それと、【天瞰眼】という見透かす魔法に、【天喰霧】という、相手の魔法を喰う魔法がある」
「【天喰霧】は【天翔纏】よりも、相手の魔法を喰うのか?」
「ああ、それに広範囲だ」
「なるほど、では【天喰霧】だけは隠せ。帝国は魔法に秀でる者が多い。帝国にとって、お前の【天喰霧】は脅威となる」
そういえば、誰かが言っていた。
獣国は力。
呪国は技。
西国は経済。
そして帝国は魔法だと。
確かに、魔法に強い俺の天属性は帝国にとって脅威となりうる。
「アリア、ソラの手綱を握れるのはお前だけだ。任せる」
「――承知しました」
アリアが胸に手を当てて頭を下げる。
「ソラ、レオは待機させておけ」
「分かってる。有角馬は二頭しかない」
「……頼んだ」
「分かった」
アリアと共に屋敷から飛び出した。
♢
外に出ると、有角馬の馬上からネイの声が降ってくる。
「ソラ! 東で戦闘が――」
そわそわするネイに、アリアが問いかける。
「昨日、ダリオから何か聞いた?」
「いや、何も。多分、ダリオも戦闘をするなんて知らなかったと思う」
「……ということは、ゴードン様とバルカン様の二人で決めた可能性が高いわね」
「アタイはどうすれば――」
「ネイは至急天聖隊の本隊に戻り、馬を乗り継いで全速力で向かってきてと伝えて」
「荷馬車が――」
「荷はブランドンの【圧縮】で縮めさせればいい。すべてを縮めることはできないけど、それはブランドンが一番知っているから」
その手があったか。
ネイも一瞬だけ目を見開いて、それから頷いた。
「そんな使い方、思いつきもしなかったよ!」
「六日を四日にしろ」
「三日にさせる!」
ネイはもう一度だけ東を見て、それきり振り返らずに南へ駆けていった。
その背を見届けずに、俺とアリアは有角馬と有角馬に飛び乗り、東へ駆ける。
クアドラード、クアドラース。街を二つ抜ける間に、地面の揺れがだんだん大きくなっていく。最初は蹄の音に紛れていたものが、途中から腹に響くようになり、最後には空気そのものが震え始めた。
クアドラースの城壁を回り込んだところで、平地が一気に開けた。
両軍が平地の真ん中でぶつかっている。
小競り合いなんてものじゃない。魔法の光が横一列に走り、土が跳ね、風がねじれ、砂塵が舞う。
軍団同士の魔法戦が、ここまで激しいのだとは……。
思い返せば、俺は魔法戦の戦場に出たことがなかった。
初陣は獣人との戦いで、力の真っ向勝負。
軍閥貴族の私兵は魔法を繰り出してきたが、あれは明らかな格下。
呪国と戦った時も、ほとんど剣での決着だ。
その中で、星国側の先頭付近から炎の塊が跳んだ。
塊としか言いようがない。人の背丈の倍もある火の球が、緩い弧を描いて帝国側の陣へ落ちていく。帝国側もそれを警戒してか、無数の魔法が迎え撃つ……が、届く前にそれは爆ぜた。
音より先に地面が揺れる。その後に砂塵を伴った爆風。
砂塵が晴れると、帝国の陣に穴が空いていて、そこにいたはずの兵がひしゃげたり、空に舞っていた。
「……あれが」
「バルカン様ね」
「とんでもない威力だな」
「ヴォリト様が隠したかった理由が分かるわ」
確かに。いきなりあんな威力の魔法が飛んできたら、どうしようもない。しかし、帝国は知ってしまった。こちらには高威力の爆属性魔法使いがいるということを。
近づくにつれて、星国側の布陣が見えてくる。
鉄色の外套を纏った騎士たちの最前線にはゴードンがバカでかい盾を構えていた。俺の背丈で、横に三人、縦に二人分もある大きさ。
その巨盾はゴードンの巨体だけでなく、ぴったりと後ろにくっついているバルカンの体をも覆っている。もっとも、バルカンを守っているのはゴードンだけではない。他の金剛星将隊の者たちも重装を纏い、バルカンを守っている。
「ソラ、あの盾は普通の盾じゃないの」
「どういうことだ?」
「あれは玄亀という魔物の甲羅から作られた、玄亀盾というもの。非常に硬くて重いの。熱も通さなくて、魔力も通りづらい。それだけでも鉄壁なのに、ゴードン様は【剛壁盾】という魔法で、さらに強度をあげているのよ。正面からは壊せない。そう言われているわ」
最強の盾ということか。
アリアの説明通り、帝国側から降ってくる魔法が全部その盾に弾かれて散っていく。本当に重いのか? と思うくらい、ゴードンは玄亀盾を軽々と振り回す。
そのゴードンの背後にいるバルカンは、両手を空へ向けている。
掌の上に魔力が集まり、炎の塊が徐々に大きくなっていく。
