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第117話 軍議

 俺とアリアがガルドレアに着いたのは、急使が来た翌日の深夜のことだった。用意を済ませて、即座に有角馬オル有角馬ルナで北へ駆けた結果だ。


 他の者たちも大至急向かわせているが、あと七日はかかるだろう。


 ネイには有角馬シルで動き回ってもらい、ガルドレアにいる俺たちと天聖隊を結ぶ、情報の架け橋となってもらう。


 ヴォリトの屋敷の前で有角馬オル有角馬ルナを止めると、アリアが声を張る。


「私たちは天聖隊《第十一軍》です! 至急、ヴォリト様に取次ぎを願いたい!」


 急使から渡された筒を屋敷の従士に見せる。


 ……が、従士は要領を得ない。

 当然のことかもしれない。こいつらは俺たちのことを知らない。


 ただ、俺たちの胸に光る、騎柱を示す徽章の意味だけは分かるようで、分かる者に取り次ぐといって、中に入っていった。


「前にこんなことあったわよね」

「前?」

「そう、私たちがまだヴォリト様の部隊にいた頃、騎士見習いの頃よ」


 そういえば、炎獄星将の使いが門の前で問答していたな。


「あの時はまだ昼間だったからいいけど、今は夜中。取り次いでもらうのは明日になるかもしれないわね」

「そうだな」


 そんな会話をしているとき、従士が一人の男を連れてきた。その男は俺とアリアの顔を見るなり破顔する。大きな声がヴォリトの屋敷の前に響いた。


「ソラ! アリア! 久しぶりじゃねぇか!」


 誰だ? と、思って顔をよく見てみると、そこにあったのは懐かしい顔だった。


「レオ、お前、レオか?」

「そうだ! お前たちの話は聞いているぞ! 上位騎士に――」


 そう言って、俺たちの胸の徽章の星の数を数えて固まる。


「い、五つ……って、まさか……」

「ああ、今年騎柱に昇格した。今は天聖隊《第十一軍》の隊長と副隊長だ」

「ま、マジかよ……俺が騎士見習いで燻っている間に……」


 一瞬、目を伏せるレオ。

 しかし、アリアが慰めると、すぐに声が上ずる。


「レオも頑張っているんでしょう? だったらいいじゃない」

「ま、まぁ……な……ってアリア。前も綺麗だったけど、神々しいまでになったな」

「ふふ……ありがと」


 そう言えば、レオもアリアに想いの丈を打ち明けた一人だった。

 昔話に花を咲かせそうになるが、今はそれどころじゃない。


「レオ、ヴォリトはどこだ?」

「ヴォリト様は最前線で陣を張っている」


 だったら、こうしちゃいられない。

 すぐに有角馬オルの手綱を引くと、レオが止める。


「ソラ、今日はやめておけ。遅すぎる。それに俺も明日からまた前線に復帰する。一緒に行ってやるから、湯浴びをしてこい。それまでに飯を用意してやる」

「いや、前線に――」

「大丈夫だ。今は膠着状態。英気を養って万全の状態にしておくのも大事だ。戦場に駆け付けた途端に疲れました、じゃ話にならない」


 ……確かに。


 疲れてはいない。ただ、有角馬オルを走らせるために、かなりの魔力を与えていた。こいつらは走ることを止めない代わりに、大量の食事を必要とする。なんでも食う。魔力すらも。だから、それもかなり消耗していた。それは俺だけではなく、アリアもだ。


「ソラ、ここはレオの言葉に甘えましょう」

「分かった。レオ、頼む」


 レオの視線が、俺とアリアの顔を何度か往復する。


「そうか……やっぱりお前たち。分かった。じゃあ湯の準備をさせるから、馬を厩舎に預けてくれ」


 そう言ったレオが、俺たちの背後に佇む馬に目を留めた。


「も、もしかして有角馬ペテスか?」

「ああ、そうだ」

「どうして? 疾風星将隊じゃなければ乗れないはずだが?」

「その辺りは食事をいただきながら話すわ」

「分かった。じゃあ、入ってくれ」





 湯をもらい、さっぱりした後に飯を食いながら、レオから戦況を聞く。


「俺も昨日までは前線にいた。小競り合いこそ何度かあるが、様子見程度。ここから前線までは一刻程度だから、順番に戻ってきているんだ。お前たちも、ガルドレアの北に位置する四つの街を知っているよな?」

「もちろんだ」


 騎士見習いだった頃、アリアと一緒に北のほうまで巡回したことがある。


 四つの街が隣接しあうように並び、一つの街が攻め込まれたら、他の三つの街からすぐに増援がくる。そういう思想のもとに興された街だと聞いている。たとえ一つが陥落しても、ガルドレアから攻め返しやすい配置になっているらしい。


