36年末
嵐吹きて 雲は落ち
役場の一室で
菫はパソコン画面を見つめていた
クラウドファンディングのページ
支援率はまだ目標の半分にも届いていない
でも
昨日の投稿から
アクセス数が明らかに増えていた
「…あ」
数字が ひとつ動く
支援総額が 少しだけ上がる
ピロン と通知
「紅葉の写真を見て支援しました
こんな場所が続いてほしいです」
菫はゆっくり息を吐く
届いてる
また通知
「工事の進捗が見えて安心しました
完成を楽しみにしています」
そのコメントの下に
支援金額が表示される
大きな金額ではない
でも確かに 前より増えている
翌朝直売所
農家の一人が言う
「昨日の写真 ええな」
「娘がこの村って
こんな綺麗やったん?言うてたわ」
菫は少し驚く
「え 本当ですか?」
「SNSで回っとるらしいで」
大袈裟な バズ ではない
けれど 確実に広がっている
昼休み 工事現場
私はスマホを見ながら言う
「昨日から 支援ちょっと戻って来るな」
菫は小さく頷く
「写真 見てくれた人が多かったみたいです」
私は現場を見渡す
「やっぱり
今どうなっているか が分かると違うんやな」
基礎のコンクリートは乾き始め
排水溝の形も見えてきている
未来はまだ輪郭だけ
でも それを見せることが
人の背中を押す
その日の夜
支援率は
数%だけ上がっていた
目標達成にはまだ遠い
でも
下げ止まった 感覚がある
菫は画面を見つめながら
静かに微笑む
急がなくていい ちゃんと 伝え続けよう
通知がまた鳴る
「滝の写真に癒されていました
完成したら家族で行きますね」
菫は返信を書く
「ありがとうございます
村でお待ちしています」
送信
窓の外では
紅葉の葉が夜風に揺れている
黒板に書かれた数字
「支援率 +3%」
誰かが小さく拍手する
大歓声はない
でも
空気が少し軽い
女将さんが笑う
「写真続けたらええやん」
菫は頷く
「はい
村の今を ちゃんと届けます」
私は静かに言う
「派手やなくてええ 積み重ねや」
重機の音が
また静かに響く
菫は自宅で
ストーブの前に座る
パソコンを開き
今日の支援状況を確認
数字は
僅かだが確実に上がっている
焦るほどではない
浮かれるほどでもない
「続いてる」
それだけで十分だった
窓の外には星
冷えた空気が澄んだ夜を作る
道の駅も
支援も
村の未来も
少しずつ
確かに前へ進んでいた
十二月二十八日
空は冬らしく高く
冷たい青が広がっている
道の駅の工事現場では
年内最後の作業が行われていた
外装はほぼ完了
屋根も閉じ
建物は冬の風をしのげる状態になっている
「今日で一旦 区切りですね」
現場監督が言う
「年明けから内装です
私は完成しかけた建物を見上げる
「ここまで来れましたね」
作業員たちは
工具を片付け 資材を整理し
仮設のフェンスを再確認する
「良い正月を!」
「また 年明けに!」
軽トラックが一台 また一台と
村を出ていく
エンジン音が遠ざかり
現場は急に静かになる
だが 全員が帰るわけではない
数名の作業員は
年末年始を村で過ごすことになっていた
近隣の旅館に宿泊し
簡単な見回りと資材管理を担当する
夕方 女将さんが声をかける
「せっかくやから
大晦日はうちにおいで
年越しそば 一緒にどうや?」
作業員たちは少し驚き そして笑う
「ありがたいです」
村の神社の境内では
正月準備が進んでいる
提灯の確認
しめ縄の飾り直し
今年は
道の駅という 未来 が見える状態で
年を越す
それだけで
村の空気は少し違う
同じ日の昼前
役場のふるさと振興課
菫はパソコン画面を見つめていた
クラウドファンディングの締切は
今日の二十三時五十九分
だが支援率は
目標の九十六%
あと少し
でも 届かない可能性も高い
「ここまでかもしれませんね」
菫は小さく言う
私も静かに頷く
「ようやった」
目標未達でも
集まった資金は無駄にならない
それは分かっている
だが
「達成」の二文字は特別だ
昼前
年末の挨拶回りで
役場は少し慌ただしい
「今年もお世話になりました」
そんな声が廊下に響く
昼過ぎ
十二時四十七分
ピロン
菫のスマホが鳴る
何気なく画面を見る
「…え?」
支援率が九十八%になっている
その数分後
また通知
そして また
十二時五十八分
画面の数字が
静かに百%を超えた
菫は 言葉を失う
「山中さん!」
声が少し震える
私が画面を見る
百%
目標達成
派手な音も演出もない
ただ
数字が静かに変わっただけ
二人は顔を見合わせる
「…達成 ですね」
「…ああ」
誰も大声を出さない
役場の外では 年末の風が吹いている
菫は小さく拳を握る
「届きました」
私はゆっくりと息を吐く
「村 よう頑張ったな」
その言葉に
菫の目が少し潤む
近くに居た職員が集まり
ささやかな拍手が起きる
「おめでとうございます」
「良かったですね」
確かな充実感がある
菫は直ぐに投稿する
「クラウドファンディング
目標達成しました
本当にありがとうございました
春に ここでお会いしましょう」
通知が一斉に鳴る
「おめでとう」
「最後に滑り込みました」
「来年が楽しみです」
役場の窓から見える
完成しかけた建物
冬空の下で
静かに立っている
役場の仕事納め
シャッターを下ろす音
菫と私は
並んで工事現場の方を見る
遠くに
年越しを村で迎える作業員の姿
旅館の灯りが温かい
「いい年になりますね」
菫が言う
私は 静かに頷く
「ああ 春が楽しみや」
空はゆっくりと
夕焼け色に染まっていく
今年は
未来の形が見えるまま終わる
それだけで
十分だった




