5聖女判定
それから数日後アリサが神殿に行く事になった。
召喚からすでに数日。殿下の婚約者になったアリサは最低限のマナーを教えられた。王族の婚約者としての挨拶の仕方。食事のマナー。これはまだ実践で上手くなる様にするほかはないのだが。
レオンハークからは聖女が着るとされている聖衣をプレゼントされた。
真っ白いシルクは艶やかで袖口や胸元には王家の紋章にも使われている百合の刺繍が緻密に施されている。裾には金色や青色で大きな百合の刺繍が入っていてレオンハークの色を纏わせた様なそれは立派な聖衣だった。
(きれい。確かにきれい。だけど‥)
アリサは小さくため息をつくと慌てて首を振った。
「すごくきれいですね」
「そう言って貰えると嬉しい。君が聖女としての務めを果たせる様に祈りを込めた。いきなり私の婚約者となって戸惑いもあると思う。だが、私の婚約者として相応しい行いをして欲しい。もう、聞いていると思うが、明日は神殿で聖力の測定がある。我々も初めての事で準備に手間取ったが君は召喚された本物の聖女だと疑う余地はない。明日は神官に言われた通りにすれば良いからな」
彼もいろいろ忙しいのだろう。婚約者になったと言ってもあれから会う事もなかった。
彼の顔は疲れている様だったが、一応の礼儀とでも言う様にアリサを安心させようとしているのだろう。
「聞いてくれ、君が本物の聖女だと疑う余地はないだろう。だが、明日はやっと君の能力がどのくらいかわかる。文献にある様に浄化や治癒、いや、結界魔法は必ず使えるはずだ。だが、何しろ残っている資料は100年も前の物だから誰も聖女の力を見た物はいないから‥いや、あまり期待されると君が困るな。すまん。気にするな。今夜はゆっくり休んでくれ」
殿下は膨らむ期待が堪えきれないとばかりに一人で口早に喋った。
「はい、殿下ありがとうございます。私にも何ができるかなんてわかりませんのでご期待に応えられると良いんですが」
「君なら大丈夫だ」
殿下はアリサを安心させるように大きく頷く。
「はい、殿下。お心遣いありがとうございます」
「では、私はこれで、明日神殿で会おう」
「えっと、殿下が一緒に連れて行ってくれるのではないんですか?」
「ああ、神殿から迎えが来る事になっている。色々準備もあるのだろう。心配ない。聖女殿は言われた通りにしていれば何も問題はない。いいね?」
「ええ、そうですよね」
(その割には儀礼とかしつこく教えられたけど、まあ、そう言うものよね)
「ああ、心配ない。悪いが忙しいんだ。これで失礼するよ」
「はい、わざわざお越しいただいてありがとうございました」
殿下は急ぎ足で出て行った。
翌日アリサは殿下に送られた聖衣を着て待った。神官が二人迎えに来て神殿に案内された。
召喚できた時はゆっくり見る暇もなかったが、小高い丘の上にある神殿は大理石の円柱がいくつもあって大きな建物だった。
大理石が敷き詰められた床は冷たく固かった。中に入ると思ったより薄暗く冷たい冷気が漂っていた。
「聖女様、寒くはございませんか?」
「ええ、そうね。少し」
「ご安心ください。儀式の間はここほど寒くはありませんし、神殿で用意したマントもありますので」
大きな広間を通り過ぎ回廊を過ぎると扉が幾つも見えて来た。
「ここが大神官様の執務室です。どうぞ中にお入り下さい」
案内の神官は部屋に案内すると去って行った。
目の前には最初に見たあのヒゲのある神官がいた。
「これはこれは聖女様、いかがですか、いきなりこの国に来られ戸惑われておられませんか?」
「はい、いえ、皆様に良くしていただいているのでかなり落ち着きました」
「それは良かった。その聖衣は殿下から?」
「はい、殿下からです」
「それはまた素晴らしい聖衣ですな。そう言えば殿下とのご婚約おめでとうございます。これでこの国は安泰でしょう」
「ですが私は戸惑うばかりで」
「それは当然でしょう。ですが、今日あなたの力がはっきりすれば聖女様もきっとひと安心ですよ。さあ、あまり緊張されるとせっかくの実力が発揮出来ません。さあ、儀式の準備が整うまでゆっくりお茶でも飲んで休んで下さい」
シャルマート大神官は向かいのソファにどさりと座ってにこやかに笑った。
「召喚の儀で聖女様が現れて私たちがどれほど希望を抱いたか、一時はどうなるかと思っていた召喚術がうまく行って聖女が現れてくれて本当に喜ばしい限りで、あとはどんな聖力があるか楽しみです。ぐっはっはっはっ!」
(ゆっくりしろと言っておいてやっぱりものすごく期待されてるって事よね。うわっ、うまくいかなかったらどうしよう)
アリサは大きなため息をついた。
そしていよいよ儀式の間に通された。
床には赤い絨毯が敷かれアリサはその絨毯の上をゆっくり進んだ。
ずらりと神官が並び最奥には殿下と大神官が立っていた。
奥には台座の上に置かれた大きな水晶玉がありその隣には水を溜めた入れ物がある。中の水は茶色く濁っている。
反対側には台の上に枯れた鉢植えの花と床にはカサカサと音のする箱があって布が掛けてあった。
「それでは、これから聖女様の聖力測定を行う。聖女様、前へ進まれてこの水晶玉に手を翳して下さい」
「分かりました」
アリサはゆっくり水晶玉の所に進む。そしてその水晶玉に手を翳した。
1秒、2秒、3秒。何の変化もない。
(あれ?こう言う時って水晶が光るとか何かあるんじゃ?)