 確か西から順に、


 クアドラスト

 クアドランド

 クアドラード

 クアドラース


 という並びだったはずだ。


「現在、ガルドレアの北にある四つの街のうち、西側の二つに俺ら轟雷星将隊が入り、東側の二つを金剛星将隊と、新しくできたという部隊が入っている。陣は街のすぐ近くに張ってあるから、鉄壁の防御。崩されることはまずない」

「星国と帝国の戦力はどのくらいなの?」

「星国は轟雷星将隊が前線に一万、金剛星将隊が七千、新しくできた二つの部隊が千と五百。他に騎士や傭兵団もいれれば、二万は超えている。対する相手も二万前後。どうやら帝国の灰燼凶将、黒竜凶将が展開しているらしい」


 二万……途方もない数字だ。

 それに、灰燼凶将と黒竜凶将という二つ名にも引っかかる。


「今は睨み合いが続いていて、ヴォリト様が各部隊の代表を呼んで、毎日軍議を開いている。お前たちも合流したら呼ばれると思うぞ」


 軍議か……正直得意じゃないが、出ないわけにもいかない。


「じゃ、次はお前たちのことを聞かせてくれ」


 そう言って、レオが身を乗り出してくる。


「お前ら、つがいになったか?」

「な、何を言っているのよ!? ご、ご馳走様!」


 レオの追及が始まるかと思った瞬間、アリアが頬を赤く染め、席を立ったのであった。





 夜明け前に発ち、レオの軍馬に合わせて北へ進む。


 ガルドレアから四つの街はかなり近い。

 出発してから半刻ほどで、うっすらと姿を現す。


「ヴォリト様はクアドランドの街にいらっしゃる。ついて来い」


 レオに先導され、俺とアリアが後ろを走る。


 周囲を見れば、簡易に設置された厩舎に馬が繋がれ、従士たちが世話をしているのが目につく。やはり戦場は騎士だけではない。従士たちの存在が不可欠と思い知らされる。


 クアドランドの街は戦時中ということもあって、どこもかしこも騎士や従士の姿。そいつらをかき分けるように、街の中心にあるデカい屋敷へ向かう。


 屋敷の前には、十人ほどの騎士が立っている。それぞれ轟雷星将、金剛星将の外套を纏っているが、知らない外套も二つ見つけた。


 一つは、爆裂隊《第九軍》と思しき外套。

 爆ぜる刹那のような刺繍が背中に縫われている。


 もう一つは、黄色の外套。

 消去法で、瞬刃隊《第八軍》の外套だと知れる。


 そんな騎士たちの視線を浴びながら、紫紺の外套を纏ったレオに案内されて、屋敷の中に入る。


 広間にいたのはヴォリトを含む八名の騎士たち。


 轟雷星将のヴォリトと轟雷星将隊の星柱

 金剛星将のゴードンと金剛星将隊の星柱

 瞬星柱と思しき奴と騎柱

 爆星柱のバルカンとダリオ


 だった。


 全員の視線がまとめてこっちに刺さる。


 俺が知っているのはヴォリトと、氷刻星将の部隊で一緒だったダリオのみ。ゴードンとバルカンは名前だけは知っていた。


 その中で、ヴォリトが口の端を上げて一言。


「来たか」

「ああ」


 俺も短く返した。


「そこの二人が第十一軍だ。天聖隊。隊長ソラ、副隊長アリア」


 紹介はそれきりで、あとは何も言わない。


 最初に声を上げたのは赤い髪で顔半分を隠した男。卓に手をつき、椅子の脚を鳴らして、こっちを見上げている。背中の刺繍は、爆ぜる刹那の形をしていた。


「爆星柱バルカン・バーン。爆裂隊《第九軍》を預かってる。天聖隊《第十一軍》は何人で来た?」

「俺とアリアだけが先行して来た。後の九人はもう少し後になる」

「九人? ってことは、天聖隊《第十一軍》は十一人だけってことか?」

「そうだ」


 鉄色の外套に七つ星の徽章をつけ、短く髪を刈り上げて、焼けた肌の大男が腕を組んで嘲笑う。


「十一人で軍団を名乗るだと? 笑止」

「何がおかしい。国王やシャーレが認めた部隊だ」


 思ったことをそのまま口にすると、ゴードンの隣に座っていた六つ星の男が立ち上がる。同じ鉄色の外套。金剛星将隊の星柱か。


「貴様! 騎柱の癖にゴードン様に向かって、なんという口を利く!」

「俺は正しいことを言っただけだ。不服なら王に直接言ってこい」

「き、貴様ぁ……」


 今にも跳びかかってきそうだが、それをヴォリトが止める。


「やめておけ。ソラの口が悪いのは治らない。陛下を前にしても、この言い草だ」

「ま、マジかよ……」


 ヴォリトの言葉に、ダリオが思わずといった様子で呟く。


「ソラ、アリア、そこに座れ」


