35師走
私は
年末工程表を見直す
「年内に外装完了 年明け内装着手」
数字と現実の距離を測る
だが今日は 不安よりも静かな確信がある
村が支えている
祭り 稲刈り SNS クラファン
全部つながっている
菫は
あえて 完成に近い写真 ではなく
作業中の写真を撮る
手袋越しの工具 断熱材を押さえる手
冬の空と鉄骨
「寒い朝の現場
ひとつひとつ 人の手で進んでいます
春に向けて 今は積み重ねの季節
#道の駅建設中#冬の仕事」
その投稿は
今までより反応が早かった
「職人さんありがとうございます」
「人の手が見えると応援したくなる」
私のスマホにも通知が入る
「支援 少し動いてます」
菫が小声で言う
私は建物を見上げながら答える
「派手やなくてええ
ちゃんとやってる のが伝わればええ」
冬の空気の中で
建物は確実に高さを増していた
村は静かになる 観光客は減り
山は落葉し 風が澄む
直売所には
みかんと干し柿が並ぶ
「今年は糖度高いで」
農家の声は穏やか レジ横には
道の駅建設中 の写真が掲示されている
「もうあそこまで出来たんやな」
「春には賑やかになるな」
会話は 期待を含みながらも
どこか落ち着いている
日が落ちるのが早い
十七時にはもう暗い
家々の灯りが 山肌に点々と並ぶ
遠くで 工事現場の仮設灯りが光る
まだ営業していない建物
でも既に村の風景の一部になりつつある
菫は仕事帰り温泉に向かっていた
空気はきりりと冷えていた
吐く息が白く手袋越しでも指先が少し冷たい
「…今日は 行こ」
菫は小さく呟き 坂道を温泉旅館の方へ歩く
工事現場の仮設灯りが
遠くでぼうっと光っている
今日も一日 終わった
旅館の引き戸を開けると ほのかな湯の匂い
「あら 菫ちゃん」
女将さんが帳簿から顔をだす
「お疲れ様 今日はのんびり?」
「はい ちょっと 体が冷えて」
女将さんはにっこり笑う
「ええタイミングや 今日は空いてるで」
木の廊下を歩くと 足音が柔らかく響く
脱衣所の窓は曇り
外の冬景色がぼんやり見える
湯船に足を入れると じわりと熱が広がる
「はあ…」
思わず声が濡れる 肩まで浸かると
一日の緊張がほどけていて
今日のことが ゆっくり頭の中を流れる
工事の進捗 SNSの投稿 支援額の数字
焦らなくてもいい
湯気の向こうで 木の天井がやわらかく霞む
外から かすかに川の音
この音は 変わらない
忙しい日々の中で忘れかけていた感覚
守りたい とか
大きくしたい とかじゃなくて
ただ続いて欲しい それだけでいい気がした
肩をほぐしながら 深く息を吐く
温泉の熱が 冷えた指先まで届く
脱衣所で髪を乾かし 帳場へ戻る
女将さんが
湯上り用の小さな甘酒をだしてくれる
「どうやった?」
「…最高です」
二人で笑う
「道の駅 だいぶ形になってきたな」
女将さんが窓の外を見る
「はい 年内に外側は終わりそうです」
「春 忙しくなるで」
「ですね」
でも言葉に 不安は混じらない
旅館を出ると 空には星
遠くの工事の灯りが
夜の中に小さく浮かんでいる
菫の立ち止まり その光を見つめる
湯で温まった体に 冷たい空気が心地よい
また明日も やれる
ゆっくり歩き出す
冬の村は静かだ けれど確かに
春に向かって動いている その心に
自分もいる 湯けむりの余韻をまとったまま
菫は家路についた
ある日
役場の一室で
菫はパソコン画面を見つめていた
クラウドファンディングのページ
支援率はまだ目標の半分にも届いていない
でも
昨日の投稿から
アクセス数が明らかに増えていた
「…あ」
数字が ひとつ動く
支援総額が 少しだけ上がる
ピロン と通知
「紅葉の写真を見て支援しました
こんな場所が続いてほしいです」
菫はゆっくり息を吐く 届いてる また通知
「工事の進捗が見えて安心しました
完成を楽しみにしています」
そのコメントの下に 支援金額が表示される
大きな金額ではない
でも確かに 前より増えている
翌朝直売所
農家の一人が言う
「昨日の写真 ええな」
「娘がこの村って
こんな綺麗やったん?言うてたわ」
菫は少し驚く
「え 本当ですか?」
「SNSで回っとるらしいで」
大袈裟な バズ ではない
けれど 確実に広がっている
昼休み 工事現場
私はスマホを見ながら言う
「昨日から 支援ちょっと戻って来るな」
菫は小さく頷く
「写真 見てくれた人が多かったみたいです」
私は現場を見渡す
「やっぱり
今どうなっているか が分かると違うんやな」
基礎のコンクリートは乾き始め
排水溝の形も見えてきている
未来はまだ輪郭だけ
でも それを見せることが 人の背中を押す
菫は自宅でストーブの前に座る
パソコンを開き 今日の支援状況を確認
数字は 僅かだが確実に上がっている
焦るほどではない 浮かれるほどでもない
「続いてる」
それだけで十分だった
窓の外には星 冷えた空気が澄んだ夜を作る
道の駅も 支援も 村の未来も
少しずつ 確かに前へ進んでいた




