表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
この村の灯り  作者: 堺大和
28/42

28内示

朝 八時三十分

村立診療所のシャッターが上がる

葵は受付カウンターの内側に立つ

白い名札 まだ少しだけ 似合っていない

「おはようございます」

最初の患者は 毎週来るおばあさん

「おや 葵ちゃんかい」

名前で呼ばれる それだけで 背筋が伸びる

カルテを受け取り 診察券を確認する

手順は覚えた

でも まだ少しだけ緊張している


私はここで働いている


患者として来ていた場所で

今日は迎える側に立っている


温泉旅館の食事処 

湯気と出汁の匂い

さくらはエプロンを締め直す

盛り付け担当

地元の夏野菜 みかんを使った冷菜

小松菜の焼き菓子の試作品

「それ もう少し彩足せるか?」

板長の声

さくらは少し考え 刻んだ大葉を添える

「ええやん」

短い一言

それだけで胸が熱くなる

食べてもらう前の一瞬が 

こんなに緊張するんや

今 この村の食材を扱っている


午後 電話が鳴る

少し慌ただしい声

「転倒です 意識あり」

救急搬送の連絡

葵の指先が冷える

所長が静かに指示を出す 葵はカルテの準備

受け入れ体制の確認

搬送車のサイレンが近づく

心臓の音が 自分で分かる

怖い 

けれど 

逃げない 

深呼吸

ドアが開く 担架が入る

葵は立っている

震えてはいるが 立っている

一時間後 患者は安定

所長が言う

「怖いのは当たり前や

怖いまま立てるのが大事や」

葵は小さく頷く 私は ここにいていい


団体客が入る

厨房が少し混乱する

予定していたデザートの数が足りない

板長が眉をひそめる

さくらは一瞬迷う どうする?

冷蔵庫を見る

みかんのシロップ煮 わらび餅

思いつく

「みかんとわらび餅の和風パフェに出来ます」

一瞬の沈黙

「やってみい」

急いで組み立てる 客席に運ばれる

数分後

「これ 売ってへんの?」

その一言が返ってくる

胸が高鳴る 作りたい

はじめて はっきりと思う

売れる商品ではなく

誰かの顔が浮かぶ食べ物


診療所帰り 旅館帰り 二人は偶然会う

「お疲れ」

「お疲れ」

短い会話 でも顔が違う

少しだけ 大人びている

「今日な 救急あって」

「うちも デザート作った」

報告し合う 誇らしさと 疲労

さくらが言う

「道の駅完成したら ここで売りたいな」

葵が答える

「完成したら 救急箱おきましょう」

二人は笑う 冗談の様で 冗談ではない


それぞれの家に戻る

アルバイトは小さな一歩

だがその一歩で

二人は「守られる側」から

「支える側」へ変わり始めている

村の未来は 人の中にも立っている


静かな夕方だった

もう仕事の時間は終わってるはずなのに

私は役場の席を立てずにいた

デスクの向こうには パソコンの画面

開いてるのは 補助金申請の確認メール画面

「…まだか」

誰にも聞かない言葉が

静かに部屋にこだまする

スマホの着信履歴は

今日も内示関係の番号だけが残っている


まだ来ないか


手元の時計を見る

夕刻の空は 山際で赤く沈もうとしている

「もうすぐ 来るはずなんやけどな」

私は そう言って笑うように息を吐いた

庁舎内の隣室で菫はまだ資料を整理している

クラウドファンティングの案を練った資料

パソコンの上の最終案は

まだ「下書き」のままだった

外では 風が柔らかく吹いている

ただそれだけで 少しだけ心臓が重くなる

来ないな…

私はそのまま外を見た

夕陽は 思ったより赤く美しかった

でも その時間だけが

胸の緊張を消してはくれなかった

菫はメモ帳を開いていた

クラウドファンディング実施案

休憩所サポートコース

直売品お試しコース

ホタル配信参加権

見守り支援プレート

何度も書いては消し 消しては書いた


ふと 隣室から山中さんが出てきた

「どうや?そちらわ」

「内示は…まだですか?」

菫は返した

山中の肩には夕陽の光が落ちる

「…じゃあ だめだったのですね」

菫は少し息を吐く

「準備だけでも始めた方がええと思います」

「クラウドファンティング 

部分的にやるって事か?」

「はい 使わない金額も含めて 

計画書の一部にします」

山中は静かに頷いた

「来なくても 

止まらんように やるしかない」

「ええと思います」

二人の間に 微かな前向きな空気が流れた

その瞬間 スマホのメール受信音が鳴る

山中の画面に 知らない番号からの通知

「…補助金内示です」


私は少し呆然としている間に

スクロールしていく文字


令和〇年度

地域振興施設整備補助金(○○村事業)

補助金額:満額支給が決定しました


私は 思わず目を大きくする

「菫 来たで」

菫は画面を覗き込む

二人とも 言葉がなかった

ただ

夕方の空が静かに移ろっていくだけだった


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
 堺大和さん、こんにちは。 「この村の灯り 28内示」拝読致しました。  葵、就職?  そうですか、村に帰ってきましたか。  診療所にお勤めですか。  さくらも、温泉旅館に就職?  救急患者も…
1話目を開いて文体に戸惑いましたが、2話目からは違和感なく読めるようになりました。淡々と進む物語の続きを楽しみにしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