2三ヶ月前 レオンハークとアンドリュー視点
三ヶ月前、アンドリューはレオンハーク殿下と一緒に神殿にいた。
目的はガルシア国に聖女を召喚する儀式参列する事だった。
ここ数年ガルシア国は国の基盤である結界が綻び始めあちこちにいろいろな被害が出ていた。地脈からは瘴気が発生して作物は枯れ果て水は汚染された。瘴気のせいで魔獣が増えてたくさんの被害が出て疫病も発生していた。国は疲弊し大陸中が信仰している女神アフロデアに祈りを捧げ神に縋ったが状況が変わる事はなかった。
女神アフロデアはガルシア国の建国の神である。だが、国は何度も魔獣や瘴気の被害にあっており女神はこの国を救う為に聖女の召喚術を授けた。そして歴代の聖女が王都に基幹の結界を作る事に成功した。だが、聖女が死んで何十年かすると結界は綻び始めた。その度に国は聖女召喚の儀を執り行う事になった。
そして今回も過去の文献を元に聖女召喚術が行われた。
大神殿の床には大きな魔法陣が描かれそれを取り囲んだ神官が祈りを捧げ始めた。
「殿下いよいよですね。でも、本当に聖女が召喚出来るんでしょうか?」
「それは私にも分からない。何しろ数百年も前の文献を参考にして行う儀式だからな」
しばらくすると魔法陣が青白く光り始めた。
「いよいよですね。あれ?あの神官大丈夫ですかね?顔色悪いですけど。ちょ!やばい」
アンドリューは一人の神官がの身体がふらついた事に気付いて急いで近寄った。
「アンドリュー、止めろ!おい、今近づくのは危険だ!」
レオンハークが叫んだがその瞬間。青白かった光が大きくなった。
バチバチバチン!!
雷でも落ちたかのような音が響き渡り光が空中に吸い込まれるように消えた。
「おい、大丈夫か?みんな怪我はないか!」
レオンハークは神官達に駆け寄った。
神官は皆床に倒れていたが、ゆっくり起き上がった。
「殿下お怪我は?」
大神官のシャルマートが走り寄った。彼はレオンハークとは反対側にいて魔法陣からはかなり離れた場所にいた。
「私はいい。それより神官は?」
「私達は大丈夫です」神官が次々に声を上げる。
「そうか、良かった。うん?そう言えばアンドリューはどうした?」
「アンドリュー殿下?」
そこでやっとアンドリューがいない事は分かった。
「もしかして今の召喚術で?」
「そんなはずは、だってこれは呼ぶための術。こちら側の者が居なくなるなんてあり得ないんじゃ」
だが、アンドリューはそれっきり見つかる事はなかった。
アンドリューの事は偶発的な事故として処分された。何しろ召喚術に問題がある事になれば聖女を呼べなくなる。神殿も王宮もそれだけは出来なかったのだ。
そして失敗から三ヶ月、二度目の召喚術が執り行われた。
そしてやっと聖女召喚に成功した。おまけにアンドリューも帰って来たのだった。
聖女を王宮に連れ帰り無事部屋に送るとレオンハークはアンドリューと執務室に戻った。
ほっと息をつきソファに座り込んだ。
「しかしアンドリューが聖女様と一緒だったとは驚いた」
「はい、俺もまさか彼女が聖女だったなんて驚きましたよ」
「それにしてもお前よく無事で、お前はもう死んだと思っていた」
「ええ、俺も。あの時召喚術が逆行して聖女の住んでいる世界に行ってしまったらしいんです。おまけにまたガルシア国に戻って来れるなんて夢みたいですよ」
「全くお前と言うやつは。悪運の強いやつだ!」
「死んだ方が良かったとでも?」
「煩い!いいかアンドリュー、聖女を召喚出来たんだ。お前は彼女の護衛をしっかりしろ。いいな!」
「分かってます。彼女は俺の恩人でもあるんです。言われなくてもしっかり守りますよ。それにしても‥兄上、俺が無事で良かったって思ってるんです?まあ、そんな事どうでもいいんですけどね」
レオンハークはアンドリューと再開できてうれしいと言えば嬉しかった。アンドリューは父が王宮の侍女に手を出して出来た子で生まれた時から母に嫌われていた。だからレオンハークもアンドリューを嫌った。
それにいつものアンドリューはレオンハークと距離を置いていた。もっとなんと言うか鋭い顔つき冷たい態度。言葉は端的に一言で済ませるようなそんな男だった。
だが、帰って来たアンドリューは前とは別人のようににやついて顔つきまで柔らかくなっていた。おまけにいつもは自分の事を殿下と呼ぶ奴が兄上と呼び逆らうような言い方をした。
レオンハークはアンドリューの変わりように何かあるのではと思った。
「お前、まさか聖女と何かあるのか?」
戸惑いながらも聖女との関係を尋ねる。
「実は俺あっちの世界では猫の姿だったんです。どう言うわけか獣人の姿にはなれなくて、虎なんかよりずっと小さい猫の姿だったんです。それも最初は小さな子猫で転移の時に足を怪我したみたいで何日か隠れてたんですが、もう、腹が減って表に出た所にアリサが、いえ、聖女が現れて俺を助けてくれたんです。いや、これってまじ運命ってやつですかね」
レオンハークの顔は信じれないものを見るように固まった。
「兄上、大丈夫ですか?まあ、俺だって驚いてますよ。本当に帰って来れるなんてまだ信じれませんから。ハハハ」
冷や汗を浮かべながらレオンハークは口を開いた。
「お前、聖女様を名前で。それも呼び捨てに?おい、確かにお前が帰って来た事は良かったと思っている。聖女様の召喚に成功もして良かった。だが、お前いい加減にしろよ。彼女はこの国にとって物凄く大切なお方なんだ。くれぐれも公私混同はするなよ。おい、分かってるのかアンドリュー?」
レオンハークの胸の中に何とも言えない違和感が湧いた。こんな奴が自分より聖女のことを知っていると思うと腹が立った。
一瞬、アンドリューの顔がすっと強張った。
「殿下、申し訳ありません。ついうれしくって。いえ、お話は分かりました。あっ、もしかして嫉妬ですか?やだなぁ、殿下には大好きなロージェンナ様がいるじゃありませんか」
「なっ!何を言っている。そう言う問題ではない。聖女の周りは危険が沢山ある。だからこそ聖女には細心の注意が必要だと言ってるんだ!」
(何なんだ?あの冷酷とまで言われたアンドリューが?まさかあの女、向こうの世界でアンドリューを籠絡したのか?いや、聖女である彼女がそんな事をするはずがないだろう。では、アンドリューはどうしてこんなに変わったんだ?)
