【4】迫る真実
政府からの補助金の需給が大学の話題を占拠していた。彼ら彼女らは次々と補助金を勝ち取っていった。これでスマホゲームが出来ると喜びに満ちていた。
「あなたは補助金を受給しないの?」
「私、預金が300万円あるの。でもこのお金は親が食べるものも我慢して貯めたの。大切な学費だけど、これを持っていたら補助金は申請できない」
目の前にいる人の目の前の不幸を救う。それが慈を動かす力だった。
「そんなの、調査が入ったときだけ誰かに預かってもらればいいのよ。これで資産はゼロ。堂々と補助金が受給できるよ」
そうやって、考えたこともないような方法を提示される人もいた。
「それは不正じゃないの」
「政府の人は不正ばっかりやってる。わたしたちの補助金なんか、それに較べたら数百分の一よ」
「だったらしてもいいんだよね。補助金、貰ってもいいんだよね」
そう意気込む女子に慈は頷いた。
「よければわたしが預かってあげる」
慈への信用で女子が華やいだ。
そう。これは不正なんかじゃない。
奴ら上級国民と同じことをして何が悪いのか。
一刻も早くこの社会を変革しないと、また人が死んでゆく。
その想いがもっと速く慈を動かした。
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やはり水と油だったんだ。簡単には交わらないんだと。
「これだけのヒントがあれば海部さんがいなくたって」
訪れたのはいつものように営業中でも閑散としたスーパーだった。三階のいつものアパート。いつもの合鍵で部屋に入る。そしていつ洗ったのか知れないマットレスを、いつものように追いやって横になる。
「なろう小説で無双して、スマホゲームで夢を満たすなんて。彼らは僕のいる現実とは分断された別世界の住人だ」
恢復の気持ちは変わらなかった。
そういえば、あれだけ嫌われたのに。
恢復はなぜか慈と繋がっているような気がしていた。
彼女がすぐそばにいるような気がした。
逸る気持ちで目を閉じた。
ブログ。SNS。
いくつものコミュニティを移動する恢復は、真実に近づいているのを感じた。
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「全く恢復くんは」
これで明日は顔を合わせられなくなってしまった。慈は足元のゴミ箱を蹴飛ばしていた。
「会うのはいつでもいい。あの小説家の正体を明かして自慢してやるんだから。謝らせてまっすぐな心にさせないと。あいつは」
慈は自室でパソコンに向かっていた。小さなワンルームのアパートだった。窓ガラスは薄く、家賃と引き換えに用心の悪さが際立つ低質な学生用のアパートだった。
一人でもできるよ。
最初はそう意気込んでいたが、それが雲を掴むようだと気付くのはすぐだった。
「やっぱりヒントが少なすぎる。恢復くんに期待して」
一瞬思って今度は机に拳をぶつけていた。
痛みが自我を取り戻させる。
わたしは学校では誰からも頼られる立派な人だから。
ノートパソコンの液晶画面の結果に慈は一喜一憂する。
ネットを辿ってゆくと、ニートや底辺オタクの溜まり場の掲示板を見つけた。
『俺も画面の中に入りたい』
『現実は地獄だからな』
『無職はすぐ通報される』
『現実を捨てるためなら人間やめてもいい』
『画面の中には入れないけど、文字の世界なら入れるかもよ』
『どういうこと』
『俺は小説の世界に入ったことがある』
『本当にそんなこと出来るのか』
その書き込みに食いつく掲示板の人たち。
『まあ、入ったのはほんの一瞬だけどね』
『どうやって入ったの?』
『嘘のような簡単な方法だった』
リアルタイムで掲示板の書き込みが続き、話題が盛り上がる。
――わたしも聞きたい。
慈もそんなメッセージを書き込んでいた。
『俺は反野党だ。あいつらが国会の審議を妨害し、国民の総意を棄損するのが許せない』
政府の言動を妄信する、そういう頭のおかしな奴の書き込みだと。
いかに現行与党が国民のために粉骨砕身しているのか。いかに野党が自己中心的な思想かという喧伝に慈はときどき嫌な顔をしながらも、何が反論するわけでない。
『ネット掲示板で野党をどうやったら殲滅出来るか盛り上がっていたんだ』
――それで?
『いろんな案が出たよ。野党議員を24時間ストーキングしてうつ病に追い込む。野党のシンパを片っ端から虐殺する。野党の事務所にドローンで爆弾攻撃する。逮捕さえなければ俺もやってみたい』
――ふうん。
『そのとき、あの書き込みがあったんだ』
――どんな書き込みなの?
