第114話 帰国
翌朝――
城門に向かって歩いていると、昨日までの光景との違いに驚く。
「今日はやけに人が少ないな」
「昨日で天下一闘技大会が終わったからでしょう」
「いつもはこんなものなのか?」
「小生、常に大公の近くにいろと言われていたので」
通りに人がいないことはないが、少ない。
その少ない住民たちも、俺たちを見るなり道を開け、慌てて戸を閉める。特に白い衣を見た瞬間、震えあがり、泣き出す者もいる始末。
「怖がられているのか?」
「当然でしょう」
アリアが平然と歩きながら答える。
「大公閣下の顔に泥を塗った二人組。その後ろには快楽殺人者よ? 触れないように距離を取るのが普通よ」
「小生、快楽殺人者ではございませんが」
後ろから、心外だという声がした。
この男、噂が独り歩きしているが、拍子抜けするほど普通だ。宿の前で朝まで律儀に待っていたし、荷物も自分で持っている。
「では、なんだ?」
「求道者、とでも申しましょうか」
「ものは言い様ね」
アリアが、つんと突き放す。
昨日の夜から、ジャックスに対してはこんな感じだ。
住民たちから早く出て行けと言わんばかりの視線を浴びながら歩いていると、城門が見えてきたところで、俺は足を止めた。
門の脇に三人立っている。空色の髪と、蒼い髪が二つ。三人とも旅装で、それぞれに荷を背負っていた。
「お待ちしておりました」
ミレイユが一歩前に出て、深く頭を下げる。
「お願いがございます」
「なんだ?」
「私奴たち三人を、天聖隊に加えていただきたい」
言われて俺はアリアを見たが、こいつはあまり驚いていない。むしろ、そうなると思っていたような顔をしている。ただ、懸念もあるようだ。
「ミレイユさんだけではなく、お二人も?」
「はい」
「……確認させてください」
アリアが双子の方へ向き直った。
「天聖隊に入るということは、公女としての扱いはできないということです。私たちは軍ですから、身分ではなく役目で動きます。お二人には、他の隊員と同じ働きをしていただくことになる」
「承知しておりますわ」
リールが背筋を伸ばして答えた。
「わたくしたちはもう公女ではございません。国がないのですから」
「そーそー。今さら様付けされたって困るし」
ロールが荷を背負い直しながら続ける。
「あたしら、昨日の夜にちゃんと話し合ったんだよ。三人でさ」
アリアがしばらく黙ってから、ミレイユを見る。
「念のためお聞かせください。なぜ、心変わりされたのですか?」
「……一晩、考えました。西方諸国のどこへ逃げても、同じことです。この連合の国は、大なり小なりヴェルディアン大公の息がかかっております……安全な場所など、この西方にはございません」
そういうことか。自由になったところで、行く場所がない。この女が決勝で叫んでいたことが、そのまま自分たちに返ってきたわけだ。
「それに、あの男は執念深い。奪われたものを、そのままにはしないでしょう……私奴たちを追ってきます」
「だろうな」
「そして、私奴が頼れるのは、恥ずかしながら、あなた方お二人だけです」
ミレイユが真っ直ぐにこちらを見る。
「都合のいい話となってはしまいますが、どうかよろしくお願い申し上げます」
深々と頭を下げるミレイユ。
そこにリールとロールも、自らを売り込んでくる。
「あの、わたくしたちからも申し上げたいことが……わたくしたちには、できないことが多うございます。まず、家事は一切できません」
「一切だ」
リールが言うと、ロールが胸を張る。
「洗濯も、炊事も、掃除も、やったことがございませんの」
「なんせ公女だからな」
姉妹で頷き合っているが、誇ることではないと思う。
「武器も持てません。剣は重すぎますし、弓は引けませんでした」
「でも、魔法だけは使える。見せていい?」
「やってみろ」
