第115話 激動へ
アストレアに着いたのは、ロンバルギアを発って八日目の夕刻だ。
セレスティア家の厩舎へ向かうと、二頭が首を出して待っている。金と銀の角が、傾いた日を受けて光っていた。
「オル。ルナ」
アリアが声をかけると、二頭が同時に鼻を鳴らす。預けている間、ヴィクターとロゼリアが責任をもって預かってくれていたようで、毛艶も悪くない。
その後ろで、四人が固まっていた。
「な、なんですのこれは……」
「馬……だよね? 角、生えてない?」
「有角馬……実物を見るのは初めてですが、大きいですね」
ミレイユだけが名を知っている。西方にも噂だけは届いているらしい。
「小生、医師として申し上げますが。この骨格は馬のものではございませんな。頸椎の付き方が違います。それに、この角は――」
「馬だ」
「は?」
「馬だと言っている」
セフィーラの言いつけを思い出しながら答えると、ジャックスが目を細めて、それから深く頷く。
「……なるほど。馬でございますな」
この男は察しがいい。
「乗ってみたいですわ!」
「あたしも!」
この双子、公女にしてはなかなかのお転婆だ。しかし、オルは首を振って歩き去る。ルナも同じで、アリア以外が近づくと一歩下がった。
「主しか背に乗せないの。ごめんなさいね」
「そんなぁ……」
ロールが露骨に肩を落とす。こいつらの魔力量なら、いずれ自分の一頭を手に入れられるかもしれない。もっとも、ランダールを登ることができたならばの話だが。
♢
王都セプテルムの門をくぐったのは、それからさらに七日後のことだ。門の内側に足を踏み入れた途端、後ろで息を呑む音がした。
「……大きい」
ミレイユが立ち止まったまま、上を見上げている。
「ロンバルギアも大きな街でしたが、これは……」
「造りが違いますわね。石の積み方が」
「あれ何? あの塔、いくつあんの?」
大通りを歩いていると、道行く者が振り返り始める。
「おい、あれ」
「聖騎士様いらっしゃるぞ!」
「アリア様だっ! 次はいつ見られるか分からないから焼き付けておけ!」
視線が集まっていくのを、俺は放っておく。もう慣れた。
しばらく歩いたところで、前から二つの影が駆けてきた。
「ソラーッ! アリア様ーッ!」
「おかえりなさい!」
バルトとプリシラだ。
「なぜ分かった? 連絡はしていないぞ」
「はぁ? 分かるに決まってんだろ」
バルトが親指で後ろを指す。
「アリア様が街に入ると、その辺一帯がざわつくんだよ。とんでもない美女が来たとか、聖騎士様が帰ってきたとか」
そして、バルトの視線が俺の後ろへ移った。しばらく、そのまま動かない。
「…………」
「バルト?」
「ソラ、後ろの四人は天聖隊か?」
「そうだ」
「……天聖隊、美女率高すぎねぇか?」
「は?」
「いや、待て。数えるぞ」
こいつが指を折り始める。
「アリア様だろ、ネイだろ、プリシラだろ。で、そこの空色の姉ちゃんと双子……だよな。女六人! 男は俺とお前とブランドンとガロと白い兄ちゃんで五人……女の方が多い! 最高じゃねぇか!」
「バルト!」
プリシラの平手が後頭部に入る。
「初対面の人に何言ってんの! 失礼でしょ!」
「痛ぇな! 褒めてんだよ! っていうか、お前のことも美女の数に入れてんだからな!」
「……っ!?」
プリシラの動きが止まって、それからもう一度、さっきより強く叩く。
「痛ぇって言ってんだろ!?」
「うるさい!」
新入りの四人が揃って呆気に取られている。
「……あの、こういう隊なのですか」
「そうだ」
「……そうですか」
ミレイユが少し困った顔をしてから、それでも小さく笑う。悪くない滑り出しかもしれない。
♢
宿の広間に全員が集まった。卓を囲んで顔を並べると、思ったより人がいる。ブランドンとガロもいて、それからネイもいた。
「ネイ。手続きは済んだのか?」
「済んだよ! もうアタイは疾風星将隊じゃない。天聖隊のネイだ」
こいつが胸を張って、胸に刺繍されている天翼の紋章を見せてきた。
一通りの自己紹介が終わるまで、それなりに時間がかかった。ジャックスが「小生、元は医師でございます」と名乗ったところでブランドンが安心し、「その後、少々ございまして」と続けたところで顔が引きつり、バルトが「元殺人鬼だってよ」と余計なことを言ったせいで、しばらく場が凍った。
双子が「わたくしたち、家事は一切できませんの」と堂々と宣言。アリアがプリシラに面倒を見るように伝えると、プリシラが頭を抱える。しかし、二人が亡国の公女だと知ると、また別の意味で頭を抱える。「私がこんな高貴な方の面倒なんて無理」と。
ミレイユが立ち上がって挨拶をすれば、ガロが鼻息を荒くする。
ようやく自己紹介が終わると、アリアが話を進める。
「では、報告からね。西へ行った成果は見ての通り。四人。しかも全員腕利きよ」
詳しく話せば長くなるから、おいおいだ。
