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『伝説の剣も魔法もなし! 営業カバン片手に異世界営業、仲間は胡散臭い商人と肉食獣人少女!』  作者: じろう


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第28話 知識の殿堂、欲望の工場

『帳簿記録:組織の腐敗は、最も光の当たらない場所に澱む。そして、どんなに堅牢なシステムでも、動かす人間の「慢心」という名のバグが必ず存在する』



1.パイプの迷宮と「鉛の匂い」


リアから託された羊皮紙の地図を頼りに、俺たちは旧式の排気ダクトの中を這い進んでいた。

 膝や肘に当たる冷たい金属の感触と、長年積もった埃のザラつき。

 下へ下へと潜るにつれ、学院の上層部を満たしていた優雅な花の香りは完全に消え去り、代わりに鼻腔を突く悪臭が這い上がってきた。


「……ひでぇ匂いだ」


俺は思わず口元を袖で覆った。

 焼けた油の匂い。それに混じって、舌の根がピリピリと痺れるような、安っぽい鉛の匂いが充満している。


「おいケンジ! 鐘が鳴ったってことは、もう最上階で『大儀式』が始まっちまうぞ! 直接上に行かなくていいのか!?」

「手ぶらで総会に乗り込んでも、警備兵に叩き出されるだけだ。……まずは地下の魔導製造ラインで、ベルンを黙らせる『最高の商品(証拠)』を大急ぎで仕入れる!」


その時、前方の通気口の鉄格子から、不意にひょっこりと顔が覗いた。

 暗がりで揺れる、長く垂れた獣耳。


「健二、ライル。ここだよ!」

「ミナ。外からのルートはどうだった?」


格子を外してダクト内に滑り込んできたミナは、尻尾の毛を逆立てながら鼻をヒクつかせた。


「酷いもんだったよ。壁の排気口から、ずっと嫌な匂いが吹き出してるの。下から、すごく苦しくて『嘘』を吐き続けてる大きな機械の匂いがする!」


彼女の鋭敏な嗅覚は、物質の匂いだけでなく、現場に渦巻く異様な熱量やプレッシャーをも嗅ぎ取っていた。


俺はダクトの終点を塞いでいる、分厚い埃に塗れた鉄格子に足を定めた。そして、力一杯蹴り外す。

 ガコンッ、と鈍い音を立てて鉄格子が眼下の空間へ落下していく。俺たちはダクトの縁から身を乗り出し、薄暗い地下の底を見下ろした。


「……その『嘘』の正体を、仕入れさせてもらおうか」



2.象牙の塔の「工場」


ダクトから音を殺して飛び降りた先。そこは、学び舎の地下に隠された巨大な「工場」だった。

 轟音を立てて回る巨大な歯車。もうもうと立ち込める赤茶けた蒸気。

 ラインの上を流れていくのは、大量の魔導インク瓶だ。


瓶には堂々と『特級・純度99%』のラベルが貼られている。

 俺は足元に転がっていた空の搬入箱の数と、ラインを流れる完成品の速度を数秒間目で追い、計算を弾き出した。


「……投入されている原料の量が、完成品の数とまったく合わない。見事なまでの水増しだな」


純度99パーセントなどというふざけたラベルの裏で、奴らは高価な素材をケチり、安価な不純物を大量に混ぜ込んでいる。


「ケンジ、こっちだ!」


ライルの声に呼ばれ、死角にあるガラス張りの管理室に滑り込んだ。

 部屋の奥には、いかにも頑丈そうな鋼鉄の金庫。

 ライルは懐から細い針金を取り出すと、カチャリ、カチャリと手首を僅かに捻った。


――カチッ。


グランツ商会の裏仕事で培われた『盗賊技能スカウト』。そのプロの指先にかかれば、学院の金庫など数秒の玩具に等しい。

 重い扉が開く。


「……あった」


ライルの声が、微かに震えていた。

 金庫の中に並んでいたのは、革張りの帳簿が三冊。

 そのうち二冊は使い込まれた表帳簿。だが、奥に隠されていた一冊だけが妙に新しい。


俺はその真新しい帳簿を手に取り、ページをめくった。数字の列に目が釘付けになる。

 そこには、国家から支給された最高級の触媒『黒魔銀』を横流ししている先――グランツ商会の名と、その穴埋めとして使われている『重金属鉛』の配合比率が克明に記されていた。


「……鉛だって? ふざけやがって」


俺が低く唸ると、横から覗き込んだライルが忌々しげに鼻を鳴らした。


「鉛は魔銀の十分の一以下の価格で手に入る。裏社会の中抜き業者が好んで使う典型的な混ぜ物だぜ。だが……いくらなんでも狂ってる。こんな不純物を魔導炉エンジンに流し込み続ければ、不完全燃焼を起こしてシステムが熱暴走するって、孤児院のガキでも知ってるぞ」

