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『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


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第29話 ボード・ミーティング

『帳簿記録:どれほど立派な経営理念を掲げようと、現場の「数字」と「現物」は決して嘘をつかない。粉飾のメッキは、たったひとつの事実によって容易く剥がれ落ちる』



1.最高経営会議と偽りのプレゼン


チンッ、と冷たい金属音が鳴り、高速昇降機の重い扉がゆっくりと左右に開いた。

 辿り着いたのは、最上階の豪奢な前室エントランスだった。

 足元には音が沈み込むほど分厚い絨毯が敷かれ、鼻を突くのは高価な白檀の香。だが、正面にそびえる『賢者の間』へと続く重厚な両開き扉の隙間からは、その優雅さとは裏腹の、肌を焦がすような異常な熱波が漏れ出していた。


俺たちは気配を殺して扉の隙間に近づき、中の様子を窺った。


部屋の中央には、巨大な魔導炉のクリスタルが鎮座している。それが不気味に赤黒く明滅し、ジリジリと空気を焼く音を立てていた。

 その熱源を取り囲むように、重厚な円卓が配置されている。

 上座には、実利派トップであるガリウス教授。向かいにはコンプライアンスを重んじる理想派の重鎮たち。そして、絹の衣装に身を包んだ一団――学院の筆頭株主(大スポンサー)である、商業大国モーカリ共和国からの視察団が居並んでいる。

 実質的な最高幹部会議(教授会)の場だ。


「――モーカリ共和国の皆様、ご覧ください!」


円卓の中心で、額に汗を滲ませながらも仰々しい身振りで演説をぶっていたのは、ベルン助教授だった。


「我がアルカの魔導技術は、今期も圧倒的な低コストで高出力を実現しました! 次期教授の座に内定しているこの私が、皆様からの追加融資をさらなる飛躍へと繋げてみせましょう!」


ドヤ顔で言い放つベルン。

 俺は油と煤にまみれた灰色の作業着のまま、扉の陰で薄く笑った。


「……随分と景気のいい妄想プレゼンだな」



2.乱入:神聖な議場への「赤字ゴミ」投棄


「行くぞ」


ドガンッ!

 ライルが乱暴に両開き扉を蹴り開ける。

 静まり返っていた議場に、油と生ゴミ、あるいは安っぽい鉛の悪臭が雪崩れ込んだ。


「な、なんだ貴様らは!? ここをどこだと……!」


ベルンが裏返った声を上げる。

 俺は周囲の怒号を完全に無視し、円卓の中央へと真っ直ぐに歩み出た。そして、肩に食い込んでいた重い商人袋を逆さに持ち上げ、その中身を大理石のテーブルへ勢いよくブチまけた。


ガシャアアアアンッ!!


ひび割れた魔導回路の山。底にヘドロがこびりついたインクの空瓶。その後ろから転がり出た、分厚い革張りの裏帳簿。

 神聖な議場にぶち撒けられた「醜悪なゴミ」の山に、居並ぶ教授たちが息を呑む。


「あんたの言う『圧倒的な低コスト』の正体をお持ちしたよ、ベルン助教授。地下の廃棄ラインから直行便だ」

「き、貴様ぁ……! ただの業者が何を!」


俺は裏帳簿を指先で弾き、冷徹な声で議場全体へ響かせた。


「地下の廃棄ラインの記録と、この裏帳簿を突き合わせた結果だ。購入した黒魔銀の数100に対し、廃棄されていた不良回路の数は300以上。歩留まり(良品率)の異常な悪化が起きている」