「では、こちらの報告を。麒麟の角の件です。某がシャーレ様に伺って、打てる職人の所在は判明しましたが、星国にはおりません。現在は南の獣人国に滞在しているとのことです」
「行けるのか?」
「難しいかと。常時戦闘状態ですので……居場所が分かっただけでも前進かと」
あの角を剣にするのは、当分先ということか。
「あと、拠点の件だけど――」
バルトが口を開きかけた、その時。扉が開いた。
♢
「あら、ずいぶん賑やかね」
入ってきたのは栗色の髪を後ろにまとめた女――ルミィ……閃光星将シャーレだ。
アリアは一応まだ第一軍に籍を残しているし、ブランドンに関しては現役で閃光星将の部下である。ルミィがシャーレというのは当然内緒のことなので、二人は恭しく頭を下げたりはしないが、背筋は伸びる。
何かを察したミレイユが慌てて立ち上がろうとするが、それをシャーレが先手を打った。
「ソラ様、お戻りになったと聞き、上の者からの命令で様子をうかがいにまいりました。首尾はいかがでしょうか?」
「一応、集め終わった」
「一応……ですか……」
シャーレが天聖隊を見渡す。
「十一名、これですべてですか?」
「そうだ」
視線がジャックス、ミレイユ、そして双子の二人を何度もなぞる。
「なるほど……人数こそ少ないですが、最低限……といったところでしょうか」
「ということは?」
「ええ、きっと陛下もシャーレ様も納得されるでしょう」
その言葉にバルトが思いっきり手を叩いて喜ぶが、アリアが立ち上がる。
「ルミィ、双子の二人は亡国であるアクエリス公国の公女です。もし国内の憂いがなくなり、外敵の脅威もなくなれば、天聖隊は西へ攻め込みたい……そう、シャーレ様にお伝えできるかしら?」
ルミィの瞳が見開かれる。
「アクエリス公国? 西方諸国連合の一つで、塩の生産が盛んな場所ですよね?」
「はい」
「その公女がどうして天聖隊に……? まさか――」
「そうだ、ちょうど闘技大会があったから、勧誘がてら行ってきた」
すると、ルミィの肩が震え始め、堪えきれなくなったのか笑い出す。
「あなたって人は……お手柄です。かの国は軍閥貴族と繋がっているのは間違いない。でもなかなか攻める口実を与えてくれなくて困っていると聞いておりました。でも、この二人がいるのであれば……」
「その通りよ。ルミィ? 後で直接シャーレ様に伝えたいから、取り次いでもらえないかしら?」
「もちろんです。では、私からもシャーレ様からの伝言があります。以前から申し上げていた通り、天聖隊が無事発足されれば、ソラ様とアリア様は騎柱に昇格となります。その儀を年始に執り行いますので、ご準備を」
ルミィが言うと、バルトが机を叩いて立ち上がる。
「おう! 隊長と副隊長の昇進に、天聖隊の正式な発足が決定! 今日はめでたい日だ! 王都で一番の酒場に行って飲み潰れるぞ!」
「おお、某もアリア様とお話したいことが山ほどあります!」
「アタイも久しぶりに飲もうかねぇ」
「……女……女……女……」
ブランドンもネイもガロも、バルトに賛成の様子。
「喜んでいるところ悪いのだけど、もう一つ伝言が」
ルミィの一言で、場の熱が引く。
「第八軍から第十軍について……予定を繰り上げて、既に動き始めているようです」
「繰り上げて?」
「ええ。順調に人を集めた部隊があるようで」
ルミィが指を三本立てる。
「第八軍――名を瞬刃隊。率いるのは閃光星将様率いる第一軍の瞬星柱。隊員は既に千名を超えたとか。王都とガルドレアの中間に拠点を構えて、正式に発足しております」
天聖隊と同じ時期に発足した軍団が千名か。
一番第七軍に近い軍というのは確かだ。
「第九軍――爆裂隊。率いるのは炎獄星将様率いる第五軍の爆星柱。こちらは五百名を超えて、今月正式に発足。拠点はガルドレアの北、星国最北端の街の一つ……帝国への備えのようです」
五百名。第八軍《瞬刃隊》の半分だが、この短期間でよくもそんな人員を取り込めるものだ。
「第十軍、悪鬼隊。こちらは百名を超えたところ。着々と力をつけているようです」
千と、五百と、百。こちらは十一だ。
「……十倍以上どころか、百倍近い差ですね」
ブランドンの声が掠れている。卓の周りから、さっきまでの熱が引いていく。バルトが後頭部を掻き、プリシラが俯き、ネイが唇を噛んだ。
でも、俺はこれでいい。この隊――天聖隊がいい。
「構わない。他が千人集めたなら、それでいい……だが、その千人の名前を、その隊長は全部言えるのか?」
ルミィの眉が上がる。
「ここにいるのは、俺を入れて十一人だ。全員の名前も、顔も、剣の癖も、俺は知っている」
順に見ていく。
アリア。ネイ。ブランドン。ガロ。バルト。プリシラ。ジャックス。ミレイユ。リール。ロール。
「この中に、雑兵はいない!」
言いながら、腹の底が熱くなってくるのが分かる。
語尾がどんどんと強くなる。
「失っていい奴も、一人もいない……急に千人来たところで、名前と顔が一致しない連中を仲間と呼べるのか? 俺には呼べない!」
