29試験
その日 さくらは 制服ではなかった
白い調理服にエプロンを着ていた
既に高校二年までに二級準一級は合格して
いよいよ
食物調理技術検定一級の合格を目指す
事前に献立を作成し
九十分以内に五品目フルコースを調理する
試験会場は県内の専門学校の調理実習室
大きなガス台がいくつも並ぶ
「緊張するな…」
自分の前に置かれた準備台を見て
さくらはゆっくり深呼吸をした
隣の受験者も真剣な顔で
材料と器具を整えている
時計の秒針が 静かに音を刻む
合図と共に 試験が始まる
「調理を始めてください」
審査員の声は淡々としている
さくらは手を止めずに
自分のプランを思い出す
味のバランス 衛生管理 手際よさ
テキパキと野菜を切る手は
決して華奢ではないが 迷いがない
「お湯の温度は…ぬるくないか」
自分で確認し もう一度手首で確かめる
新じゃがの扱い方 鶏肉の火の入れ方
包丁の動き
そのすべてが 練習してきた時間と重なる
隣の受験者が
「時間 残り」と呟くころ
さくらは既に
完成形のイメージを持っていた
最後の数分
さくらの手はほんの少し震える
食材はすべて安全に火が通り
まな板や包丁も適切に洗浄されている
盛り付けは 美しいと言えるほどではないが
整っていた
「終了の時間です」
審査員の声が聞こえ
彼女はナプキンで軽く手を拭く
胸の中で小さく息を吐いた
提出された皿を
審査員たちは静かに見つめる
一つ一つのポイントを
表情を出さずに確認していく
さくらは 背筋を伸ばして立ち
合格発表の瞬間まで静かに待つ
教室をでると
初夏の風が心地よく吹いていた
制服の時とは違う
少し大人になった自分を感じる
あとは結果だけ
腕時計を見てゆっくり歩きだす
少し先の空に
雲がゆっくり流れていった
試験の終えた夕方
さくらはスマホ片手に
学生寮の自室に向かっていた
部屋のドアを開けると
ちょうど葵がテレビのリモコンを
手にしていた
「おかえり お疲れさま!」
葵の声は嬉しそうだった
「どうやった?」
「ん…終わったよ」
さくらは少し笑った
「緊張した?」
葵がベットに座る
「そりゃあ 緊張するわ でもね なんか…」
さくらは 手元にスマホを置いた
「手順とか 自分のルールは
ちゃんと守れた気がする」
葵は さくらの顔を見る
「それだけで ええんちゃう?」
「そう思う」
と入り口から声がする
隣室の友人が部屋に入ってきた
「終わったん?」
「終わった!」
さくらは二人を見比べて笑った
「どうやった?」
友人の問いに さくらは少し考えてから言う
「緊張したけど 落ち着いて出来たと思う」
「見てたら泣くで」
葵が笑いながら言う
「だって 頑張ったんだもん」
友人は 小さく拍手した
「ご飯でも行こ?」
「行く」
三人は 自然と笑いながら部屋を出た
夜
さくらは一人になって
少し静かに考える時間を取った
夜の風が 窓からそっと入ってくる
机に座り さっきの出来事を思い返す
あの瞬間…焦らんと出来た
手の震え まな板を拭いた感触
お湯の温度を確かめた感覚
頭の中に ひとつひとつ 思い出が浮かぶ
そして 手帳を開いた
出来た事
手順の確認がぶれなかった
衛生管理を最後まで意識した
途中で焦りに気づけた
盛り付けを落ち着いてできた
改善したいこと 盛り付けの細部
時間配分の余裕 伝えるタイミング
さくらは
自分の言葉を書き残す
誰かに見せる為ではなく
自分の未来に向けて
まだ結果は出てへん
その不確定さを
悪いプレッシャーに感じない
「一月後…」
そんな気持ちはある
でも 出来ることは もう全部やった
静かに 安心した
ふと
机の横に飾ってある小さな写真を見る
桜の下の仲間たち ホタルを見た夜
さくらは 自分に微笑んだ
どんな答えが来ても
次のステージへの一歩は
もう始まっている
そして その事実が 今の一番の評価だった
青空が揺れる真夏の朝
役場の一室では 菫とさくらちゃん
そして温泉旅館の女将さんが机を囲んでいた
机の上にはノートパソコンと
紙の草案が散らばっている
「SNS用の文面のラフを作ってきたんやけど
こんな感じでどうかな?」
菫が画面を見せる
画面にはSNS用のテキスト案が並んでいた
SNSクラウドファンディング
告知案
旧小学校跡地を みんなで育てる道の駅へ
休憩 防災 地域交流のための場
一部設備整備の応援を
クラウドファンディングで募集
支援のリターンには
村の特産セットや限定内覧会参加権あり
ホタルライブ視聴チケット付きの支援も!
女将は 少し考え込んだ表情で言った
「育てる道の駅 ってなんか
ふわっとしてません?
もう少し 伝わる言葉 がいいかも」
さくらが乗り込んでタブレットを操作する
「休憩所をつくる って言い切ります?」
菫は言う
「うん それは大事」
女将は頷く
ふわりと 窓の向こうから蝉の声が入る
「それで 誰のため? を明確にして」
さくらが打ち込む
修正案
みんなの安心して立ち寄れる場所を
一緒につくろう
旧小学校跡地に道の駅の一部を活かし
クラウドファンディングを開始します!
休憩スペース
情報提供コーナー
防災拠点
を整備します
支援者には村の直売品詰め合わせ
限定ホタルライブ配信視聴権
内覧会ご招待
お名前を記した支援者プレート
「これ伝わると思います」
「立ち寄れる場所
いうのが村らしいと思うし」
女将が お茶をすすりながら言う
「安心して立ち寄れる って
メッセージ割と村らしいよ」
さくらが微笑む 告知分は修正を重ね
「村の空気」と「応援の理由」が
自然に伝わる内容になっていった
窓から差し込む夏の光は強いが
三人の顔には穏やかな熱が宿っていた
菫は改めて画面を見つめた
「これでいきましょう」