数字の暴力。それはどんな魔法よりも鋭く、教授連の喉元に突き刺さる。


「出世欲に目が眩んだこの助教授は、国家資源である『黒魔銀』を横流しし、代わりに粗悪な『鉛』で水増しして魔導炉を回し続けていた」


俺は中央で赤黒く明滅するクリスタルを見据えた。


「その結果が、学院の心臓であり本体そのものである『学院長様』の熱暴走だ。あんたの粉飾決算のせいで、この学院ふねは今、墜落の危機にある」



3.見苦しい抗弁と「監査手法」の共鳴


「で、でたらめだぁっ!!」


顔面を蒼白にしたベルンが、唾を飛ばしながら叫んだ。


「そ、そのゴミも帳簿も、この薄汚い行商人が作った偽造だ! 私を陥れるための罠だ!」

「いいえ! 彼の言葉は真実です!」


凛とした声が議場に響いた。立ち上がったのは、理想派の記録係として控えていた、ノワルマルシュで出会った眼鏡の若き研究者だった。


「ベルン助教授が我々現場に支給するインクからは、常にこのゴミと同じ、鼻を刺す鉛の悪臭がしていたんです!」

「黙れッ! この落ちこぼれが!」


ベルンは血走った目で若き研究者を睨みつけた。


「貴様、私に恨みを持つ理想派に買収されたな!? ガリウス教授、お聞きください! これは私の次期教授昇進を阻むための、連中の陰湿なクーデターです! こんな部外者の戯言を……」


喚き散らすベルン。だが、俺の言葉に最も強く反応したのは、学院の教授たちではなく――モーカリ共和国からの視察団だった。


「……なんだ、あの独特なロジックは」

「歩留まり……それに、定量分析による不正経理の摘発だと?」


豪奢な服を着た使者たちが、信じられないものを見る目で俺の「監査手法」を凝視している。


「あの完璧な監査プロセス……まさか、我が国の党首様と同じ『ビジネスの共通言語』か……?」


使者たちの目に、一介の行商人に対する明らかな「畏怖」と「興味」が灯る。俺の言葉の信憑性が、完璧に裏付けられた瞬間だった。


「な、なぜモーカリの皆様が、こんな浮浪者を支持するのです!? ええい、そもそも教授会の承認なき外部監査など手続き違反だ! 衛兵、こいつらを直ちにつまみ出せぇっ!!」


己の正当性を主張し、ルールの盾に逃げ込もうとするベルン。

 だが、彼を止めたのは衛兵ではなく――地を這うような、冷酷な声だった。


「……見苦しいぞ、ベルン」



4.黒幕の片鱗と、魔法の『不渡り』


実利派トップのガリウス教授が、頬杖をついたまま、氷のような目でベルンを見下ろしていた。


「ガ、ガリウス教授……!」

「私はな、結果を出すための『多少の泥』には目を瞑る主義だ。だが……その泥を、最大スポンサーであるモーカリの皆様がいらっしゃる『この客間』にまで持ち込む無能は、私の組織にはいらん」


その言葉に、俺は眉をひそめた。

 (……こいつ、ベルンの横領を知りながら泳がせていたのか? 都合が悪くなったから、実行犯だけを切り捨てたに過ぎない……)

 底知れない闇を感じさせるガリウスの冷徹な一瞥。それは、組織を牛耳る「黒幕」としての本性を覗かせた瞬間だった。


「わ、私を切り捨てるおつもりですか!? 私がどれだけあなたのために……ふ、ふざけるなぁっ!!」


すべてを失い、完全に発狂したベルンが、懐から豪奢な魔導杖を引き抜いた。


「ええい、目障りな行商人ごと消し飛べぇぇっ!!」


ベルンが絶叫し、莫大な魔力を杖に込めようとする。

 ライルが特殊警棒を構え、ミナが低い姿勢で唸り声を上げた。だが、俺は一歩も引かず、ただ冷ややかにその杖の先を見つめていた。


――カチッ、スゥン……。


ベルンの杖の先端で、小さな火花が散り、そのまま虚しく消滅した。


「……な、なに? なぜだ!? 魔法が……!」


ベルンが焦って何度も杖を振るが、魔法は発動しない。


「愚かな。己の魔力だけで、そのような高位の杖が扱えるわけがなかろう」


冷ややかに言い放ったのは、理想派の筆頭教授だった。


「我々が持つその杖は、学院の魔導炉から魔力供給を受けるための『端末』に過ぎん。貴様が不純物を混ぜ、学院長を怒らせたことで、魔導炉からの供給ネットワークは完全に遮断されたのだ」

