第116話 天聖隊始動
「まずはジャックスからだ!」
「ご指名いただきありがとうございます」
白い息が裏庭に散っていく。一月の朝は指の先から順に感覚を奪っていく寒さ。それでも稽古を始めて時間が経てば、腹の底から熱くなる。
天翼の外套を纏い、指の間に木製の執刀が三枚。
ジャックスの踏み込みは速い。互いに魔法は使わない約束だから、来るのは体術と刃だけだ。それでも並の騎士なら三合ももたない速度で、右、左、下から。俺は受けずに滑らせる。
カイトから目と体で盗んだ凌ぐ剣は、力で止めるんじゃなく、相手の力の行き先を少しだけ捻じ曲げてやる剣だ。刃が滑って泳いだところへ、木剣の腹を叩き込む。
「ぐふっ……」
その場にジャックスが蹲るのを見て、声を張る。
「次!」
「然り!」
ブランドンは右手に木剣、左手に先端が丸い木製の針を三本、指に挟んで構える。
器用なこいつは剣戟の途中で針を射出する。ただ、体幹がブレると狙いが定まらない。力任せに思いっきり木剣を叩きつけると、ブランドンはよろけて、【衝撃】で射出した針は明後日の方へ飛んでいく。 鳩尾に柄頭を軽く当てると、ブランドンは膝から折れて、それでも「某、まだ……」と地面に手をついた。
「走り込みが足りない! 次!」
「……」
三番手のガロは無言だった。大剣を肩に担いだまま、返事の代わりに一歩出る。
ガロの一撃を半歩ずれて躱し、足を払った。ガロの弱点は鈍重なこと。一撃は重くても遅い。大きくても速い奴はいる。だから妥協はしない。
「ガロは素振りが足りない! 次!」
四番手はネイ。牡丹槍の穂先を低く構え、じりじりと横へ回る。距離を取って突く型だから、当然そうなる。
だが、取らせない。回り込む速さより速く前に出て、間合いを潰した。
「あんた化け物かい!」
「褒め言葉として受け取っとく」
柄で受けようとした腕を巻き取って、地面に転がす。索敵の役目を背負ってる以上、近づかれた時に何もできませんじゃ困る。そこだけはしつこくやる。
最後がバルトだった。剣を構えた形はそれなりに様になってきたが、踏み込みの一歩目で腰が浮く。二合。三合目で剣を跳ね上げられて、そのまま尻餅をついた。
「……無理だろ、これ」
「無理を無理じゃなくすのが稽古だ! 立て!」
「うるせぇ! いや、立つ! 立ちますって!」
立ったところをもう一度転がして、それで朝の稽古は終いだ。五人が揃って地面に伸びている。白い息が五つ、ばらばらの間隔で上がっていた。
息が上がっていないのは俺だけだ。
朝の素振りが四半刻。走り込みが半刻。そして今の実戦訓練で四半刻。
計一刻の訓練。俺はこれだけでは足りない。
体に負荷をかけようと氣を巡らせてから素振りをしようとしたところに、ジャックスが起き上がろうとする。
「ソラ様。もう一度、お願いできますでしょうか?」
「もちろんだ!」
根性があると言うよりは、自らの渇きを潤すために向かってくるジャックス。
理由は何でもいい。これほどの訓練をして、誰も脱落しない。
それだけで満足だった。
バルトとガロが揃って同じ方向を見ていた。倒れたまま首だけ動かしているのが妙に間抜けで、俺もその視線を追ってみる。
庭のもう半分では、アリアがミレイユと向き合っていた。ミレイユの足元には、すでに薄い水が張ってある。【水縛界】。あの上ではミレイユだけが滑るように動き、踏み込む相手の足は絡め取られる。ミレイユの得意魔法だ。
アリアは構わず、水の中に足を踏み入れる。水がアリアの足を絡めとるが、白銀の翼はもがれない。いつもの速さで動き回るアリアをミレイユは捉えることができない。
アリアの木剣の切っ先が伸びた。腕を振ったようには見えないのに、予備動作のないまま木製の刃が届いている。閃光星将直伝の刺突だ。ミレイユは受け流しの剣で滑らせにかかったが、刺突を捌くのは至難の業。
「――参りました」
「まだまだやるわよ! もう一度!」
「はい! アリア様!」
ミレイユの顔が少しだけ嬉しそうに歪んだ。あの女も大概だ。
その後ろではプリシラが手をかざしている。【聖光癒】。傷のない腕に当てて、光の輪郭を細くしたり広げたりしていた。世界最高の術者に教わってるんだから、贅沢な話だ。
「なあ」
バルトが寝ころびながらしみじみと、
「オレ、あっちがよかった」
ガロが無言で頷いた。深く、二回。
二人の頭を軽く小突いて起こすと、二人はこの世の終わりのような顔を見せた。
♢
「できましたわー!」
「冷めても知らないからね!」
屋敷から声が二つ飛んできた。同じ顔で、同じ背丈で、口を開けば別人だと分かる。リールとロールが並んで手を振っている。
