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 伊織が恭子たちの家を出たのは日が落ちかけ、空が茜色に染まる頃だった。

 お酒が飲めないという由美子が日本酒を持っているはずもなく、急遽買いに走ったそれの反応を伊織に聞いて確かめながら注いだものだから、白龍が満足するころには通訳係の伊織はすっかり疲れてしまっていた。


 駅までの道を恭子と共に歩く。

 地面に伸びた自分の影にどこか懐かしく感じて、伊織はふと笑みをこぼした。


「ん? また()()のか?」

「いいや、こうのんびりするのもいいもんだなって」

「ははっ、確かに。実はあたしも師匠も今日は仕事だったんだけど急にドタキャンされてさ。それであんたを呼び出した訳だけど、今日あんたが来てくれなきゃあの龍は居着いてくれなかったんだよね。本当、不思議な巡り合わせがあるもんだわ」

「だな。俺だって今日仕事辞めてなきゃ、加々美さんから電話もらっても来れなかった訳だし。でも無事に居着いてくれてホッとしたよ。由美子さんもあんなに喜んでくれたし」


 自分がしたことで喜ぶ人がいるという感動。

 それこそ虎馬商事での働きでは得られなかった感情に、伊織は高揚する気持ちをそのまま顔に表して恭子を見つめた。

 一方恭子はそれに虚を突かれた表情を浮かべた後、やれやれとでも言いたげに溜息を吐いた。


「人の叔母を名前呼びして、あたしのことは名字かよ。普通逆じゃね?」

「え、そうかな。じゃあ、恭子、さん?」

「まぁいいや。これでも結構あんたには感謝してんだ。あたしも師匠も占いのこと勉強して今の地位にいる訳だけど、生まれつき感覚が鋭いヤツなんかにはやっぱ負けるっつーか。そういうので最近師匠悩んでてさ。あんなんでもあたしの師匠だし、ずっと支えてくれたっつーのもあるし……あ゛ー、とにかく感謝してるっつーこと!」


 言っていて恥ずかしくなったのか、最後は顔を背けて吐き捨てるように言った恭子に伊織は苦笑を漏らす。何はともあれ力になれたのならよかったと伊織は表情を緩めた。


 ただでさえ駅まで徒歩十分圏内であるのに、話しながら歩く駅までの道のりは本当にあっという間に過ぎていった。

 駅前には仕事帰りのOLや、これから飲みに繰り出そうとしているサラリーマンがごった返しており、熱気に溢れていた。


「……ねぇ、仕事辞めたんなら明日暇っしょ? これから飲みに行かね?」

「いいねぇ。あっ、けどあんまり金に余裕ないから安い店でな!」

「今日のお礼にあたしが奢っからさ、けちけちせずに美味い店行こうや」

「お! そんじゃお言葉に甘えて」


 「本物の味を教えてやるわ」と煽る恭子に伊織もにやり顔で応戦する。

 その日、生まれて初めて食べた回らないお寿司の味に、伊織は完全敗北することとなる。

 


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