 静まり返った広間に、ヴォリトの声が響く。


 俺とアリアがそれに従って椅子に座ると、黄色の外套の男が口を開く。


「シュナイゼル。瞬刃隊《第八軍》だ」


 それだけ言うと、アリアが軽く会釈をする。

 シュナイゼルもそれに頷いて応えた。


 考えてみれば、二人とも去年までは閃光星将隊に属している。面識があるのも不思議ではない。


「じゃあ、軍議の続きをやる。ソラとアリアには後で個別に説明をするから、聞いておけ」


 ヴォリトの言葉に頷いて、俺は軍議というものに耳を傾ける。





 卓の上には北の地図が広げてある。


 四つの街が横並びに置かれ、その北に赤い駒がずらりと並んでいた。数が多い。並べた者が途中で数えるのを諦めたんじゃないかと思うくらいには多い。


「しばらくはこのままでいく。轟雷星将隊は西の街二つ、残りは東の街二つを守る。仕掛けてきたら追い払う。ここで戦っている限り、地の利はこちらにある」


 慎重さを説くヴォリト。


「いや、金剛星将隊と爆裂隊の相性を考えれば、こちらから動くべきだろう。鉄壁の防御に最強の火力で、敵陣を吹っ飛ばせる」


 そう言ったのはゴードンだった。


「うちの隊が壁を押し出す。壁の裏に爆裂隊を置いて、敵陣まで運んでやればいい。壁が割れる頃には、向こうの陣など跡形もなくなっているだろう」

「言うじゃねぇか、鉄の親父」


 バルカンが赤い髪をかき上げ、隠れていたほうの目を細める。


「うちは五百と少しだ。だが火力だけなら一万に引けを取らねぇ。運んでくれるってんなら、乗ってやるぜ」


 卓の反対側でヴォリトが首を振る。


「凌いでいれば、帝国側の糧が先に切れるのは必至。わざわざ兵を潰すことはない」

「そう思ってずっと守っているが、もう十日以上この小競り合いが続いている。爆裂隊がいないのであれば、ヴォリトの策が最善だが、火力特化のバルカンがいれば、この作戦の方が効率的だ」


 攻めてきたなら攻め返せばいい。


 俺もそっちに乗っかろうとしたが、アリアに制される。


 そして、別の者が口を出した。


「攻めるのであれば、確定させてほしいことがあるのだが?」


 口を挟んだのはシュナイゼルだった。黄色の外套の襟を正し、感情の乗らない声で続ける。


「うちの部隊の者を一人、相手部隊に潜らせている。下っ端として潜らせているから正確な情報ではないのだが、帝国は援軍を待っているようだ。かなりの腕利きらしく、未来の凶将と呼ばれているようなのだが、こいつの実力を知らずに攻めるのは避けたい」

「臆病風か? 瞬星柱」


 ゴードンがまたも高圧的な態度を取る。


「慎重と言ってもらいたい」


 言葉の応酬が続く。


 軍議というのはこういうものらしい。誰かが決めるまでみんなが自分の正しさを並べる。地図の上の駒はさっきから一つも動いていない。


 剣を合わせるほうがよほど早いと思ったが、口には出さないでおいた。


「ソラ」


 ヴォリトがこっちを見ている。


「お前はどう思う?」


 全員の視線がまた集まる。十日小競り合いが続く戦場の話を昨日着いたばかりの男に聞くのか。そう思ったが、聞かれた以上は答える。


「俺なら攻める」

「ほう」

「ただし、アリアの意見を聞いてからだ」

「……なるほど、賢明だな。アリア、お前はどう思う?」


 視線がアリアに集まる。


「私であれば攻めません。時に情報は武力を上回ります。援軍に来るという者も気になりますが、私は凶将やその配下の凶柱の力も測れておりませんので」


 ゴードンが鼻で笑う。


「まぁ十一人しかいない隊であれば、弱腰になるのも分かる。俺が率いていてもそう答えるだろうよ」

「……分かった。明日にまた軍議を開く。それまでは考えを煮詰めていてくれ」


 こうして、初の軍議は不穏な空気のまま、お開きとなった。

四つ(クアドラ)の街は西から、


クアドラスト→クアドラ(四つ)+1『st』

クアドランド→クアドラ(四つ)+2『nd』

クアドラード→クアドラ(四つ)+3『rd』

クアドラース→クアドラ(四つ)+4『th』

 

と、覚えていただくと楽です。

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― 新着の感想 ―
思ったより上層に残念な奴が居る。(笑)
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