うちの拠点は王都から西へ軍馬で二日ばかり行ったルイーダという街にある。前の領主が引き払ったという大きな屋敷を丸ごと借りた。十一人が一人一部屋を使ってもまだ余る。もっとも、男と女で空間を分けたと言った時、ガロが一番残念そうな顔をしたのは見なかったことにしている。
王都から離れているのは条件のうちだ。誰かの都合で動く隊にはしたくない。それに有角馬なら三刻かからない。
卓に着くと、湯気が上がっていた。焼いた腸詰めと、根菜の煮込みと、割ったパンと、豆が浮いたスープ。まともだ。
「うめぇ!!!」
「当たり前ですわ!」
リールが胸を張った。半月前まで、鍋を焦がさない日の方が珍しかった女がよく言う。
「じゃあ、昨日のあれは何だったんだよ!」
バルトがパンを千切りながら言うと、卓の温度が少し下がった。
「あれは……ちょっと、新しいことを試してみようかと」
「魚と果物を一緒に煮るのは新しいっていうか、なんつうか」
「美味しくなる予定だったんですわ!」
「予定は未定って言うじゃん」
ロールがけろりと言い放ち、リールが「あなたも味見して頷いたでしょう!」と食ってかかる。プリシラが両方の頭を押さえて黙らせた。
「だいたい、ソラが悪いんだよな」
バルトが飯をかき込みながら、いつもの調子で愚痴りだした。
「騎士見習いに昇格した途端、厳しくなりやがって。オレ、従士のままの方が楽だったんじゃねぇの?」
「あんたが一番弱いからでしょ」
「うるせぇ!」
「某は不満などありませんぞ!」
ブランドンが背筋を伸ばして声を張った。まだ鳩尾を押さえている。
「アリア様に稽古をつけていただけるのであれば、某、幾らでも――」
「それだ!」
バルトが箸を止めた。
「……ああ」
ガロが顔を上げた。
三人が真顔で頷き合っている。プリシラが額を押さえ、ネイが腹を抱えて笑う。
「小生はソラ様とご一緒できれば」
ジャックスが穏やかに言うと、笑い声が半分に減った。この男が言うと本気なので、笑いづらい。
「私は構わないけれど、ソラより厳しくてもいいのかしら?」
アリアが器を置いて微笑む。三人が同時に固まった。
その様子を見て、卓の端でリールが小さく息を吐いた。
「……わたくしたちは、次こそ受かりますわ!」
一月の初めに、騎士見習いの昇格試験があった。通ったのはバルト、プリシラ、ジャックス、ミレイユの四人で、双子は武術で落ちている。
座学は上々。魔法も一番だったらしいが、剣を持たせるとどうにもならない。二人とも剣の稽古から逃げ回って育った公女だ。十六歳という割に小柄で非力。公女だから重い物はあまり持たないし、運動もしてこなかったのだから、当然と言えば当然。
ただ、二人とも炊事、洗濯もこなし、さらには合間を見て、しっかりと訓練をしているから見上げたものだ。ちなみに二人は朝の炊事を任せている。夕食は昼の訓練でへばった者からやるようにしている。
「次に受かればいい」
「当然だし。あたしら片付けが終わったら、すぐアリア様に稽古をつけてもらうんだから」
「先に湯浴びをしてもいいかしら? そして魔法の訓練の後でもいい?」
「いいですとも! わたくしたちもアリア様と一緒にお供いたしますわ!」
「ミレイユも一緒に入るよ!」
アリアが湯浴びをすると、必ずといっていいほど双子も入る。ミレイユも道連れ。寝る時も寝台二つを並べて、四人一緒になって眠りにつくというのだから不思議だ。
♢
飯を食って、汗を流したら魔法の訓練だ。
アリアがジャックスとミレイユを座らせている。氣の講義だ。実は二人とも、知らず知らずのうちに使っていた。だから、習得も早い……というわけではなかった。氣は奥が深い。アリアのように使いこなせるようになるまでには、時間がかかる。
俺も並んで座って目を閉じた。丹田から心臓に送る魔力を徐々に増やしている。なかなか制御するのは難しいが、できるようになった時の恩恵はでかい。
目を開けると、アリアの顔が近い。
ドキッと心臓が跳ねると同時、金の魔力が零れだす。
「ふふふ、びっくりして魔力が零れるなんて、まだまだね」
「…………」
こいつ、俺がただびっくりして魔力が零れたと思っている。
そうじゃない……とは、恥ずかしくて言えなかった。
別の言葉を言い返してやろうと思っていると、畑から賑やかな声が聞こえてきた。
屋敷の裏には畑がついていて、バルトとプリシラ、ガロ、双子の五人がそこを掘り返している。撒いているのは豆の種だ。バルトが出した種を。
昇格試験の前に、試験官に頼んでバルトの属性を測ってみた。こいつは今まで間紋盤に触れたことがないらしく、自分の属性を知らなかったからだ。
