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第105話 天下一闘技大会・予選

 双子の公女が幕の内へ戻されると、進行役の声が響いた。


「それでは第一ブロック! 選手の皆様、リングへどうぞ!」


 俺のいる区画から百人以上がぞろぞろと出ていく。その大半が首に鉄の輪をつけていた。


 石段を上がってリングに立った連中を観客が値踏みするように見下ろしている。だが、その視線はすぐ一点へ集まった。


 白い衣を纏った男が悠々と最後に上がってきたからだ。


 衣だけではない。頭に白く光沢のある筒のようなものを載せている。背が高く、つばの狭い、見たこともない形の被り物だった。


「あれは何だ?」


 思わず隣の男に聞くと、そいつは俺を一瞥してから、吐き捨てるように答えた。


「シルクハットだよ……あいつを知らねぇのか? あんた」

「知らん」

「そりゃあ幸せなこった」


 周りの連中もその男から目を離さない。誰かが舌打ちをした。


「やっぱ、今年も第一ブロックにはジャックスか」

「二連覇したんだから、もういいじゃねぇか」

「あの白衣とシルクハット。今年も本選では真紅に染まるんだろうな」

「くそっ、快楽殺人者がっ!」

「双子の公女もジャックスに切り刻まれる運命かねぇ」


 ジャックスという名らしい。この大会の優勝候補で、二年続けて勝っている男。そして本選になれば、白い衣が血で染まるほど返り血を浴びるということか。


 リングの上を見ると、その男は手に何も持っていなかった。剣も、槍も、棍棒もない。白衣の懐に両手を突っ込んだまま、周りを見回している。


 武器を持たずに、百人を相手にするつもりか。


「――始めっ!」


 合図が下りた瞬間、リングの全員が同じ方向へ動いた。示し合わせたわけでもないだろうに、百人以上が一斉にジャックスへ襲いかかっている。


 悪くない判断だ。一対一で勝てないなら数で潰す。俺が同じ立場でもそうするかもしれない。


 だが、ジャックスは薄く笑っただけだった。


 白い影が滑るように動く。懐から抜かれた右手が先頭の男の首筋へ落ち、それだけで男は膝から崩れた。返す動きで左の手刀が別の男の顎を打ち、体を沈めながら回り込んで、背後の三人を続けざまに落としていく。


 速い。いや、速いだけではなく、無駄がまるでない。


 一撃ごとに人が一人減っていくのに、こいつの足はほとんど同じ場所から動いていない。相手の方から突っ込んでくるのを、順に処理しているだけだ。まるで、水を汲みに来た者へ、順番に椀を渡しているような手つきだった。


