【1】腹を括る
不当だと叫んでも誰も耳を傾けてはくれない。
真実であっても真実を貫くことは逮捕に繋がる。
親は頼りたくないし頼れるほどの財力もない。
助けたこともないのに助けてくれる友人などいない。
奴らは日銭を派手に使い、貧困に喘ぐばかりだ。
ふと思い出す生活保護。しかしそれは奴らへの負けを意味する。奴らのために本を書いてきたのに、愚かな奴らを殺すほど憎んでいるからその財布に手を突っ込むのは絶対もう嫌だった。
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そこは薄暗いベストセラー作家にふさわしくない家だった。
三好 要がどうしても会いたかったのは、勝浦 壮哉からの言葉が欲しかったからだ。
「壮哉さんの名前を使って俺は有名になりたいんです」
目の座った要に壮哉は尋ねていた。
「なら覚悟をすることだ」
「夢のためなら」
要は頷いた。
すると壮哉は果物ナイフを出してきて、骸骨のような手で要の前に置いた。
「お前はあの編集部に因縁がある。心配するな」
「約束、守ってください」
要はナイフを上着に納めた。
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「相変わらず酷い内容だよなあ」
「自分の欲望を垂れ流すなっての」
「作者が底辺なら読者も底辺」
「それが俺らの飯のタネだがな」
「売れなきゃ交換すればいいし。スペアはいくらでもいるし」
相変わらず編集部は、なろう作家を蔑む笑いに満ちた場所だった。
エレベーターを降りカウンターに現れたのは要だった。
「締切伸ばせって? 書かないと即クビだ。売れなくても即クビだけどな」
電話口で罵る編集部員。
「くだんねー小説ばっかり書きやがって。新刊が出せると思ってるのか。聞こえないのか? 帰れって言ってるんだ! ゴミクズめ」
仕事を貰いにきた作家を追い返す編集部員。
「全くなろう作家ってのは、学歴も常識もない奴ばかりだ」
「最近なろう小説の売上落ちてないか」
「あれだけ出版点数が増えればな」
「月に100冊以上新刊が出てるんだぞ。社会の底辺がそんなに買えるか」
「貧乏はやだねえ。作者もワープアばっかりだし」
「先生先生って煽てれば安い印税でも契約してくれる。便利なもんさ」
「五万円でな」
誰もが罪の意識をまるで持っていなかった。いつも以上に下品に笑い飛ばしていた。
その笑いが突然引きつった。呻き声とともに倒れた。
周囲から悲鳴が上がる。
血のついた果物ナイフを構える要が、震えていたからだ。
「俺を騙しやがって」
逃げ出す編集部員を窓際まで要が追い込む。
「落ち着け」
「契約は契約なんだからな」
「そうだ。今度飯をおごってやる。それで全て水に流そうじゃないか」
編集長が宥めようとする。
しかし子供だましはたくさんだった。
「俺の金を返せ」
叫ぶと突撃した。逃げ惑う連中に刃先を振り回した。
しかし外からサスマタを持った警備員が大挙して現れると、今度は要が取り囲まれる。樽のような体は抵抗むなしく、またしても取り押さえられていた。
警官に連れ出されるときに彼が見たのは、編集部員が息を切らせて苦しむ様だった。
それが代償だと嬉しかった。
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それはネットでテレビで、新聞で大きなニュースになった。
どのメディアも判で押したように同じ意見だった。
どれだけ人気があっても、どれだけ売れていても、なろう小説は突然現れた得体の知れない流行だった。なろう作家となろう小説のファンは、自分たちにとって理解できないもの。危険な連中だった。
なろう小説の熱心な読者はその視線に激しい怒りを覚えた。しかし大多数にとってなろう小説は底辺の娯楽であり、ファンの反論はまるで逆効果だった。
悪意ある契約書で要が騙されていたことも報道された。しかしそこには同情はなく、編集部員と同じように底辺にふさわしい扱いだと思われていた。
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あれだけなろう小説を応援していたのに、慈たち青年部も上部団体の野党政党もこの事件のことには反応しなかった。まるで事件そのものが存在しないように都合の悪い事実はスルーした。
刺された編集部員は軽傷であり、懲らしめるのが目的であり、果物ナイフはわざと木材を削って切れ味を落とし最初から殺意はなかった。裁判では詐欺同然の契約書が多くのなろう作家から発覚したこともあり、要には執行猶予がついた。




