41卒業式
三月の朝
空は澄み 校舎の窓に春の光が反射している
女子高の校門前 制服姿の三年生たちが
少し大人びた表情で集まっている
葵とさくらも その中にいた
体育館には 白い花と紅白の幕
在校生の拍手の中 卒業生が入場する
椅子に座ると 急に現実味が増す
「卒業証書 授与」
名前が一人ずつ呼ばれる
「小川葵」
葵は立ちあがる 壇上へ向かう足取りは
まっすぐだが 少しだけ震えている
証書を受け取る 校長と目が合う
「ありがとう」
その一言で 胸が熱くなる 席に戻ると
さくらが小さく微笑む
「林さくら」
今度はさくらの番 歩く姿は堂々としている
証書を受け取り
軽く一礼する
席に戻ると二人は目を合わせる
言葉はないでも 通じる
最後の校歌
三年間何度も歌った旋律 今日は少し違う
葵は実習室の光景を思い出す 命の重さ
さくらも調理実習室の匂いを思い出す
三年分の時間が
胸の奥に積み重なっている
式が終わり 校庭に出る
写真を撮り合う声 泣き笑い
みんな駆け寄り
「おめでとう」
「ありがとう」
「村 変わりそうやな」
さくらが笑う
「変えるんやろ」
葵が小さく頷く
少し離れた場所で
二人は並ぶ
「卒業やな」
「うん」
「なんか 実感ないな」
「でも 次がある」
葵は言う
「うちは診療所」
さくらが続ける
「うちは百貨店」
少し沈黙
それから さくらが言う
「でも 村は消えへん」
葵は微笑む
「道の駅もあるし」
校門をでる 振り返る
校舎は変わらない
でも 自分たちは変わった
三年間の学びを胸に それぞれの場所へ進む
春の風が
制服の裾を揺らす
若者たちは確かに歩き出した
夕方六時
山の向こうに ゆっくりと陽が沈む
道の駅の建物は
やわらかな橙色の光に包まれていた
外壁の木目が
夕焼けを受けて静かに光る
明日はプレオープン
けれど今は また村の静けさの中にある
最後の掃除
館内では 出店者たちが黙々と動いている
床はもう一度拭く人
値段の向きを揃える人
冷蔵庫の温度を確認する人
大きな声はない
代りに
布の擦れる音や小さな確認の声が響く
「これで ええかな」
「うん 大丈夫や」
棚には商品が並んでいる
苺の赤
みかんの橙
わらび餅の透明感
空だった場所に 村の色が入った
私は一人で多目的スペースに立っていた
非常灯の確認
備蓄品の配置
災害時の動線を
頭の中でなぞる
観光施設でおわらせへん
静かに深く息を吸う
これまでの打ち合わせ
住民投票 反対意見
全てが ここに集まっている
菫は売場中央 人がいない空間
明日になれば ここは声で満ちる
本当に 人が来るかな
不安が ほんの少しだけ顔を出す
直ぐに思い出す
クラウドファンディング
SNSの投稿
支援の言葉
支えてくれる人はいる
でも それでも怖い 責任がある
村の期待がある
若者の未来も 少しだけここにかかっている
外に出ると 夜風が冷たい
私が隣に立つ
「静かやな」
「嵐の前 みたいですね」
菫が笑う
私は首を振る
「嵐やない 祭りの前や」
その言葉に
菫は少しだけ肩の力を抜く
軽食担当の夫婦は
厨房で最後の仕込みをしている
和菓子店主は 商品にそっと手を当てる
みかん農家は 箱を撫でるように整える
誰も 成功 の話はしない
「明日 やるだけや」と言う
午後九時
最後の照明を落とす
入り口の鍵を閉める
カチリ
その音は
これまでの時間を閉じる音であり
新しい時間を開く準備の音でもある
診療所では 当直の灯りがひとつ
葵は制服を整え
明日の空き時間に顔を出そうと考えている
夜の道の駅
誰もいない売場 照明の残光
商品は静かに並び 明日を待っている
建物が呼吸しているように見える
村は
大きな一歩を踏み出す前の静寂の中にあった
朝八時
まだシャッターは閉まっているのに
駐車所には既に車が並び始めていた
近隣市町村のナンバー
想像より多い
「…来てますね」
菫が少し驚く 私は小さく息を吐く
「ありがたいな」
シャッターが上がる 拍手
控えめだが確かな祝福 人が流れ込む
直売コーナーへ
カフェへ
軽食スペースへ
苺は午前中で半分が売れる
みかんも想定より早い
和菓子店主が言う
「これは忙しくなるぞ」
軽食コーナーから湯気が立ちのぼる
子供がソフトクリームを持って笑う
正午前
駐車場はほぼ満車
交通整理に出ていた私は眉があがっている
「予想以上やな」
菫は走り回っている
案内 説明 取材対応
診療所の所長も顔を出す
「立派になったな」
葵は休憩時間に制服姿で立ち寄る
菫と目が合う 小さく頷く
それだけで十分だった
午後二時過ぎ
駐車場出入り口付近で
思いがけない渋滞が発生した
私だけでは手に負えない
誰かが電話したのか
直ぐに駐在所のお巡りさんが到着し
交通整理を始めた
お巡りさんは苦笑いする
「この村で こんな交通渋滞…
何時以来やろ」
その言葉に
私は少しだけ笑う
「良い事ばかりではないですね」
渋滞は直ぐに整理され
大きな混乱にはならない 人の流れは戻る
三時を過ぎると
客足は少し落ち着く 多目的スペースでは
高齢の夫婦がゆっくりお茶を飲んでいる
子供が床に座ってお菓子を食べる
「前より 村に人おるな」
そんな声が聞こえる
出店者たちの顔に 疲労と安堵が混ざる
シャッターがゆっくり下りる
売上は 想定を大きく上回っていた
誰かが大きく喜ぶわけではない
でも 全員が静かに頷く
「いけそうやな」
みかん農家が言う
「続けられそうや」
和菓子店主が言う
外に出る
夕陽が建物を照らしている
駐車場は空に戻っている
さっきまでの喧騒が 夢のようだ
菫が言う
「怖かったですけど…」
私が続ける
「やれたな」
診療所の灯りが 遠くに見える
若者たちの未来も
それぞれ動き出している
事故が起きるほど人が来た
それは この村にとって
新しい現実だった
風がやわらかい 山の向こうに陽が沈む
建物は もう特別ではない
今日から ここは日常になる
村に新しい朝が生まれた




