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恢復《かいふく》のディストピア  作者: すが ともひろ
 第4話 敗北と勝利と敗北
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【3】やはり敵は敵

 大学の正門でこんなことが予想外で。


 恢復は薄手のジャンパーのファスナーを上げたり降ろしたりしていた。それは寒さを体に取り込む行為だが、自我を保つためでもあった。


「おはよう」


 恢復の手が止まった。幸いにも日曜日の待ち合わせでほかの生徒は居なかった。


 リア充の慈と二人きりが噂になったら、これはデートではないと言えるだろうか。彼女の取り巻きが襲ってこないだろうか。敵なのに利害が一致するなんて白黒つかないのに、自分自身でも認められるだろうか。


 ――――――――


「今日は二人で街を調べるんだよね」

「そう。ヒントになった人のブログとかSNSの店とか実際に行くの」

 

 全て慈の発案だった。


「SNSに載っていたのはここだよ」


 足踏みする恢復の手を平然と引っ張る慈に、その手のぬくもりにまた恢復は驚いた。


「さあ恢復くん」


 敵か味方か。正しいか間違っているか。

 境界はあいまいなまま彼は受け入れた。



 店の内部とネットの写真を較べたり、店員ににそれとなくSNSの人のことを聞いたり。個人情報を知ろうとする行為を怪しまれ恢復はそそくさと店を出ようとしたり。慈は食い下がって聞き出そうとしたり。警察を呼ばれそうになって今度は慈の手を引いて逃げたり。


 ランチは今までの恢復の意識の外にあるおしゃれなカフェだった。周囲はリア充のカップルばかりで恢復は落ち着かなかった。


「やっぱり海部さんはすごいね」

「こんなの当たり前だよ」


 慈は慣れたように見聞きのないメニューを口に出す。賑やかな店内で運ばれたのはSNSなら人目を引くカフェご飯だった。恢復はテーブルの向かいに座る慈に合わせ口に運び、慈に合わせなくても満足した。


「やっぱり海部さんはリア充だよ」

「わたしも大学生になって、友達や仲間がいたから知ったんだ」


 そこまで言うと恢復が不思議な顔で見つめてきて、慈は慌てて否定した。


「給付奨学金が欲しかったからずっと勉強してたから。恢復くんじゃあるまいし」

「僕は一人でも何も困ってないよ」


「恢復くんは強がりだね」

「違うってば」


 慈はクスクス笑った。給付奨学金は学費の全額で、この子が自分よりも優秀なのだと恢復は知った。だから笑われても悪い気はしなかった。


 ――――――――


 次の日もその次も、恢復と慈は講義の合間に二人で検索結果を精査し、大学の図書館にも行った。


「どうしてネット世界のことなのに図書館なの」

「一見関係ないことが思わぬヒントになっているのよ。老人描写のほかに、このなろう小説には引きこもりの心理が克明に解説されているわ」


 図書館には電子書籍化されていない本がたくさんある。学術系の高価な本も。


 慈が探してきたのは電話帳のような研究書だった。分厚さに負けないそれは価格も驚きの六ケタだ。個人で買う人はいないだろうか。


「少しでも自分を良く見せたいという、一見前向きな努力が空回りすることが引きこもりの原因の一つみたいね」

「ネットには載ってないの?」


 そう聞くと慈は自信たっぷりに首を横に振った。


「恢復くんはいつでもネット礼賛なんだね」

「だって。有用な情報は全てネットで調べられるし、そんな高価な本が売れないのだって誰かが引用してアップロードするから」


 そう言うと、慈はやはり自信たっぷりに首を横に振った。


「だったら恢復くんはその情報をどうやってネットから探し出すの」

「どうやってって、そりゃ検索するさ」


「その情報が検索結果の500ページ目にあったらどうする」

「そんなの誰も調べられないよ」


 そう答えると慈は今度こそ自信たっぷりに首を横に振った。


「検索結果はね、検索エンジンの会社にお金を払った人が最初に表示されるの。次にアクセスが必然的に多くなる煽情的なサイト。事実を淡々と語るだけのサイトは誰も見ることがないから検索にさえ掛からない」