「それは分かってますけど。まだ、どんな力があるのかも分からないんです。気の回しすぎじゃないんですか?」
「呑気だな。さっきは私もお前が帰って来てつい聖女の護衛をお前にと言ったがそんないい加減な気持ちなら変えてもいいんだぞ!」
「ちょっと待ってくださいよ。殿下、聖女様はいきなりこんな所に召喚されてすごく不安だと思うんです。俺だっていきなり違う世界に飛ばされてどれだけ不安だったか。まして聖女様は女です。こんな時だからこそ俺がそばにいれば少しは気持ちも安らぐってもんでしょう?」
「まあ、気持ちは分からなくもない。だが、アンドリュー。あまりおかしな気を起こすなよ。いつでもお前を護衛から外せるんだ。分かってるんだろうな?」
レオンハークの氷のような声が部屋に響いた。
アンドリューの顔つきが一瞬で変わった。
さっきまでの気安い感じから打って変わっていつものアンドリューが戻って来たようだった。
「もちろんです。聖女様を危険から命をかけて守ると約束します殿下!」
アンドリューはレオンハークから距離を置くとビシッと背筋を伸ばし声を張り上げた。顔付きはいつものような厳しい顔つきに戻っていてレオンハークはほっと胸を撫で下ろした。
その夜事態は動いた。国王からレオンハークに聖女と婚約するように言われた。
レオンハークは王太子だ。それを受け入れるしかなかった。
*〜*〜*
アンドリューは久しぶりに帰って来た喜びに浸る所だったが、気持ちは一気に萎えた。
アンドリューは第二王子だが母は王宮の侍女で身分も低かった。父である国王でさえアンドリューは望まなかった子だとして疎まれた。そのせいでアンドリューはいつも窮屈な思いをさせられた。そのせいで早くから王位継承権は放棄して騎士を目指し今は近衛騎士団でも鬼神と言われる副隊長として名を馳せていた。
アンドリューは王族の血は引いてはいるが王宮暮らしは好きではなくて住まいは王宮のすぐ隣の騎士団宿舎にあった。
独身の独り身が暮らす三ヶ月も放置された部屋は湿気が篭り寝る気になれなかったが仕方なくベッドに横になった。
思い出すのはこの三ヶ月、日本に転移してアリサに拾われ一緒に生活した事ばかりだった。アンドリューは一緒に暮らすうちにアリサに心を許して行った。
この軽い感じの態度もアリサと過ごす間に身についたものだった。幼い頃から貴族社会しか知らないアンドリューはいつも堅苦しい生活を強いられて来た。人を信じれば酷い目に遭う事ばかりだった。おまけに出目の悪い王子では騎士になるくらいしか生きていく術は無い。だから強くなろうと努力した。それでも王族ともなれば甘い誘惑もあった。そんな環境で育てば誰だって人を信じなくなるし冷たい態度を取るようにもなる。目つきもそれに併せてきつい感じになって行った。
でも、アリサと過ごすうちに気持ちはゆるゆるになり甘えることも覚えてしまった。だったら人に厳しい自分でいなくてもこのままでも良いんじゃと思えた。帰って来てもついこんな口調が出るしこの方がアンドリューも楽でこのままで良いとも思っていた。それに何よりアリサに怖がられるのが嫌だったが兄に睨まれればアリサのそばにいる事さえ出来なくなるかもと思うと恐くなったのだ。
彼女は虎太郎の前では無防備で風呂上がりの姿や裸とは言っても下着姿だったが、そんな彼女の姿を見せつけられおまけに夜はベッドで一緒に眠りキスもした仲だった。
アンドリューはアリサを好きになってしまった。
それが運良く召喚術でこの世界に戻り獣人の姿になった。まさかアリサが聖女だったなんて思ってもいない事だった。
そんな訳でアンドリューの情欲は一気に限界を越えそうになってしまった。
だが、部屋に帰って考えればアリサはもう日本にいた頃と同じ存在ではない。自分には手の届かない遠い人になったと実感が湧いた。
(はぁぁぁ、アリサが聖女だったなんて。ガルシアに帰って来れた事は良かったし獣人に戻れたんだ。これ以上を望むのは欲深いと思う。でも、この気持ち。おまけにアリサとは毎日顔を合わせる事にもなるし、いや、会いたい。会える事は嬉しい。でも、アリサは聖女様だ。俺なんかが好きになっていい相手じゃない。そんな事言われなくたって分かってる!だからこそこの気持ちには今日限りで区切りを付けなければアリサのそばにいる事も叶わなくなるかも知れない)
アンドリューに取ってそれは一番嫌な事だった。アンドリューは、自分は聖女様の護衛であってそれ以上でもそれ以下でもない存在なんだと何度も言い聞かせたのだ。