 炎の球が飛び、土の壁がせり上がる。魔法を使う者もいたが、そのどれもがジャックスに触れる前に、撃った本人が倒れていた。詠唱の間に懐へ入られている。


 四半刻と経たないうちに、リングの上に立っているのは、白い衣の男だけになっていた。シルクハットは傾いてすらいない。


「ちっ! やっぱジャックスかよ!」

「まぁ第一ブロックには奴隷ばかり集められたんだ。強豪は綺麗に散らしてあるからな。あいつに勝てそうな奴を同じ組に入れるわけがねぇ」


 その言葉に、俺は隣を見る。


「組は選べるのか?」

「選べるわけねぇだろ。決めるのは主催者だ」


 男が肩をすくめて続けた。


「客が金を払うのは、いい戦いを見るためだ。優勝候補が予選で潰れちまったら、興行にならねぇ。だから強い奴は散らす……弱い奴を集めた組に、一番の目玉を放り込むのさ」


 なるほど。剣を振ることで金が動く街だと思っていたが、金が動くように剣を並べる街でもあるらしい。


 その後も、第二、第三と組が進んでいった。


 周りの連中が「次はあいつが勝つ」と言えば、その通りになる。強い者は事前に知られていて、そいつが順当に残っていく。番狂わせと呼べるものは一つも起きなかった。


 そして、進行役の声が七を告げた。





 石段を上がると、視界が一気に開けた。


 円い地面と、それを取り囲む石の壁。壁の上には人がぎっしりと詰まっていて、上を見上げるほど遠くまで顔が並んでいる。


 これだけの数に見下ろされるのは初めてだ。妙にざわついていて、俺の方を指さして何か言い合っている者が多い。


「おい、あの外套」

「見たことねぇな。どこの国だ」

「金と銀の刺繍だぞ。相当な貴族じゃねぇのか」


 天翼の外套のせいか。目立つとは思っていたが、ここまでとは。


 視線を貴賓席付近へ向けると、アリアがいた。両手を胸の前で組んで、じっとこちらを見ている。祈っているような格好だ。


 俺が片手を上げると、アリアは小さく手を振り返してくる。途端に、周りの空気が変わった。


「……おい、今の見たか?」

「あの女、あいつの連れかよ」

「ふざけんな。何だあの美人は?」

「あんな女を連れて歩きやがって!」


 どうやら、余計なことをしたらしい。


「――始めっ!」


 合図と同時にほとんどの奴らがこちらへ殺到してきた。第一ブロックと同じ光景だ。ただし、あの時と違ってこいつらの顔には別のものが混ざっている。


「美女を連れまわしやがって!」

「少し顔がいいからって! ぼっこぼこにしてやる!」

「羨ましくなんかねぇぞ! 羨ましくなんかっ!」


 理由が理不尽すぎるが、来てくれるならありがたい。倒しに行く手間が省ける。


 俺は剣を抜いた。王都で見繕った、ごく普通の鉄の剣だ。


 最初の三人を峰で払う。殺しは禁止だと言われているのだから、剣の腹で打てばいい。あばらを打たれた男が息を詰めて転がり、その上を跳び越えてきた次の男の膝の裏を、折らない程度に払う。


 体の中で金が回っている。纏ってはいない。氣を巡らせているだけだが、それでも足の運びが違う。地面を蹴った力が逃げずに、そのまま体を運んでくれる。


 斧がくれば、半歩で外して柄を握る手の甲を打つ。

 槍がくれば、穂先を剣で滑らせて、そのまま持ち主の顎へ柄頭を返す。

 背後から二人。振り向かずに体を落として足を払う。

 左から棍棒。受けずに肩を入れて、体ごと押し倒す。


 有角馬オルと比べれば、止まって見える。

 あの三か月は無駄ではなかったらしい。


 やがて、立っている者が二人になる。





 残った男は俺より頭一つ大きかった。上半身に何も着ておらず、その体中に古い斬り傷が走っている。数えるのが馬鹿らしくなるほどの数だ。生き延びてきた男の体だった。


「……なるほどな」


 男が肩を回す。


「小僧。お前、相当やるな」

「あんたもだろう。ここまで残っている」

「当たり前だ」


 男が両手を地面につける。


「今年こそ、俺がジャックスをぶっ潰す。去年の恨みがあるんでな」


 地面が盛り上がった。土が集まって固まり、人の頭ほどの岩になって、一つ、二つ、三つと宙に浮き上がる。


 土属性系統か?