結果――豆属性。
かなり珍しい属性ではあるとのこと。
何ができるのかというと、魔力を込めれば手の中に豆が生まれる。それだけだ。ただ、魔力を通した種は芽が出るのが早く、痩せた土でも水さえあれば、根を張る。天聖隊には水属性が三人もいるから、豆には困らず、飯の足しにもなる。
「いろいろな女にマメだから豆属性なんじゃないの?」
「うるせぇ! オレは今、一途なんだよ! ガロと違って娼館にも行ってねぇ!」
「はいはい」
プリシラが土のついた手で、バルトの背中を叩いた。バルトが土を握って投げ返そうとして、ロールに「子供かよ」と呆れられている。
その騒ぎの合間に、バルトが自分の掌を見た。掌の上に豆が一粒。
「……戦えねぇんだよな、これ」
ぽつりと漏らすバルトの肩に手を置く。
「食えるだろ」
「そりゃ食えるけどよ」
「いざという時に必要になる魔法だ。しっかり訓練をしておけ」
それきり畑に背を向けた。長く喋ると碌なことにならない。
後ろでプリシラが「よかったわね」と言うのと、バルトが「うるせぇ」と返すのが聞こえた。
今頃、街の郊外ではネイが有角馬の背に乗り、索敵の訓練をしながら、弓を引いていることだろう。あいつは【風脈】で気流を作って射程を伸ばす。有角馬に乗りながらだと難しいようで、帰ってくるたびに首を捻っている。
厩舎に寄ると、有角馬が有角馬と並んで、飼い葉桶に顔を突っ込んでいた。
白い体毛は陽の光の加減で薄く金がかって見える。角を折られた個体は栗毛に変わるはずなのに、こいつは白いまま何も変わらない。そもそも折る前から、角が金色だった。
角に手を当てて、魔力を流す。金が一段深くなる。これも毎日の日課。
だからだろうか? 有角馬の躰が、少し大きくなっている気がする。まだまだ、有角馬には程遠いが、大きくなるのであればそれがいい。
鬣を撫でながら魔力を流していると、アリアも俺の隣に立ち、有角馬の角に魔力を流す。
「リールとロールはどうした?」
「今はミレイユが見てくれているわ。有角馬だけ魔力を与えてもらって、有角馬が魔力をもらえないなんて、かわいそうじゃない」
アリアはいつもこう言って、俺が魔力を与えていると、必ず俺の隣に立つ。
「にしても、指導に熱が入っているわね」
「……戦場で誰も失いたくない」
「そうね」
俺とアリアの距離と同じくらい、有角馬と有角馬の距離は近かった。
♢
陽が落ちるまで訓練を重ね、夜になると広間の暖炉に火を入れて、湯浴びをして、飯を食い終えた全員が思い思いに座っている。
ジャックスが執刀を研ぎ、ミレイユがそれを微妙な顔で眺め、ブランドンが針の数を数え、リールとロールは長椅子に座ったアリアの隣から離れない。
「アリア様は相変わらず、いい香りですわ」
「細いのに柔らかくてすべすべで、離れられないよ」
「あ、ありがとう……」
いつもの光景だ。
それをバルトとガロが涎を垂らしながら見ていると、プリシラがバルトの頭だけをはたいて、喧嘩になるというところまでが日課。
しばし、それを眺めながら氣の訓練をし、二人の喧嘩が収まりそうになったところで、寝る前の訓練をしに行こうと腰を上げた時だった。
屋敷の扉が叩かれる。
何度も、何度も――夜に叩く音じゃない。急いた、遠慮のない叩き方だ。
ネイが何事かと立つより早く、俺が出た。
門の外に馬が一頭。乗り手の外套には四芒星――閃光星将の紋が縫いつけられている。馬は泡を吹いていて、王都から替え馬を継いで走り通してきたのが分かる。
「天聖隊《第十一軍》、隊長ソラ様に!」
息を切らしながら、急使が筒を差し出した。
「――帝国が、ガルドレアの北に布陣いたしました!」
背後で、誰かが息を呑む音がした。
「規模は不明。轟雷星将様の部隊、金剛星将様の部隊は迎撃態勢を取り、さらに瞬刃隊《第八軍》、爆裂隊《第九軍》も展開しております! 天聖隊《第十一軍》も至急、準備を整え、参陣されたしとのことです!」
筒を受け取った。蝋の封に閃光の紋。
すると、俺の隣にアリアが立つ。
「分かりました。支度をしてすぐにでも発ちますと、シャーレ様にお伝えください」
そして、俺を見上げる。
「ソラ」
「ああ」
広間に戻ると、こいつらは全員、やる気に満ち溢れていた。
「聞いていたな?」
皆が頷く。
「目標はガルドレアの北! 天聖隊の初陣を勝利で飾るぞ!」
「「「おおおぉぉぉ!!!」」」
屋敷に決意の咆哮が響いた。
注目度ランキング29位!
実は昨日も50位だったようです!
読んでいただきありがとうございます!!!




