【1】報い
スピーカーでがなり立て人垣を作るデモ活動は、相変わらず街の至る所で行われている。平等な社会とは努力しない人、努力したくない人にも、あらゆる権利と金を与えることであり、そのためには格差社会を容認する政府与党を潰し、与党政治家を殺してもいいという過激な論調が相変わらずハウリングしていた。
マスコミも針小棒大に政府与党を貶し、彼ら野党の活動を全面的に支持していた。
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しかし国政選挙で野党は惨敗した。
あれだけ困窮した、困窮していたつもりの貧困者の大半は政府与党の補助金に満足して、それ以上の活動どころか投票にすら行かなかった。外国人の移民に仕事を奪われようが、彼らにとっては目の前の幸せこそが全てだった。
投票率は過去最低だったが、政府与党の岩盤支持者は数を減らすことなく、結果として現政権はさらに実行力を増すことになった。
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テレビ番組の街頭インタビューで不採用になった映像がある。
「うちはワンマン経営の中小企業なんだけど、最近社長が変わったんだ。見たことない外国人。いきなりだよ。もともと儲からない会社だけど、これ本気で潰れるかもって転職の用意してたんだ。
そしたら取引先の社長も、うちの社員もみんな外国人になってた。驚いたね。あいつら無制限に残業するし、仕事は仲間だけで回すし、有体に言えば循環取引なんだけど、それでも会社は大忙し。
同僚は見切ってみんな辞めたんだがな。俺も会社がなくなったら補助金にすがろうかな」
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旧校舎の隅っこ。商店街に頭を並べた大学の外れの空き部屋で、海部 慈は背中を向けて畳に転がっていた。
「ねえ海部さん」
那賀 恢復が聞いても返事はない。眠っているような背中に、彼は反応が欲しくて触れようとした。
「恢復くんにそんな覚悟があるの」
声とともに体が動き、恢復は慌てて手を引っ込めた。
「なろう小説が売れてないから、気にしてるのかなって」
それ以上彼女が何も答えなかったことが、察するには十分だった。
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相変わらず恢復の小説は、平等とか博愛とかの信奉者から叩かれていたが、そういう反政府的な手合いを嫌う人からの高い評価を集め、ある日彼のもとにメールが送られた。
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「きみが那賀 恢復くんか。驚いたなあ。学生?」
「若いことはそれだけで売れることだよ」
「うちの出版社がなろう小説専門? それは誤解だよ。読者がストレスを起こさない小説は、読者が求める小説だ。きみの小説は多くの読者に愛されている」
恢復は褒めそやされ照れながら、それでも踏みとどまろうとした。
「僕の考え方を嫌う人は大勢います。出版社は本の売上だけでは赤字で、スポンサーが出版物を利用することで得られるロイヤリティが最大の収益だと聞きました」
「よく知ってるねえ。最近の学生は優秀だ」
「知り合いの社会人が教えてくれました。だから」
対外的なイメージを大事にするスポンサーは、僕の小説のように炎上中の作品を嫌うのではないでしょうか。
出版社の編集部のフロアの奥、ふかふかのソファのある応接室で恢復は本心をぶつけてみた。しかし編集長という人は笑ってみせた。
「それが事実ならテレビやネットのCMから努力系のものは、とっくになくなっているよ。マスコミも解っているんだよ。理想で腹は膨れないからね」
ドアをノックした人が編集長に書類を見せる。一通り目を通した編集長は、無数のうねった線でデザインされた、大きな印鑑が押された書類を二通、恢復のテーブルの前に置いた。内容も確認せず恢復が訝ったのを彼は承知だった。
「そういうイメージを持たれるのは仕方がない。私たちも随分と叩かれたからね」
最初こそ印税は少ないが売上に応じて高い率で上げてゆく。コミカライズやテレビ放送、映画化の際に一定の権利料を作者は得られる。
「もちろん契約しないのも自由だよ。持って帰って内容をよく確認してほしい」
報道されていた悪行三昧と全く違う。いままで身構えていた恢復に編集長は機敏な声を上げた。
「きみの小説はお金のためだけに売るのではない。どんな形であれ社会を変革したいという気持ちを私たちは応援するよ」
どうやって離島から抜け出たのか、突然帰ってきた板野 雄武といっしょに何日もかけて、契約してはいけない内容を勉強し交渉のやり方を研究したが、そんな準備を不要にする言葉に恢復は満たされた。
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出版社の広告は恢復の予想を超えていた。いままでヒットしていたなろう小説を押し退けるように、あらゆるメディアで恢復の小説は宣伝され、デビュー作がこれだけの資金を掛けられることに戸惑い恥ずかしくなった。
もうアバターを使う必要ない。
だから恥ずかしくないように、評判倒れと呼ばれないよう小説のレベルを上げると同時に、恢復自身も立派な大人になろうと思った。
だから発売前なのに、既に出版社から二冊目のプロットを要求され遅くまで書いていても、今日も休まず講義に出席した。
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大学は平和に戻っていた。たとえアルバイト漬けであっても、政府からの補助金は誰も退学させることがなかった。
慈が相変わらず取り巻きを連れている。
その取り巻きは、もうみすぼらしい姿を晒すことはなかった。誰かに頼ってばかりで自分を磨こうとしない。将来を探求しようとしないあの表情は消え去り、誰もが自立と自信を持ったように見えた。
だから恢復は誤解した。
「出版社のページのインタビューで見たわよ。あなたも話題の努力系作家とはね」
「バレてたの」
「夢を形にするなんて、そんなに簡単に出来るものじゃないよ」
顔や本名は伏せていたのに、ネットでの特定班の能力に恢復は驚いた。だがそれも有名税だと思って、ある程度は受け入れなければと覚悟していた。
慈は嬉しそうで、恢復はだから誤解した。
このまま僕と僕の小説を認めてくれるかも知れない。以前のようにまた仲良くなれて、僕の理想を後押ししてくれるかも知れない。
慈が見せつけてきたスマホの画面で特集された記事は、恢復の小説のネットでの人気ぶりを多元的に綴った、読者の好奇心を先導する、作者の恢復にとっては気恥ずかしい内容だった。
「あれだけで叩かれてきたのに大したものね」
「もう邪魔は出来ないよ。発売は決まっているから」
棘の立つ言い方だが、ただの嫌味だと思っていたから軽く受け流そうとした。
「みんなも補助金を正しく受け取って、正しく使ってくれたんだね」
「そうだよ。そのおかげであなたと戦うことが出来る」
恢復は耳を疑った。
だが自信に満ちた連中が揃ってスマホをこちらにかざしたからだ。