「そ、そんな……! ならば私個人の魔力で――!」

「させんよ」


背後に迫っていた私兵たちがベルンを取り押さえた。彼らの手には『封魔の枷』が握られている。ガシャッ! と無機質な音が響き、ベルンの両手首に枷が嵌められた。


「あ、ああ……私の、私の地位が……!」


床に押さえつけられたベルンが、焦点の合わない目でブツブツと呟き始める。


「次期教授の座が……私の輝かしい未来が……たかが帳簿の数字ごときで……!」

「違う……! 私は学院のためにやったんだ……利益を出すためにはこうするしか……!」


組織のシステムに依存しきり、己の輝かしい未来が粉砕された現実を受け入れられず喚き散らす男の、惨めな末路。

 俺は床に這いつくばるベルンを見下ろし、言葉という名の刃を振り下ろす。


「……商売の世界じゃ、それを【不渡り(デフォルト)】って言うんだよ」



5.引き:崩壊する魔導炉と、賢者の目覚め


ガガガガガッ!!


直後、部屋全体が激しく揺れた。

 中央のクリスタルに無数の亀裂が走り、内部から制御不能な高熱が噴き出し始める。


「ひぃっ!? も、炉が保たない! 爆発するぞ!」

「退避しろ! 早く!」


偉そうな教授たちや視察団が悲鳴を上げ、我先にと出口へ向かって雪崩を打って逃げ出していく。

 だが、実利派トップのガリウスだけは違った。彼は扉を潜る直前、最後に一度だけ振り返り、俺の目をじっと見た。何も言わず、ただ静かに、俺の底を品定めするような冷徹な眼光だけを残して。


後に残されたのは、へたり込んだベルンと、熱波に顔を歪める若き研究者、そして俺たち三人だけだった。


「熱い……! 健二、ダメだよ! 船が完全に怒り狂ってる!」


ミナが垂れた耳を必死に伏せながら叫ぶ。


「あ、あれが……学院長様……!?」


若き研究者は、圧倒的な魔力の奔流を前にガタガタと震え上がっていた。だが、彼が祈るように胸に抱きしめている『本物の黒魔銀』は、暴走する熱波に呼応し、まるで共鳴するように微かな光の脈動パルスを放ち始めている。

 (……極上の『メインディッシュ』の仕込みも、既にできているってわけか)

 俺は心の中でほくそ笑むと、商人袋の奥深くへ手を突っ込み、青白く澄み切った液体――『純度100%の黒魔銀オイル』が入った特注瓶を取り出した。


「……落ち着け。あれだけ粗悪なジャンクフードを食わされれば、誰だって胃を荒らしてキレる」


俺は揺れる床を踏み締め、暴走する魔導炉のクリスタルへと静かに歩み寄った。そして、痛いほどの熱波に向かって、極上のオイルを掲げてみせる。


「特上の『デザート』を持ってきた。少しは気休めになるはずだ」


その瞬間――。

 ピタリ、と。


肌を刺すような熱波と、耳を劈く轟音が嘘のように止んだ。

 静寂に包まれた議場。ひび割れた赤黒いクリスタルの奥深くで、混沌と渦巻いていた魔力の奔流が一点に収束していく。

 それはまるで、巨大な『瞳』のようだった。

 神代の化け物が、今、俺の手の中で魅惑的な光を放つ黒魔銀オイルをじっと見つめている。


直接、脳髄を揺らすような、重く、しかしひどく幼い響きを持った声が響いた。


『……ひどく、胸焼けがする』


その幼くも絶対的な力を持つ声に、俺は背筋が凍るような本能的な恐怖と……同時に、強大な顧客を前にした商人としての血が激しく沸き立つのを感じていた。

 クリスタルの表面が明滅し、ごくり、と巨大な喉を鳴らすような低い音が鼓膜を打つ。


『お前が手に持っているそれは……美味あまいか?』

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