『政府野党とそれを支持するマスコミは、メディアを利用して政府与党を悪者にしているって』
『政府野党がマスコミを利用するためには、マスコミにとってメリットが必要だ。だからそのメリットであるスポンサーを集める要素が使われた』
それがなろう小説だった。
『彼らはなろう小説を利用して底辺を底辺のまま固定しようと画策している。自分から這い上がろうとしなければ、マスコミやスポンサーの洗脳、ひいては政府野党に簡単について来るからと。なるほどって思ったね』
『俺はそいつの話をもっと聞きたかった。すると掲示板から、そいつ個人のSNSに招待されたんだ。俺は迷わずアクセスした』
慈は興味津々だった。
『それから俺はこの社会が、いかに政府野党に汚染されているのかを語り続けた。そいつは真摯に聞いてくれて正しいと褒めてくれた。本当に嬉しかった』
『そいつは言った。きみなら小説の世界に入り込めるかも知れないって。なろう小説の世界に入り込んで、読者と作者の歪んだ思想を叩き潰せるって』
『だから直接会おうって言われた』
――行ったの?
『実際に会ったのは大学の近くのコンビニだった。タクシーで待っていたのは同い年くらいの男だった。タクシーに乗ると目隠しされ後ろ手で縛られた』
『あーこれやばいって思ったよ。拉致される。内臓抜かれるって』
『そもそも胡散臭い話だったしな。俺だって小説の世界に入れるなんて本気で思っていなかった』
『でも心配しないで、ってすごく優しく言ってくれた。このまま掘られてもいいって思った』
「ウホッ」
「ホモ歓喜」
ほかの書き込みが茶々を入れる。
『30分くらいだろうか。タクシーが止まった。そのまま男に手を引かれ俺は階段を昇った』
『ようやく目隠しを外されたとき胡散臭さが頂点に達した。ただの汚いアパートなんだよ。窓はべニア板で目張りされ、汚い和室にはマットレスと枕だけがあったんだ』
『研究っていえば機材がたくさんあると思ってたのに、これは絶対騙された』
『男は政府の役人と言ってた。この国を正しい方向に導くために、この研究を立案し莫大な予算が支給されているって。だが、このアパートを見てその言葉を信じられる方がおかしい』
「自分から掘られに行くニート」
「そのマットレスで襲われるわけだな」
「尻は無事か?」
『残念ながら括約筋は処女のままだ。だいたい俺はホモじゃないしニートでもないから。まあ、その人はちょっとイケメンだったが』
「やっぱりホモじゃねーか」
『研究内容を聞いてみたが、部屋に滞留する思念がどうとか、潜在意識がどうとかって、適当なことしか答えてくれなかった』
『とはいえ、ここまで来て帰りたくもなかった。渡されたなろう小説を読んでから、マットレスに寝てみた。すると夕方なのにすぐに眠くなった』
「サーッ(迫真)」
「睡眠薬盛られた?」
――それからどうなったの?
周囲のホモネタを無視して慈が真剣に聞いていた。
『さっきまで読んでいたなろう小説の世界が確かに見えたんだ。中世っぽい街とか人とか。でも街の人は後ろから見ればただのべニア板だった。家も城もまるで映画のセットのように、何もかもが薄っぺらい偽物の世界だった。なろう小説のご都合主義と同じくらい薄っぺらだった』
『俺はそこに入ろうとした。しかし見えない壁に阻まれて触れることも出来なかった』
――そうなんだ。
『目を覚ますと男にそのことを報告した。男は残念そうにしてたけどすぐに帰りのタクシーを呼んでくれた。アパートから目隠しのままタクシーで送ってくれて、行きと同じコンビニに着くと最後に一万円をもらった。
『それ以来、男からは連絡はなかった。プライベートSNSは閉鎖され二度と会うことはなかった』
あとの書き込みは吐き気を催すホモネタで埋め尽くされていた。
慈は尋ねた。
――男を特定するヒントはないの?
『タクシーから降りるときに、こっそり撮ったんだ』
――見せて。見せて。
『無理。もしあいつが本当に政府の役人なら、俺のことが特定されるからな』
慈やほかの参加者が見たのは、モザイクの掛かった画像だった。
飽きられて掲示板のスレッドの尽きる寸前、慈は聞いていた。
――掲示板の話すごく興味があります。一度会ってください。
『騙して何か買わせようとしているの? それとも宗教』
――まさか。話を聞きたいだけです。お礼も出します。
『いくら?』
――一万円です。