一年半、俺は一人だった。その頃の俺からすれば、十一人は多すぎるほどだ。
「だから、この十一人から始める!」
言い切ると、しばらく誰も何も言わなかった。やがて、またもルミィが噴き出す。
「……ふふ。相変わらずね」
「悪いか?」
「悪くないわ。むしろ――」
ルミィが目を細めた。
「その考え方、私は嫌いじゃない。数を集めた隊は、数で潰される……覚えておきなさい」
いつからか、ルミィではなく、シャーレとして振る舞っていたが、それに気づいた者は限られていた。
♢
「アリア。金は残っているか?」
ルミィが去った後、俺は聞いた。
「ええ、まだまだ余裕よ……何に使うの?」
「外套だ」
新入りの四人が、同時にこちらを見る。
「四人分、頼む。同じ仕様でだ」
「同じって……アタイらと同じく星将様と同じ?」
ネイが恐る恐る聞いてきた。
「同じだ」
「そ、それ、いくらすると思ってるの!?」
「知らん。だが、ここから始める。こいつらまでは同じでいい」
アリアがしばらく黙ってから、小さく笑う。
「……そうね。そうしましょう」
こいつは金の計算ができる。それでも止めなかった。
「あ、あの」
ミレイユが立ち上がる。
「私奴たちは、まだ何もしておりません。そのようなものを――」
「してもらう。これからな」
俺は言った。
「先に渡しておく。逃げられると困る」
バルトが噴き出して、それから全員が笑った。
仕立屋への発注はその翌日に済んだ。三日でとは言わない。今度は時間がある。
拠点の話も進んだ。バルトたちが四つほど候補を挙げていて、そのどれもが交易路の交わる街だ。決めるのは、年が明けてからになる。
やがて冬が来て、王都に雪が降った。
俺たちは毎朝走り、毎晩剣を振った。
双子は初日で泣き言を言い、三日目には黙って走るようになった。ジャックスは朝と夜に俺と打ち合って、そのたびに嬉しそうな顔をしていた。ミレイユはアリアに剣を教わり、ガロは相変わらず何も言わずに、女たちを眺め、鼻の下を伸ばしながら素振りをしている。
双子はプリシラに炊事を教えてもらい、双子が鍋を焦がすたびに、俺とガロ、バルトの三人で、焦げたそれをたいらげる。
そして……年が明けた。
第十一軍――天聖隊。正式に建軍。
まだ、俺たちは知らない。
これが、激動の幕開けだということを――。
第5章 『建軍編』 いかがでしたか?
最初から『建軍編』だったのですが、100話ピッタリでランダールの話が終わったので、そこまでを『霊峰ランダール編』に一度はしたのです。ただ、天聖隊発足までを一つの章にしようと思い直し、『建軍編』に戻しました。
★、リアクションでの応援をお待ちしております!
では第6章でお会いしましょう!!!
あと、天聖隊を軽くまとめさせてください。
誕生日を決めると大変なので、数え程度に思ってください。
ちなみにですが、
ソ ラ 一月一日(自称)
アリア 一月一日(真実)
クロフォード 一月二日(真実)
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第十一軍【天聖隊】
ソ ラ 十八歳 男 天属性 天騎柱 俺(主人公・天聖隊隊長)
アリア 十八歳 女 聖属性 聖騎柱 私(ヒロイン・天聖隊副隊長)
ネ イ 十九歳 女 風属性 騎 士 アタイ(ダリオの女)
ブランドン 十七歳 男 圧属性 騎 士 某(アリアの追っかけ某君)
ガ ロ 十八歳 男 土属性 騎 士 ……(女大好きムッツリ君)
バルト 十九歳 男 〇属性 従 士 オレ(元ヴァーグナー傭兵団)
プリシラ 二十歳 女 聖属性 従 士 私(元ヴァーグナー傭兵団)
ジャックス 二十四歳 男 血属性 従 士 小生(医師、切り裂きジャックス)
ミレイユ 二十一歳 女 水属性 従 士 私奴(元アクエリス公国近衛騎士)
リール 十六歳 女 水属性 従 士 わたくし(元アクエリス公国 公女)
ロール 十六歳 女 水属性 従 士 あたし(元アクエリス公国 公女)
オ ル 有角馬 主人はソラ
ル ナ 有角馬 主人はアリア
シ ル 有角馬 主人はネイ
一人称違くね? って奴が若干一名いますが、これから『オレ』でいきますのでよろしくです。
プリシラも「わたし」にするかもしれません。
分かりやすいように、セリフの前後に動作をいれているので、そっからも推測してください。
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【七輝星将】
シャーレ 第一位 閃光星将
ヴォリト 第二位 轟雷星将
セフィーラ 第三位 疾風星将
コンラート 第四位 氷刻星将
グラハルト 第五位 炎獄星将
ゴードン 第六位 金剛星将
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