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恢復《かいふく》のディストピア  作者: すが ともひろ
 第6話 自由と平等は決して許してはいけない
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【4】日雇い

 初めて見るスマホの求人サイト。初めて探すアルバイト。


「時給1500円……週5日、一日8時間。工場での軽作業」


 ダメだ。フルタイムだなんて、まともな大学生に出来るアルバイトじゃあない。

 いまの恢復がまともな大学生なのかは。


「時給1200円。深夜のみ。ファミレスでの給仕」


 ダメだ。夜に寝ない仕事なんて絶対講義に影響が出る。そんな仕事をする学生もいるが成績は悪いに決まっている。

 いまの恢復はそもそも講義には。


「時給1400円。事務所でのデータ入力。土日のみ」


 これいいな。

 しかし応募しようと画面をタップして、恢復は慌てて取り消した。


 この仕事も給料が入るのはずっと先なんだ。

 だから。


「時給1000円。日払い可。土日のみ可。誰でも出来る簡単なお仕事です」

 引きこもる理由を忘れ、恢復は迷うまでもなかった。


 僅か数分で返事が来たことに恢復は驚いた。SNSで指定された電話番号に掛けると、軽い口調の若そうな男が出てきた。


「何? 今何て言ったの」


 恢復が答えると男は大げさに驚いた。


「バイト初めて? そりゃ珍しい。どうしてうちに応募したの? 金欠? 実家が破産? ああ財布落としたの。仕送りしてもらえばどう。お母さーんって泣いて頼んで」


「バカにしないでください。僕は自分の力でお金を稼ぎたいんです」

「そりゃすげえや」


「だからバカにしないでって」

「ははは」


 恢復は言葉端を尖らせたが、男の笑いは止められなかった。


「初アルバイトならきついかもよ」

「大丈夫です」

「SNSで地図送るから」


 そこまで言ってから男の口調が変わった。


「逃げるなよ」


 声が凄みを帯びたのだ。恢復が言葉を失うと電話は切れた。


 ――――――――


 バカにされても、ここで諦めるわけにはいかなかった。


 五時に起きた。夜も明けないうちに指定された駅の前に行く。こんな早朝なら誰にも見られるはずはない。帰りもワンルームマンションから遠くで外食したり、カラオケボックスで夜が更けるのを待てばいい。特定されることへの怖さが薄らいだ。


 ロータリーに大きなワゴン車がいた。数人が並ぶそこにおそるおそる近づく。

 呼ばれた声は電話で聞いたものと同じだった。


「どうして解るんですか」

「電話より若いな。お前くらいの奴は一人だけだ」


 金髪でノーネクタイにスーツで咥えタバコ。


 いかにもな容姿を恢復は冷ややかに眺めた。その男の視線を恢復は意識から消し去った。男が眺めるのは同じように集まった中年から老人。着古した服装からは経済的な貧困よりも内面的な貧しさが漂ってきて、恢復も見下した。


「早くしろ。始業時間に間に合わないと給料から引くからな」


 最後に乗ろうとした恢復を男は呼び止めた。


「バイト初めてだってな。どんだけセレブなんだよ」

「僕の家庭の事情です」

「偉そうに。学生のくせに」


 男が鼻で笑った。


「音を上げるなよ」

「解ってます」


 そう言ってみたものの、ワゴン車が動き出すと不安しか湧かなかった。


 ――――――――


 男が運転する他人だけの無言の車内で約一時間。着いたのは工業地帯にある薄暗い倉庫だった。周囲はグレー一色の建物ばかりでコンビニすらない場所だ。事前に昼食持参と言われたのはこれが理由なのだと恢復は知った。


 近づく冬を屋内でも感じる。

 天井が高い倉庫の下、簡単な説明をする男の声が反響する。


「作業中は時間が空いてもスマホは禁止だ。指示されたこと以外は絶対しないように。ここの社員の言うことには絶対に従うように。守らない場合はすぐに出て行ってもらう」


 軽い容姿とは裏腹に男の声は凄んでいた。ありふれた時給1000円で厳しそうな場所に来たと恢復の不安が増幅されてゆく。


 男がスーツの上から作業着のジャンパーを着ける。

 八時にベルが鳴ると音量が心臓に響く。作業が始まった。


 ――――――――


 最初は確認しながらゆっくりと手を動かす。商品に説明書きのタグをつけるだけの本当に誰でも出来る仕事だ。間違いようもなく、これで時給1000円ならお得だと恢復を含めて誰もが思っていた。社員が商品を運び込む中、恢復もペースを上げ胸を撫でおろした。


 しかししばらくすると男が豹変した。


「お前ら遅い」

「何チンタラやってる」

「そんなのでノルマが達成出来るか」

「一秒でも休むな」


 仕事の遅い奴を見つけると後ろから容赦なく怒鳴りつけた。

 平気で蹴ったり殴ったりした。


「もっとペースを上げろ」


 恢復も例外なく背中を蹴飛ばされる。怒りで我を忘れ男を睨みつけた。


「偉そうに」

「偉いんだから当然だ。お前らの給料は俺が預かってる」


「くそう」

「働け! 手を動かせ」


 強引に姿勢を戻され後頭部を殴られた。


「くそう」


 まるで看守だ。しかし給料欲しさに誰もが従うしかなかった。こんな屈辱的なことと何度も男を睨みつけたが、恢復にはそれ以上の術はなかった。怒号飛ぶ倉庫での単純作業は夕方五時まで果てしなく続いた。


 ――――――――


 疲れ果て、もう腕が動かなかった。


 ようやく倉庫から外に出ると、体は汗だくで外の気温と逆行していた。朝乗ったワゴン車は疲労と異臭が漂い一刻も早く降りたくなる。


 日の落ちた駅前に着くと男が先に降り労働者が並んだ。あれだけ憔悴していた連中が、恢復以外は急に元気を取り戻した。咥えタバコの男が片手で薄い封筒をつまんで渡す。


「ほい。ほい。ほい」


 みるみる日雇いの顔が輝いてゆく。


「これでビールが買えるぞー」

「タバコー」


 底辺たちがコンビニに喜び勇んで向かう。パチンコ屋に駆け込む奴もいた。


「明日はもっとまじめに働けよ」

「だからやってます」


 男は恢復を鼻で笑ったが、いまはそれどころではない。恢復も歩きながら封筒を開けた。それから何回も千円札を数えた。入っていたのはなぜか7000円だったことに、男のもとに慌てて駆け寄った。


「お金が足りません。7000円しかありません」

「何がおかしい」

「時給1000円のはずです」


 恢復が不審な目を向けると男は面倒くさく答えた。

「日払いは1000円安くなる。ネットの契約書を読んでないのか」


 慌ててスマホを開くと、恢復は納得するどころか改めて怒りの目を向けた。


「騙しやがって」

「何だその目は。嫌なら明日から来なくていいぞ」


 この金額ではまるで足りない。恢復は俯くしかなかった。

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