二人が城門の外へ歩いていって、街道から少し離れた草地に立った。そして向かい合って両手を合わせると、掌が触れた瞬間に周りの空気が変わる。
「「合体魔法――【双龍水柱】!!!」」
地面が揺れて、二本の水が草地から噴き上がった。
太い――人が三人並んでも抱えきれないほどの柱が二本、互いに巻きつきながら空へ伸びていく。首が痛くなるほど上まで、水が届いていた。
その先端が二つの頭のような形になる。龍だ。そう見えただけかもしれないが、確かに二匹の龍が絡み合いながら、天へ昇っていくように見えた。
そして、それが崩れる。
水が空から降ってきて、街道の一帯を雨のように濡らしていく。草も、木も、乾いた土も、一斉に。
キリトと戦った時と同じくらいの水量が、局地的にだが暫しの間、地面を叩く。
やがて水が止んで静かになっても、俺は口を開けたまま、しばらく突っ立っていた。隣を見ると、アリアまで同じ顔をしている。
「合体魔法……初めて聞いた」
「す、すごいわね……」
二人の魔法に圧倒されている俺とアリア。
背後のジャックスからも興味深い視線が飛び、それが二人を震わせる。
が、異変が起きた。
「……あ、もう無理」
「わたくしも……立てませんわ……」
二人ともその場にへたり込んでいる。俺たちが駆け寄ると、リールが力なく手を振った。
「魔力を全部使ってしまいますの。この魔法」
「全部だよ。立つことはおろか、指を動かすことすら難しい」
ロールが草の上に大の字になったまま続ける。
「しかも制御できないから、狙ったところに落とせないんだよね。今のも、たまたま何もないところに落ちただけ」
「街の中で使ったら大惨事ですわ」
つまり、実戦では使えず、撃てば動けなくなり、当てたい場所にも当たらない。
それでも、片鱗はある。
「普通の水魔法は使えるのか?」
「もちろんですわ」
「そんなの朝飯前だよ」
アリアの意見を訊こうと、振り返る。こいつは近くにできた大きな水たまりを見つめていたが、やがて口を開く。
「この二人がいれば、天聖隊だけでなく、他の部隊へも水を回せるわね。その代わりに火を融通してくれるかもしれない。それに制御ができなくても、量が出せるならそれでいい。天幕の脇に水柱を立てる必要なんて、ないもの」
アリアが俺を見て頷いた。
と、そこにミレイユから思わぬ言葉が発せられた。
「私奴からも一つ、懸念がございます」
ミレイユがちらりと、ジャックスの方を見る。
「もし、ジャックスが暴走したら?」
「その時は俺が止める」
「……それは心強いです。ソラ様がいればこその――」
ミレイユの言葉を、ジャックスが遮る。
「いえ、それは少し違います。小生を止められるのは、ソラ様だけではございません。アリア様も小生より遥かにお強い」
ミレイユだけでなく、倒れて動けない双子も、視線だけはアリアに向かう。
「……失礼ですが、アリア様が……ですか?」
ミレイユはそう言うと、アリアの白く細い手をちらりと見る。
「剣だこもなく、聖属性魔法の使い手。聡明で、その美しさであれば、さすがにそれは嘘ではないかと――」
その言葉をジャックスが遮る。
「小生、昨夜と今朝、アリア様に稽古をつけていただきました。二度とも、ここに剣を頂戴しましたよ」
ジャックスが自分の首筋に指を当てる。
三人の口が揃って開いたままになった。
今、ジャックスが言ったことは嘘ではない。
昨夜のあれは見ものだった。宿の裏庭で向かい合った時、ジャックスは最初こそ遠慮していたらしい。だがすぐに腕を切って血の刃を作り、百枚近くを宙に浮かべた。
その時点で俺は口を挟もうとしたが、その必要はなかった。
アリアは【聖翼纏】を纏うと、降ってくる赤の間を縫って駆けた。たとえ血の刃が迫って来ても、正確無比な刺突で刃を霧散させる。
ジャックスが二陣を撃つ前に、切っ先が首筋に触れていた。今朝も同じで、今度はジャックスが初手から血の刃を浮かべたが、結果は変わらない。
