第101話 有力情報
王都セプテルムに着いたのは、ランダールを下山した翌日の昼のことだった。
有角馬の脚は化け物じみている。通常なら五日かかる道のりを休憩を挟んでもその日のうちに走り抜けた。
一年前の俺ならこの距離を五日かけて走って、着いた頃には何もかも終わっていた。今は違う。有角馬がいるだけで世界が変わる。その事実に腹の底が少し熱くなる。
門兵の誰何を受けるため、有角馬から降りる。その際、門兵だけでなく、行商人や住民たちからの視線も気にせず、天翼の外套を翻しながらアリアが微笑む。
「ずっと有角馬たちに乗っていれば、もっと早く着いたわね」
「かもな。でも有角馬たちに乗ってばかりで、訓練が疎かになるのは違う」
「そうね。この子たちは疾い分、頼り切ってしまうと、私たちの力が削がれる。今後も氣の訓練をしながら走って、疲れたら騎乗がいいわね」
そう言いながら、検問の列の脇を通り、顔パスで通り過ぎようとすると、門兵の一人が声をかけてきた。
「あ、アリア様!? その馬は!?」
「有角馬よ。疾風星将様に同行してもらって、手懐けてきたの」
多分、この門兵も有角馬は疾風星将の部隊でないと所持できないと思っていたのだろう。
「天騎士殿も一緒にですか?」
「そうよ。シャーレ様の承認も得ているわ」
「失礼しました! では、お通りください!」
検問待ちの行列を横目に、俺とアリアはそれぞれの有角馬を引いて、王都の門をくぐる。
♢
天聖隊の隊員たちが泊まっている宿を目指していると、背後から大声がかかる。
「ソラ! アリア様! おかえりっ!」
振り向くと、そこにいたのはバルトとプリシラ。少し離れたところに大男――ガロだ。ガロは俺とアリアと目が合うなり、ゆっくりと頭を下げた。
「ただいま。三人とも天翼の外套、似合っているじゃない」
すでにガロも天翼の外套を纏っていた。アリアがブランドンに宛てた文に、ガロの天翼の外套も手配するようにと記してあったのを思い出す。
「へへっ! この外套、この街でもかなり噂になっているぜ!」
「天聖隊や第十一軍のことは、まだ公になっていないようで、アリア様がお召しになっているのを見た者たちが、私たちが着ているのを見て、どこで買ったかとか、お揃いは作れるのかとか、よく聞かれるんですよ」
今も周囲の目が俺たちの外套に向けられているのが分かる。
「にしても、ソラとアリア様の馬……本当に有角馬か? 疾風星将様の部隊の有角馬の色とは、だいぶ違うじゃねぇか?」
「ええ、詳しい話は宿に戻ってからにしましょう」
宿の一階に借りていた広間に入り、食事をとりながら互いの報告をしていると、バルトが愚痴をこぼす。
「ってかよぉ! ブランドン厳しすぎるだろ! あいつ、傭兵上がりの俺らにも容赦しねぇ!」
「私、三回吐きました」
遠い目をするプリシラの向こうで、ガロは首を振る。その目は、きつくないと言っていた。察したアリアが二人を宥める。
「まぁまぁ……でも、ソラの訓練はもっと苛烈よ。今のうちに慣れておいて。後から入ってくる者たちに抜かされないように」
「あったりまえだ! と、言いたいところですが、すでにガロには抜かれてるんだよなぁ……ソラ、今度から俺よりも体力のない奴しか入れないようにしてくれよ」
「無理だ」
「だよなぁ……天聖隊に入る奴らは、どう考えてもエリートだよなぁ……」
そんな話をしているところに、ブランドンが入ってきた。
「無事で何よりです、アリア様! 三か月もお会いできず、某は――」
「ただいま、ブランドン。色々ありがとう。あなたがいてくれて助かったわ」
「もったいなきお言葉。アリア様のためであれば、たとえ火の中水の中――」
「ブランドン、早速で悪いのだけど、人材の方はどう?」
ブランドンの言葉を最後まで聞かず、うまくあしらうアリア。
「そのことなのですが、今期の卒業生は、ほとんど進路が内定しております」
アリアの眉が動く。
「内定? もう? 九月末とはいえ、まだ早くないかしら?」
「アリア様のおっしゃる通り、例年であればこれから動き出すのですが、今年は違います。第八軍から第十一軍が編成されることになりましたので、各隊が新人の獲得に力を入れております。卒業生に幹部の椅子を用意すると、甘言を添えて」
「争奪戦が起きているというわけね」
アリアが指先で卓を叩いている。考えている時の癖だ。
「他の隊はどうなの? 既存の第一から第六軍は」
「そちらも同様です。もっとも、既存の軍は元から人がおりますので、新規の三軍ほど必死ではありませんが」
「つまり、うちだけが出遅れたわけね」
「はい……しかし、不幸中の幸いというべきか、今年の卒業生には、天聖隊に入れるような火属性、水属性を操る騎士はいないかと」
そこに、酒の入ったバルトが口を挟む。
「アリア様がスカート穿いて、生足でも見せりゃあいいんじゃねえか? 純な奴らなんて、それだけで寄ってくるぜ」
「バルト!」