 男は浮き上がった岩を手に取ると、思いっ切りぶん投げてくる。

 宙に浮いたままの岩も、追随するように向かってくる。


「潰れろっ!」


 岩が飛んでくる。速い――だが、見える。


 俺は踏み込みながら、剣に金を纏わせて一閃。岩が二つに割れて、両脇を通り過ぎていく。


「……は?」


 男の動きが止まる。


「今……何をした?」

「斬った」

「岩をか!?」

「岩だからな」


 答えになっていなかったらしく、男が顔をしかめる。


 それから今度は五つ同時に投げてきて、次は八つ。その次は頭より大きな一つを両手で持ち上げ、叩きつけるように放ってくる。


 全部斬った。金を纏わせた剣には、刃こぼれ一つ起こらない。


 それでも男は諦めない。近接戦闘に切り替えて、岩のような拳で殴りかかってくる……が、遅い。氣を巡らせなくても、纏系を使わなくとも、俺の方が速い――圧倒的に。


「なぜだ! なぜ当たらない! その金色の剣は何なんだ!?」


 得体の知れない力に、喚きながらもがむしゃらに拳を振り回す男。

 答える義理はないが、何も知らずに気を失うのは嫌だろう。


「天属性――それだけだ」


 氣を巡らせて、一瞬で間合いを殺す。剣を返して、真下から顎を打ち上げる。


 男は何も分からない様子のまま、巨体が後ろへ倒れていき、大の字になってリングに倒れ込んだ。


「第七ブロック、勝者! フェリシテ星煌王国ソラ! 本選出場を決めましたっ!」


 進行役の声が響いた瞬間、貴賓席の方から声が飛んできた。


「ソラっ――!」


 アリアの声は、五万の中でもよく通る。


 それを合図にしたように拍手が広がった。石の壁の上から雨のように音が降ってくる。誰かが口笛を吹き、誰かが足を踏み鳴らし、その音が円を巡って重なっていく。


 俺は剣を鞘に納めて、立ったままそれを浴びていた。


 妙な気分だ。剣は強くなるために振るものであって、見せるために振るものではない。昨日までそう思っていたし、今もそう思っている。


 でも――悪くない。


 俺は控室へ向かいながら、もう一度貴賓席の近くを見た。アリアが右の拳を握り、頷いていた。





 今日は第一ブロックから第八ブロックまでのようで、明日は第九ブロックから第十六ブロック。第八ブロックの試合を終えると、アリアとすぐに合流。


 一度宿に戻ってアリアはいつもの騎士の恰好に戻り、外で食事をとる。


「で? どうだった?」


 提供された麺をアリアが器用にフォークで絡めながら訊ねてくる。


「悪くなかった」


 同じようにくるくる巻こうとしても、俺はうまくできない。

 アリアが苦笑する。


「違うでしょ?」


 そう言いながら、またも器用に麺を絡めるアリア。


「火属性と水属性のいい人はいた?」

「あ……」


 俺はずっと強い奴ばかりを追いかけて、肝心なことを忘れていた。


「だと思った。でも、観客席から見ている限りだけど、今日はいなかったわね。私は明日も見に行くから、ソラは問題を起こさないようにね」

「俺をなんだと思っている?」


 アリアは俺の質問には答えず、笑顔を見せるだけ。

 だけど、すぐに真剣な表情に戻る。


「今日ね、観戦の途中で主催の関係者から声を掛けられたのよ」

「関係者から?」

「そう。明日から貴賓席で観戦していいって」

「どうしてアリアが? 近くの奴らは声を掛けられていたのか?」

「分からないわ。もしかしたら、ソラの事を応援していたのが気になったのかもしれない。星国からの挑戦者って珍しいみたいだから」

「行くつもりなのか?」

「ええ、少し気になることがあるから」

「…………」


 確かに星国からの挑戦者は珍しいのかもしれない。でも、本当にそれだけか?

 考えれば考えるほど……麺が巻けない。


「俺も行く」

「え?」

「そこに俺も行く。明日は試合がない」


 逡巡の後、アリアが微笑む。


「ふふふ、心配してくれてるの?」

「……悪いか」

「ありがと。でもソラは行けないわよ」

「なぜだ?」


 思わず身を乗り出してしまう。


「ドレスコードがあるからよ」

「あ……」


 確かに。俺にはこの街の男たちが着ているような服がない。


「買いにいく?」

「もちろんだ」

「分かった――」


 そう言うと、アリアは麺を絡めたフォークを持ち上げ、俺の口に向かって刺突。

 フォークはちょうど俺の舌の上で止まる。

 このフォークはアリアが今の今まで使っていたもの。

 麺の味がしない……するのはアリアの仄かな花の香りだけ。


「早く食べて行きましょう」


 アリアが少し頬を赤らめて食事を進める。今、アリアが使っているフォークは、俺が使ったもの。それを嫌な顔一つせずに使って食べている。


 賞金よりも副賞よりも喝采よりも嬉しくて……悔しかった。


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― 新着の感想 ―
あれ?何だろう?ソラにムカつくんだけど(笑)
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