アリサはぎゅっと目を閉じて意識を集中させる。翳した手のひらに力を込めて脳内でお願い光って!と願う。
10秒、20秒、30秒‥
いきなり水晶球が眩い光を纏う。
「おおー素晴らしい。聖女様やはりあなたは期待通りのお力をお持ちです。次はこちらで試してみましょう」
一人の神官が水の入れた入れ物の前に案内した。
「はい」
アリサはまたそこに手を翳す。
今度はすぐに変化が起きた。
入れ物に入った濁った水が見る間に澄み切った水に変化した。
「「「さすがだ!」」」
「あの、聖女様、次はこちらで試して頂いても?」
「あっ、はい!」
アリサは思わず裾を踏みそうになった。手のひらは熱い皿でも持っていたかのように熱く少し疲れた気がした。
「おっと、危ない。気をつけて、聖女殿落ち着いて」
アンドリューだった。
「アンドリュー様、いつここに?」
「ずっと居ましたよ。殿下の後ろに」
アンドリューがエメラルドの瞳でパチっとウインクした。
(虎太郎も良く片目をつぶってたなぁ)
アリサの緊張がふっと解けた。
「ありがとう」(虎太郎)
次に神官が取り上げたのは枯れた鉢植えの花だった。
「今度はこちらに手を翳して下さい」
「はい」
アリサは今度こそと萎れた花に力を込めた。
1秒ほどで萎れた花が見る見るうちに瑞々しく花びらを開いた。葉は息を吹き返したように葉を広げた。
「聖女様、素晴らしい!」
神官達や殿下の顔が希望に溢れている。
「聖女殿、お疲れでは?」
アンドリューだけがアリサの体調を気にしていた。
「大丈夫です」
アリサはあえてアンドリューを距離を取る。
(彼は王子、自分とは違う世界の人なんだから!なのにどうしてそんなに優しいの?)
「聖女様、これが最後ですので、ゆっくり落ち着いてからでいいですので」
神官は鉢植えをどかせると布を被せた箱を台の上に置いて布を取った。
怪我をしたネズミだった。喧嘩でもしたのだろうか、そのネズミは耳や足から血を流していた。
(どうやら治癒が出来るか試そうとしているのね。さっきの花は再生で水は浄化なのかも、それにしても私って本当に聖力があるって事?)
アリサはまだ信じれない気持ちだったがとにかくこれで最後だと思いゆっくりと息を吸って吐いて、そして手のひらを怪我をしたネズミに翳した。
眩い光が手のひらから溢れる。
周りがざわつき始めアリサはゆっくり目を開けた。
傷ついていたネズミの傷が治っている。
殿下が驚きを隠せないとばかりに満面の笑みを浮かべている。その隣の大神官はなぜか腕を組んでいたがアリサと目が合うと大股で近づいて来た。
「聖女様、素晴らしい。素晴らしいお力です。これで我が国は助かります。どうかあなたのお力を貸して下さい」
殿下も駆け寄って来た。
「聖女殿、君はやはり本物だった。やはり召喚を行って良かった。シャルマートお前も見ただろう。私は国王に報告をしてくる。アンドリュー!聖女殿を休ませてくれ」
興奮気味に殿下があちこちに指示を飛ばし去って行った。
「聖女殿、送っていきます」
アリサの涙腺はほんの少し緩んでいた。(良かった。一時はどうなるのか心配したけど)
アンドリューがそばに来て小声で言う。
「お疲れ様でした聖女殿。お部屋までお送りします」
さっきと違い素っ気ない言葉だった。でも、それは仕方のない事だとアリサは言い聞かせる。
アンドリューはアリサの手を取って馬車に乗せてくれた。その仕草は優しい。でも、この世界では当然のエスコートらしい。
アリサが馬車に乗り込むとアンドリューは自分の馬に乗った。馬車には同乗もしない。
アリサの心は寂しさ一色になった。