「いてっ!」
プリシラの平手が、バルトの後頭部を叩く。
「あら、それで人が集まるなら考えるけれど、無理ね」
アリアは自分の首にどんな顔が乗っかっているのか、知らないようだ。
「……アリア様は、そういうところが」
ブランドンが遠い目をしている。
ただ、プリシラに頭をはたかれたバルトは、その衝撃で何かを思い出したらしい。
「あ! そうだ! 前に酒場で聞いた話なんだけどよ。西から来た行商人が言ってたんだ。もうすぐ西方諸国で、でっけえ闘技大会があるってな」
闘技大会。
その一言で、自然と身を乗り出していた。
「詳しく話せ」
「おっ、食いつきがいいな。えーとな、なんつったかな……ヴェルディアン。そう、ヴェルディアン大公国だ。西方諸国の中でも一番でかい商都でよ。そこで年に一度、賞金を懸けた闘技会をやるんだと」
「賞金?」
「それがすげえ額らしくてよ。腕自慢が集まるんだと。そこに集まる奴らを勧誘できたらよくねぇか?」
「ちょっと待ってよ」
プリシラが割って入ってきた。
「他国になんて、行けるわけないじゃない。西方諸国よ?」
「行けるわ」
アリアの言葉に、プリシラが「え?」という表情を見せる。
「表向き、星国と西方諸国は友好関係にあるもの。交易もしている。堂々と入国できるわ。もちろん、監視はつくでしょうね」
「アリア。人材を探しに行く価値はあるのか?」
「あると思うわ」
アリアが指を折りながら続ける。
「まず、どの軍も貴重な戦力は絶対に離さない。学校の生徒はもう押さえられている。だとすれば残るのは在野だけど、それも各隊が血眼になって探している最中。人数の少ない私たちが同じ土俵で競っても、勝ち目は薄いわ。でも、国外は違う。星国の軍は誰も国外まで探しには行かない」
「じゃあ……」
「ええ、みんなで行きましょう。ブランドンには悪いけど残ってもらって、ネイが来るのを待ってから――」
すると、少し悪びれた様子で、バルトが遮る。
「そういえばよぉ……その闘技大会、来月の十日って言ってたな。ここからじゃ、もう間に合わねぇ」
「バルト!」
「悪い! 悪かった! でも忘れてたんだから仕方ねえだろ!」
今度はプリシラの拳が、バルトの後頭部に入った。
「いや、間に合う」
俺は窓の外へ目をやる。馬宿の前で金と銀の角が並んで日を受けていた。
アリアが俺を見て、それから同じ方へ視線を移す。
「……そうね。私たち二人なら間に合うわ」
♢
出発は翌朝と決まった。支度をしながら、アリアが四人に指示を出していく。こういう時のこいつは早い。
「ブランドン、一つ調べてほしいことがあるの」
「なんなりと」
「シャーレ様に、有角馬の角を加工できる職人がどこにいるのか訊いておいてほしいの。ソラと私、それにネイの槍の穂先を、この角から作りたいのよ」
「かしこまりました」
アリアに頼られたことがよほどうれしいのか、ブランドンは深々と頷いた。
次にバルトとプリシラへ指示を出す。
「それと、バルトとプリシラには拠点を探しておいてほしいの」
「拠点? ここではダメなのか?」
「王都は分が悪いわ。第一軍がいるもの。王都で人を集めようとしても、優秀な人はみんな第一軍へ流れてしまう」
「言われてみりゃあ、そうだな」
「条件は二つ。一つ、どの前線にもすぐ駆けつけられること。私たちは遊撃隊だから、北にも南にも東にも西にも行くことになるわ。二つ、情報が集まる場所であること。交易路の交わるところか、人の行き来が多い街ね」
ブランドンが手帳を取り出し、書き付け始めた。
「任せとけ! 酒場を回るのは得意だ!」
「私は酒場以外を巡りますね!」
最後にアリアはガロを見据えた。
「ガロ、あなたにはこの二人の訓練を、ブランドンと一緒に見てほしいの。二人はまだ従士。天聖隊はとにかく最前線に出る部隊だから、実力が伴わなければすぐに死んでしまう。いいかしら?」
「……分かった」
全員への指示を出し終えると、再び旅支度に取りかかることになった。
♢
翌朝、まだ暗いうちに宿を出ると、四人が門まで見送りに来ていた。
「向こうで喧嘩なんてすんなよ! お前がやったら国家問題だぞ!」
「気をつけてね」
「アリア様、ご武運を!」
「……無事に戻れ」
ガロが最後にそう言って、深く頭を下げる。
俺は有角馬に跨り、隣でアリアが有角馬の背に上がった。
「行くぞ」
「ええ」
二頭が同時に地を蹴る。王都の石畳を蹴って、西門を抜けた。
街道が朝もやの中へ延びている。
「ソラ、有角馬と有角馬を、西方諸国に連れて行きたくはないの」
「ああ」
「だから、アストレアで父様たちに預けようと思うのだけど、ダメ?」
アストレアはアリアの家――セレスティア子爵家が治める領地。
あそこであれば安全だ。
「分かった。まずはアストレアだな」
俺が有角馬の手綱を握ると、アリアも有角馬を隣に寄せてくる。競うように駆け出し、俺たちはその日のうちに、アストレアに到着したのだった。




