第118話 暴走
屋敷を出ると、男が一人、壁に背を預けて待っていた。
「よぉ、ソラ」
ダリオだった。広間では一言も交わさなかったから、こうして向かい合うのは二年ぶりだ。
「爆裂隊《第九軍》か」
「炎獄星将隊を経てな。バルカン様に上位騎士へ昇格させてやるからと言って引き抜かれた。にしても天聖隊《第十一軍》の隊長って何だよ。すげぇじゃねぇか」
ダリオは食い気味に質問してくる。
「なぁ、十一人ってのは本当なのか? メンバーは?」
ゴードンとは違って、嗤う気配がない。ただ純粋にどんな奴らなのかを知りたがっている。
「アリアを除いて、ダリオが知っている中だとネイとガロ。他には圧属性、血属性、豆属性に聖属性。それから水属性が三人だ」
「圧属性に血属性? さらに豆属性って……珍しいのばかりじゃねぇか……それに、ネイが天聖隊? あいつ、疾風星将隊から移籍したのか?」
その様子を見ていたアリアが、ダリオに問う。
「もしかして、ダリオ先輩はネイが天聖隊に入ったのを知らなかったのですか?」
「ああ、最近連絡が取れてねぇからな……って、俺に敬称はつけなくていい。歳は俺の方が上だが、位はお前たちの方が上だ。むしろ敬語を使わなければいけねぇのは、俺の方だ」
「……分かりました。では、私は敬称をつけない代わりに、ダリオは今まで通りの接し方でお願い」
「おう! 少しの間だが、同じ釜の飯を食った仲間だからな!」
と、その時――蹄の音が近づいてきた。石畳を叩く音が軍馬のそれとは違う。振り返ると、翠の角が陽の光を弾いていた。
「ソラ! いた! ガルドレアで聞いたら、こっちだって言うから――」
有角馬の背からネイが身を乗り出し、大声で手を振るが、俺の隣にいるダリオに視線が移ると、ネイが馬上で固まる。
「……ね、ネイ?」
ダリオも同じく固まる。
二人がそのまま数秒動かなかった。それからネイは軽く息を吸い、有角馬の背から地に降りる。
「隊長。報告します! 本隊、街道の三つ目の宿場を通過。到着は早くても六日後。それより早くはならないかと!」
隊長? 誰だ? と思ったが、ネイは俺を見ている。
いつもは「ソラ!」とぶっきらぼうに呼ぶのに、どうして? と、思いつつ、報告には素直に頷いた。
言うべきことを全部言い終えてから、ネイはダリオのほうを見る。
「……久しぶり」
「お、おう……ってお前! それ、有角馬じゃねぇか!? 有角騎士になったのか!?」
「そう! アタイもなかなかやるだろう……って、あんた! 胸の徽章――上位騎士かい!?」
「へへん、まぁな!」
互いに成長し合った自分と相手を褒め合っている。
「ネイ、今日はもう十分よ。今日は自由にしていいわ。明日から天聖隊が迷わずここに来られるように頑張って」
「え? でも、アタイは……」
「ダリオ、ネイは根詰めているから、どこかリフレッシュさせるためにも連れて行ってくれないかしら?」
「お、おう! 聖騎柱様の言うことには逆らえねぇな! ネイ、行くぞ!」
ダリオは俺とアリアに小声で「恩に着る」とだけ言い残すと、有角馬に乗ったネイを連れて、街から出て行く。
微妙な空気が流れていることだけは分かる。
こいつら喧嘩でもしているのか?
と、思っていると、アリアが俺に声をかける。
「ソラ、まさかと思うけど、ダリオとネイは恋仲……というのを知らなかったわけないわよね?」
「…………知っていた」
「嘘でしょ? 知らなかったの?」
知っていた、と答えているにもかかわらず、アリアは俺の心を読んでいる。
こいつに嘘をつく意味がない。
いっそのこと――と、思っていると、レオが屋敷の門の影から出てきた。
「よぉ、待ちくたびれたぞ。で、どこに配属される?」
「何も聞いてない」
「聞いてない? 軍議に呼ばれたのにか?」
「ああ」
レオが目を丸くしたところで、背後の扉が開いた。
地図を脇に挟んだヴォリトが、俺たちを見て一度だけ足を止める。
「言い忘れていた。天聖隊《第十一軍》は轟雷星将隊と共に行動しろ。俺はクアドランドに詰める。お前たちはクアドラストへ入れ」
「クアドラストだな」
「明日の朝、またここへ来い。軍議は毎朝だ」
それだけ言って行こうとする背中に、アリアの声が届いた。
「ヴォリト様。一つ、お願いがございます」
ヴォリトが振り返る。
「天聖隊には火属性の使い手が一人もおりません。轟雷星将隊から一名、お貸しいただけないでしょうか」
「誰を?」
「レオはダメでしょうか?」
レオの目がこれ以上ないくらいに見開かれた。
「い、いや、俺は――」
「構わん。レオ、天聖隊《第十一軍》の指揮下に入れ。ちょうどこの辺りの地理にも詳しいから、案内してやれ」
ヴォリトは本当にそれだけ言って、屋敷の中へ戻っていった。
残されたレオは口を開けたまま突っ立っている。