「ああ、最悪のコストカットだ。……だが問題は、『誰』の口にこの猛毒を突っ込んでいるかだ」

「誰って……ただの機械(動力炉)じゃねえのか?」


首を傾げるライルに、俺は手元の裏帳簿を突きつけた。


「ライル、お前も孤児院の授業で『四賢者』の歴史は習ったろ?」

「そりゃあな。神の片鱗に触れたっていう伝説の……まさか」


ライルの顔から、スッと血の気が引いた。俺はコクリと頷く。


「ノワルマルシュの商人ギルドで、イレーネさんに特別文献を閲覧させてもらった時に調べたんだ。このアルカ学院の正体……ただの乗り物じゃない。『空の賢者』と呼ばれる学院長そのものなんだよ」

「なっ……じゃあ、この船自体が賢者だってのか!?」

「そういうことだ。神代の賢者は肉体を捨て、都市や船と融合した者もいた――文献にはそう記されていた。『機嫌が悪いと半年間も停泊し、退屈だと高度を下げる』なんていう、とんでもなく気まぐれなお伽話と一緒にな。つまりベルン教授たちは、己の懐を潤すためだけに、そんな気まぐれな超存在を騙し、最高級の食事と偽って『鉛(猛毒)』を食わせ続けているんだ!」


喉の奥が、焼け付くように熱くなった。

 無機質な数字の列。だが、この水増しのツケを直接肉体で払わされているのは、他でもない空の賢者だ。


商人袋の中で黒焦げになった魔導符の悲鳴。そして、ミナが外から嗅ぎ取った『苦しくて熱い匂い』。そのすべての原因がここにあった。

 学院長が怒りと食あたりで熱を出し、船体が今にも墜落しかかっているのだ。


俺は裏帳簿と、ラインから抜き取った「水増しインク」の瓶を、ドゥランの工房で仕立てた丈夫な商人袋に放り込んだ。

 厚手の麻と革がギシッと鳴り、肩にずっしりとした重みがのしかかる。

 物理的な重量だけではない。これは、この巨大な組織がひた隠しにしてきた「罪の重さ」そのものだ。



3.魔法の弾幕と「殺気の検知」


「ネズミが入ったぞ!!」


鋭い怒声が、轟音の工場内に響き渡った。

 ガシュゥゥゥッ! と重い排気音を立てて、工場の中央にそびえ立つ巨大な高速昇降機の扉が開く。そこから、上層階の警備に当たっていたであろう全身黒ずくめの私兵(魔導兵)たちが次々と吐き出されてきた。

 さらに、背後の通路からも増援が一斉になだれ込んでくる。完全に挟み撃ちだ。


「チッ、見つかったか!」


ライルが腰の短剣を抜く。

 兵士たちの杖の先端から、眩い光弾が連続して放たれた。空気を焦がすオゾン臭と、肌を焼くような熱波が迫る。


「右から来る! 熱い匂い!」


ミナが俺の腕を強く引き倒した。

 直後、さっきまで俺の頭があった空間を、赤い火球が通過して背後のパイプを吹き飛ばす。

 飛び散る火花と蒸気の中、ミナは目を細め、垂れた耳をピクッと動かした。彼女の超覚醒した嗅覚は、壁越しに迫る魔力の熱量や敵の殺気を完全に捉えている。


「次は上! 三人! ……下からも来るよ!」


警告と同時、蒸気の死角から一人の私兵が肉薄してきた。手には鋭利な短剣が握られている。

 「もらったァ!」

 だが、ミナは一歩も退かなかった。

 小柄な体をさらに沈め、地を這うような四つ足の姿勢で刃の軌道を下から潜り抜ける。ビーグル獣人特有の低い重心と、バネのような脚力。

 彼女はそのまま兵士の懐へ滑り込むと――攻撃するのではなく、腰に下がっていた予備の魔力ポーチをガシッと奪い取った。


「なっ!? 返せ、この獣っ!」

「こっちだよー!」


ミナは奪ったポーチを口にくわえ、兵士の股下をすり抜けて周囲をチョロチョロと駆け回る。まるで飼い主と「引っ張りっこ」で遊ぶ無邪気な子犬のような動きだ。

 「ちょこまかと……待て!」

 完全にペースを乱され、目を回してふらつく兵士。

 その決定的な隙を、裏社会を生き抜いた『スカウト』が見逃すはずがない。


音もなく背後に回り込んでいたライルが動いた。左手には防御のための短剣を逆手に構え、利き手である右手で懐から黒い金属の筒を取り出す。

 シャキンッ! と小気味よい音を立てて伸びたのは、悪友ドゥランに特注で作らせたという振り出し式の特殊警棒だ。それが、兵士の後頭部をスコンッと冷静に叩き据えた。


「ぐべっ……」

 白目を剥いて、崩れ落ちる兵士。


「お前のじゃじゃ馬っぷりには、おいらも助かるぜ」

「えへへ、すごいでしょ!」


垂れた耳を揺らして、顔面にへばりつく勢いでドヤ顔をするミナ。

 だが、敵の数はまだ優に二十を超えている。ライルはそのまま俺の商人袋に手を突っ込み、道中の廃棄場で拾い集めておいた『粗悪な廃油』の詰まった瓶を取り出し、床に向けて思い切りブチまけた。