「そんなの知ってるよ。でも引きこもりは深刻な社会問題だし、こんな高価な本の結果だし、絶対人気が出るよ」


「だったら調べてみたら」


 恢復は早速スマホで検索をはじめた。学術書のタイトルで調べ、本の見出しや重要そうなフレーズで調べた。しかし500ページどころか検索結果は片手で余るほどで、内容にはまるで触れられておらず、恢復は驚愕した。


「だからわたしは、人と人のつながりを大切にしてるの」


 ネットが全てではない。慈はそうやって恢復の自信を制した。



「あのう。海部さん」


 恢復が呼びかけると、横を歩く慈が顔を向ける。


「今日はありがとう」

「ねえ恢復くん」

「何?」


「恢復くんは冬休みは実家に帰ったりするの」

「うん」


「帰ったら、ご両親は喜んでくれる?」


 恢復はどうして、そんなことを聞かれるのか解らなかった。

 慈は言った。


「ちゃんと愛情を伝えられるって、いいよね」

「どういうこと」


 尋ねたとき、見たことのない学生が慈の姿に集まってきた。


「あなたが海部 慈さん」


 彼ら彼女らは現在の困窮は慈にぶつけてきた。


「毎日深夜バイトで、それでも家から持ってきたおにぎりだけで」

「飲み物だって家で作った麦茶」

「肉も魚も買えなくてフラフラなのに、バイトしないと教科書が買えないから」


「ごめんねみんな。明日はおいしいお弁当持って来るから」


 きっと他の貧困な人から聞きつけたのだろう。誰もが頼る慈はまるで母親だった。

 そのあざとさを感じて、恢復だけが横から反論した。


「政府からの奨学金があればそんな事態はなくなるよ」

「奨学金を借りてもこの状態だ」


「奨学金は借りたら返さないといけないんだ! その分も貯めておかないと」

「だから慈さん。僕たちを助けて」

「返さなくていい方法を教えて」


 恢復には彼らの他力本願は我慢ならなかった。


「みんなスマホで課金しているくせに。なろう小説なんか読んでるくせに」

「なろう小説をバカにするな」

「なろう小説のおかげで俺たちは希望が持てたんだ」


「努力しなくても幸せになる権利が私たちにはある」

「幸せになれば。お金があればもっと夢が増える。課金が出来る」

「現実から逃げているだけだよ。それは夢ですらないんだ」


「お前は貧困者から娯楽を奪うのか」

「みんなは何のために大学に来てるの? 努力して豊かになるためじゃないの」


「努力は無駄だって言ってるだろうが!」

「大卒はそれ以下の底辺より少しましだからよ」


「そんなことも解らないのが上級国民だって言ってるんだろ」


 恢復の言葉は周囲の悪意に油を注ぐだけだ。


 そして慈は彼の前できっぱり言ったのだ。


「いまこの場で困っている人を救うのが、わたしの使命です」

「僕だってお金持ちじゃない。でも僕だって頑張って」


「恢復くんは寂しいんだよね。こんな殺伐とした時代だから。だからお金でしか虚勢を張れないんだよね」


 彼女は恢復に向き合った。そして突然包まれた。

 まるで母親だった。


 彼女の柔らかい体が、どこまでもどこまでも自我を喪失させる。

 彼を胸に留め慈は歌った。


 ――お山のむこうに日が沈む

 さむい夕暮れ もう帰ろう

 囲炉裏の消えた その家は

 あの子がひとり 泣いていた

 

 坊やは走る 暗い道

 あの子の声が 遠くなる

 囲炉裏を囲むと まどろんで

 ここはいつでも あったかい――


「さあ。落ち着いたかな」


 しかし恢復はその母性を引きはがした。


「こんなものに……僕は騙されないよ」


 あっと驚く慈に恢復ははっきり言った。


「欲しいものは努力でしか手に入らない。誰かに頼る幸せはあり得ない」

「恢復くんは何も解ってない」


 慈はたちまち怒り出した。すると取り巻きが呼応した。


「どうせ汚いことして稼いだ金だろ」

「貧しい人に全て差し出せ」


「金持ちは敵だ」

「貧しい人こそ幸せになるんだ」


「貧困者に土下座しろ」

「わたしたちを笑いものにしてる」


「大学から出ていけ」

「消えろ」

 今日の別れ際は慈に近づくことすら出来なかった。

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