「……お、俺が……天聖隊に?」
「嫌か?」
「嫌じゃねぇよ! ……まぁ仕方ねぇ。命令だからな。ソラ……隊長とアリア副隊長でいいか?」
「今まで通りで構わない」
「そうよ、轟雷星将隊からの客分なのだから」
アリアに言われて、まんざらでもない様子。
「じゃあ、俺がお前らをしっかり案内してやるからついてこいよ!」
そう言って、レオは軍馬に跨り、クアドラストへと先導するのだった。
♢
クアドラストは四つの街のうち一番西にあり、一番小さいという。
城壁は低く、代わりに堀が深い。北側だけは石が新しく、何度も積み直した跡が残っている。ここが何度も戦場になったという証だ。
街に入ると紫紺の外套が至るところにいた。轟雷星将隊。三年前まで俺とアリアが袖を通していた色だ。
街の中央にある詰所で、この街を預かる霽星柱に挨拶をした。細身で、白いものが混じった髪を後ろで結んでいる。
三年間轟雷星将の部隊に属していたが、こいつを見たことがない。考えてみれば、ほとんどガルドレアにいたのだから、当然と言えば当然なのだが。
「天聖隊、ソラだ。今日からこの街に入る」
「よろしく頼む」
返ってきたのは、それだけ。
十一人だと告げても、この人は何も言わなかった。眉一つ動かさず、地図をこちらへ向けて、北側の門と堀の浅い箇所、それから夜の見張りの立ち位置を順に指していく。
「西の端は開けている。回り込まれたら、この街が最初に切り離される。逃げ道の話を先にしておく」
勝ち方より先に、退き方を教える人間だ。
「分かった。馬はどこに繋げばいい?」
「あっちの厩舎を貸して――」
と、俺とアリアの有角馬を見ると、初めて目を見開いた。
「有角馬……だと?」
「ああ、シャーレとセフィーラには許可を得ている」
「……そうか。期待している」
と、その時、背後の詰所の扉が開いた。
「――おい、今、天聖隊って言ったか?」
詰所の奥から出てきた男が俺の顔を見て足を止めた。胸には五つ星。
「ガレス!」
「ソラ、それにアリアか」
ガレスが近づいてきて、右手を差し出してくる。
がっちり握手すると、アリアもそれに続く。
気づけば、俺たちの周りを紫紺の外套が囲んでいた。
「その徽章……騎柱か」
「ああ」
「三年で追いつかれるとは、思ってもみなかった」
考えてみればそうだ。
ガレスと一緒だった十五の頃は騎士見習い。
十六で騎士になって、十七で上位騎士、そして十八になった今は騎柱だ。
「腕はなまってないだろうな?」
「俺が怠ると思うか?」
「試すまでもないか」
ガレスは表情を変えず、周囲にいる者たちに告げる。
「この二人は元々轟雷星将隊にいた。覚えている奴もいるだろうが、同門だ。だからこそ、ヴォリト様も二人――天聖隊とだけは共闘すると言ったのだろう。腕は確かだ。何しろ、十五の時にヴォリト様に【迅雷纏】を使わせたくらいだからな。歓迎してやれ」
すると、周りの騎士がどよめく。
俺たちのことを知っている者たちが、声をかけてくる。
「俺のことを覚えているか!?」
「確か牙獣柱を倒したのもお前らだったよな!?」
「あ、アリア……様! お、俺のことを覚えていますか!? 三年前に告白した――」
どんどん俺たちを囲む輪が狭まっていく。
昼は轟雷星将隊と飯を食い、午後になって周囲の地形を把握してから、眠りについた。
♢
翌朝――
夜明け前に起きて、いつものようにアリアと共に訓練。
体を動かしながら北を見ると、遠くに帝国軍と思われる者たちの篝火が見える。
「こっち側に動きはあまりないみたいね。東側で何度かやりあっているというのは聞いたけど……」
「ああ」
「今日は軍議を終えたら斥候に出ましょう。ソラと私は有角馬と有角馬がいる分、有利に働くし、何より、あなたの【天瞰眼】は斥候に最適」
戦場になりそうなところは、現地に何度も行って地形を体で覚える。
それが俺のやり方だ。
湯浴びをしてから朝食をとって、有角馬と有角馬に跨り、レオと共にクアドランドへ向かう。街と街は近く、軍馬でも四半刻もかからない。
東の空が白み始めている。
平地には昨日と同じく、帝国軍の陣が横一列に伸びていた。数え切れない天幕と、朝の煙。何も変わっていない。
クアドランドの屋敷の前に着き、有角馬を繋ぐ。
門の前に立っている騎士は、紫紺と黄色だけだった。
昨日は十人ほどいたはずだ。轟雷星将の紫紺、金剛星将の鉄色、爆ぜる刹那の刺繍、それから黄色。四色が並んでいた。
今日は紫紺と黄色しかない。
鉄色がない。爆ぜる刹那もない。
すると、アリアが東の方角を指さして叫ぶ。
「ソラ! 見て!」
視線をそこに移動させると――
右翼、四つの街の東の端から、黒い列が砂塵を巻き上げながら北へ伸びている。
鉄色の壁が幾重にも押し出され、その後ろに爆ぜる刹那の旗が続いていた――