 ツルリと足を滑らせた後続の兵士たちの陣形が崩れる。


「おまけだ!」


ライルが火打石を弾き、油に引火させる。

 ボワァッ! と黒い煙が立ち上り、一瞬にして強烈な煙幕が周囲を包み込んだ。

 魔法の照準を狂わせる完璧な連携だが、このままではジリ貧だ。



4.在庫管理システムの「物理ハッキング」


煙に巻かれながら後退する俺の目に、ふと奇妙なものが飛び込んできた。

 ラインの横に整列し、重い木箱を黙々と運んでいる金属製の巨大なゴーレムたち。

 彼らの四角い頭部には、スリット状の認識装置があり、そこに差し込まれた『荷札ラベル』の指示に従って機械的に動いている。


俺の頭の中で、冷徹なビジネスの論理が閃いた。

 魔法が使えないなら、システムの『ルール』そのものを書き換えればいい。


「ライル、ミナ! あのデカブツたちの前まで敵を引きつけろ!」


俺はポケットからペンを取り出し、白紙の荷札数枚に素早く文字を殴り書いた。


――『廃棄物(特急処理対象)』


煙を切り裂いて突っ込んでくる兵士たちを躱し、俺は稼働中のゴーレムたちの頭部に飛び乗り、その認識スリットに書き立ての荷札を次々と叩き込んだ。


ガガッ……ピーー!


ゴーレムたちの赤い駆動音が変わり、機械の目がギラリと光る。

 ズゥゥンッ……と、俺たちの足元の鉄板が深く沈み込んだ。

 分厚い歯車が軋む低い唸りが、周囲の空気をビリビリと震わせる。魔法ではない、数トンもの鋼鉄がもたらす純粋な「質量の暴力」が目覚めた瞬間だった。


彼らのシステムは、組織が定めた「書類」の指示を絶対とする。新しいラベルを読み込んだ彼らにとって、目の前にいる武装した私兵たちは、もはや人間ではない。

 『ただちにダクトへ放り込むべき、巨大なゴミ』だ。


「な、なんだ!? おい、貴様ら何をしている! うわぁぁっ!」


ゴーレムの太い鋼鉄の腕が、兵士たちの襟首を次々と掴み上げた。

 もがく兵士たちを無慈悲に宙へ持ち上げると、ゴーレムはそのまま廃棄ダクトの口へ向けて、豪快にシュートし始めた。

 ガコン、ゴトン! という情けない悲鳴とともに、精鋭の兵士たちが次々とゴミ箱送りになっていく。


俺は汗を拭い、ひっくり返る私兵たちを見下ろした。


「悪いな。ここの在庫管理ルールを、少しだけ修正させてもらったよ」



5.賢者の間への「最終プレゼン」


私兵たちがゴーレムと格闘する大混乱の隙を突き、俺たちは工場の中央にそびえ立つ高速昇降機へと飛び乗った。

 先ほど私兵たちを運んできたばかりの、上層階への直通ルートだ。

 ライルがレバーを最上段まで叩き込む。

 強いGが全身にかかり、昇降機が最上階――『賢者の間』へ向けて一気に加速を始めた。


先ほどまでの喧騒が嘘のように、密室となった昇降機の中には重苦しい「静寂」が降りていた。

 ギギィィ……と、ワイヤーが軋む音だけが暗いシャフトに響く。

 ミナは荒い息を吐きながら垂れた耳を不安げに揺らし、ライルは特殊警棒を握る手を微かに震わせている。武者震いか、それともこれから対峙する強大な権力への本能的な恐怖か。


ジジジ、ジジジジッ……。


俺は肩から下ろした商人袋を強く抱え直した。

 袋の奥で、黒焦げのSOS魔導符が高熱を発し、激しく震え続けている。現場の限界は近い。

 だが、今の俺の手には確かな『武器』がある。


袋の中に手を入れると、分厚い革張りの『裏帳簿』の硬い感触と、冷たいガラス越しの『粗悪なインク瓶』が指先に触れた。

 数字の改ざんと、現場の粗悪品。

 巨大組織の腐敗を証明するエビデンス(証拠)を握る俺の指先もまた、抑えきれない怒りと決意で小刻みに震えていた。


予定を早めて鳴り響いた大儀式の鐘。その重苦しい余韻が、今も微かに昇降機を震わせている。猶予はもうない。


俺は作業着の襟を正し、上へ向かって流れる景色を鋭く見据えた。


「……さあ、学院長様に、ご機嫌斜めの『本当の理由(決算書)』を提出しに行こうか」

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