牛くらいの大きさにまで膨れ上がったところで、上空の炎が放たれる。
「【爆裂炎】!!!」
先ほど、帝国の陣に穴を開けた魔法か。
二発目の魔法を帝国が警戒していないわけはなかった。
先ほどよりも、【爆裂炎】へ迎撃の魔法が集まっていく。
すでに対応され始めている……が、それすら吹っ飛ばす威力。
「お前らも俺に続け!」
バルカンの檄に爆裂隊《第九軍》の連中も続く。
その中にダリオがいた。大釜ほどの火を両手で押し出しては、次を作り、また押し出す。手際は悪くない。ただ、爆発はしない。
どうやら【爆裂炎】を使えるのは、バルカンだけ。
他の隊員はバルカンの【爆裂炎】の形に似せて放とうとしているみたいだが、大きさが違う。見る者が見れば、込められている魔力の量が段違いだと、すぐに分かる。
帝国も気づいているようで、バルカンの火が飛んでくる方向へ、向こうの魔法が集中していた。狙いは一点。あの赤い髪だけを潰しにきている。
その全てを鉄色が受け止める。
ゴードンの盾だけじゃない。金剛星将隊の連中が横一列に並び、一斉に何かを唱えていた。声が揃うたび、地面から土や石、岩の壁がせり上がり、降ってくる魔法を弾いていく。
その噛み合いに、綻びが見えたのはすぐだった。
帝国側から少数が横に流れている。
十人と少し。魔法の撃ち合いの下を這うようにして、金剛星将隊の側面へ回り込んでいる。
当然、バルカンは撃てない。
撃てば友軍ごと吹き飛ぶ。バルカンの火は味方の頭上を越えて遠くへ届けるためのものだ。足元に潜られたら、何の役にも立たない。
金剛星将隊も剥がせない。あの隊は守るのが本分で、盾と盾の間から槍が出てくるが、それを喰らってくれるほど、帝国兵は弱くはなかった。張り付かれた側から順に、じりじりと押されていく。
「アリア!」
「ええ、行くわよ!」
有角馬の背から跳んで、【天翔纏】を纏って、アリアと二人、最前線へ駆ける。
最初の一人は金剛星将隊の騎士に組みついている背中だった。
背後から首を刎ねると、返す刀で隣の奴の胴を真っ二つ。
すぐに帝国の奴らは気づいて振り向くが、振り向けば金剛星将隊の騎士の槍の餌食となる。
奇襲をかけたつもりだったらしいが、挟撃の形になり形勢逆転。
そこに帝国が魔法をしこたま撃ち込んでくる。
まだ味方がいるにもかかわらず、にだ。
普通であれば、鉄色の壁の中に入らないといけない。
しかし、俺たちは違った。
「【聖尖穿】!」
アリアの剣から、円錐状の白銀が放たれる。
高密度に圧縮された魔法が、飛んでくる魔法を次々と撃ち落とす。
「ソラ! あまり持たない! 早めに片付けて!」
言われる前からそうしている。
後ろにはこいつがいる。それだけで、振り返らない理由になる。
到着して瞬く間に金剛星将隊に張り付いていた奴らを倒し切る。
その間にもバルカンは【爆裂炎】を撃ち続けているが、徐々に対応されているのか、吹っ飛ぶ敵兵の数は目に見えて減っている。
……と、思ったら、バルカンの放つ炎の大きさが少しずつ小さくなっていた。
魔力が切れてきているのか?
そう思ったのも束の間、バルカンが叫ぶ。
「――撤収だ! 鉄の親父、下がるぞ!」
バルカンが叫ぶと、鉄色の壁がゆっくりと後退を始める。
こいつの魔力が切れると、鉄色の壁は好き放題撃ち込まれるだけの壁。
撤退以外の選択肢はない。
バルカンはふらふらとよろけながら後退し、ついには部下の肩を借りるほどに。あれだけの火を撃ち続けて、立っているだけで精一杯なのだろう。
帝国も自陣を立て直すのに必死なようで、追撃は迫って来なかった。
♢
「……この戦い。一気に不利になったわね」
有角馬に乗るアリアが呟く。
「バルカン様の火力と、魔力がもたないこと。それにバルカン様以外の攻撃力が低いことが、バレてしまったわ」
「でも、まだシュナイゼルがいるだろう?」
「ええ、シュナイゼル様も星将に一番近い者として、ずっと期待されているのは知っている。でも、シュナイゼル様の長所は火力ではなく速度。それすらもバレたら、東側の戦線は……」
何を言わんとしているのかは分かる。
ただ、ゴードンは攻撃力こそないものの、あの玄亀盾と【剛壁盾】の織りなす防御は本物。他の隊員の魔法もかなり強力。防御に徹すれば、簡単に破られるわけがない。
「東がダメなら、西で俺たちが勝てばいい」
「……そうね」
北の空にまだ砂塵が残っている。
その下で、俺たちが失ったものが何かを、この時はまだ数えきれていなかった。