「速さで追いつけません。小生の刃は当たれば必ず断ちます。ですが、当たらなければ意味がない……アリア様の速さはソラ様と同じ域にあります」
「そんな……ジャックスよりも強いのが、二人も……?」
どうやらアリアが強いというよりも、ジャックスより強い者がいることに驚いている様子。無理もない。こいつはヴェルディアン大公国で最も恐れられていた存在だ。
驚愕する三人に対し、アリアが真剣な眼差しで告げる。
「では、入隊の条件を申し上げます」
アリアが草の上に寝そべった二人の前にしゃがむ。
「お二人には、従士として入っていただきます。役目は後方支援。炊事、洗濯、水の確保、それから怪我人の世話」
「炊事……」
「できませんわ」
「できるようになっていただきます」
アリアが微笑む。
「プリシラという先輩がいますから、その人に習ってください……それと、稽古もします」
「稽古?」
「天聖隊は従士も鍛えます。隊長がそう決めましたので」
二人が同時に俺を見たので、頷き返す。
「騎士を目指せ」
「……マジ?」
「マジだ」
ロールが視線を俺から天に向ける。
「あーあ。楽な仕事じゃなさそうだ」
「よろしいのですか、お二人とも」
ミレイユが心配そうに屈み込んだ。
「無理をなさる必要は――」
「無理じゃないよ」
ロールが起き上がって、ミレイユの袖を引く。
「あんたと一緒にいられるならいいって、言ったろ」
「……ロール様」
「わたくしも同じですわ」
リールがミレイユの反対側の袖を掴む。ミレイユは二人を見て、それから深く頭を下げた。
「……では、ソラ様、アリア様。未熟な私奴たちですが、どうかよろしくお願いいたします」
「よろしく頼みますわ」
「頼む」
双子がミレイユに倣って頭を下げる。
♢
街道を歩き始めてしばらく経った頃、俺は双子に声をかけた。
「一つ、聞いていないことがある」
「なんですの?」
「昨日の続きだ」
二人の足が止まる。
「望みを聞いた時、お前は『願わくば』と言って、そこで止めた」
リールの顔がこわばり、ロールが横から睨んできた。
「もう首輪はないし、心臓にも鎖はない……言えるだろう」
二人が顔を見合わせて、しばらく黙ってから、リールが口を開く。
「……いつか」
その声は、震えていなかった。
「アクエリスを滅ぼした者たちを……そして、それを裏で操り、わたくしたちに鎖をかけたヴェルディアン大公を。この手で討ちたいと、そう願っておりました」
「あたしも、あいつだけは絶対に許さない!」
言葉に嘘はなかった。この二人はずっと、それを抱えていた。首を締められながら、それでも捨てなかったのだ。
「そうか。なら、いつか行く」
「……え?」
「天聖隊で行く。俺と、アリアと、お前たちと、全員でだ」
二人が目を丸くしていた。
「言っておくが、今すぐではない。星国には他国を攻める余力はないし、今の俺たちでは、国一つを相手にはできない……だが、いつかはできる」
そのために軍を作っている。北へ南へ東へ西へ、どこへでも行く隊だ。西方諸国が入っていない理由はない。
「本当に……?」
「嘘は言わない」
リールの目が潤んで、それから慌てて袖で拭う。ロールは何か言おうとして、口を閉じて、それだけ頷いた。
「小生も、ぜひご一緒させていただきましょう」
後ろから声がして、振り返るとジャックスが実に楽しそうな顔をしていた。
「あの大公には色々と貸しがございますので。今度こそ思う存分に切り刻んで、血の華を――」
「やっぱり快楽殺人者じゃない」
アリアが冷たく言った。
「い、いえ! これは言葉の綾でございまして、決してそのような――」
「言い訳は見苦しいわよ」
「お待ちください、アリア様!」
背後で、ロンバルギアの城壁が遠ざかっていく。
二人で来た道を、六人で帰る。
悪くない旅になった。




