13聖女を逃す
アンドリューはその後カイルと一緒にローランド公爵の元を訪れた。
彼は国王の話を聞き唸った。
「セルゲイの奴。そこまでとは‥」
ローランド公爵は大きくため息を付くと心を決めたように話を始めた。
「いいか、これから言う事は国家の秘密事項でこの国でも知る人間は数えるほどしかいない。実は神殿の地下には国を守るために結界陣がある。この魔法陣は100年に一度召喚される聖女によって歪みを直し補強されてきたのだ。ここ数年ガルシア国が不安定な原因はおそらくこの結界陣の歪みと見て間違いないと思う」
「神殿にそんな秘密が?でもアリサにはそんな事は知らされてないはずだ」
「アンドリューどうして知っている?」
「俺はずっと聖女の護衛として彼女のそばにいた。手引き書の事で相談も受けたが結界陣の事など書いては無かったからだ」
「やはりそうか。カイルの調べた事を考えれば神殿やフォンビュート公爵は己の私利私欲の為にその事を隠していると思う。これは許せる事ではない。必ず二人の繋がりを突き止めるなければならない。それに加えてレオンハーク殿下の婚約者を自分の娘可愛さに聖女追い落とし罪を着せたであろう疑惑について調べ直す必要がある。カイル、私からも監査院に働きかけ大神官とフォンビュート公爵の癒着、ロージェンナの毒薬の入手経路やあの日の人の出入りをもう一度調べ直す様手配をする。それからロージェンナに現れたと言う力も何らかの仕掛けがあるはず。それが何なのかも調べなくてはいかん。カイル分かったか!」
ローランド公爵はカイルに大声で檄を飛ばした。
「分かりました父上」
「アンドリュー、お前は聖女殿を牢から連れ出せ、ライトナー辺境伯の元で保護して貰おう。私がすぐに手配する。時間を掛ければ邪魔が入るのは目に見えている。幸い今夜は新月だ。やるなら今夜が良いだろう。どうだ。それで行けそうか?」
「はい大丈夫です!」
アンドリューはローランドに頭を下げた。
このままアリサが牢にいれば近いうちにアリサは離宮に幽閉される。そうなると多分アンドリューにはどうする事も出来なくなる。
アリサの周りには護衛兵がつき迂闊に近づけ無くなることは目に見えている。そして何より我慢出来ないのは兄であるレオンハークの物になると言う事だ。
最初は兄がアリサを聖女として大切にしていると思っていた。でも、違った。兄は最初からロージェンナ嬢を手放す気もなく。ロージェンナ嬢も兄との関係を止める気はないと言う事だろう。
その為にアリサを罪に陥れて聖女をしての地位まで奪った。
だが、それだけでがない。アリサが聖女でなくなってまたこの国は瘴気の発生が増え、作物も被害が出始めている。魔獣も発生も増えて騎士団はその度に魔獣討伐をしなくてはならない。それに王都では疫病の感染も広がり始めている。
おまけにロージェンナは神殿に引き篭もり聖女としての仕事は神殿でしか行わないと発表された。
彼女が何らかの手を使って聖女に見える様に仕組んだに違いないだろう。聖女に見せかけるにはきっとフォンビュート公爵も手を貸したに違いない。
そして大神官も協力している事もほぼ間違いないはずだ。
だが、肝心な証拠が無いがローランド公爵が力を貸すとなれば話は別だ。
アンドリューはローランド公爵に一礼するとすぐに準備にかかった。
ローランド公爵が言ったように今夜は新月だ。
新月には獣人の力が弱まる。何故かはよく分かっていないが受け継がれた本能の中に月のない日は危険だと言う刷り込みでもあるのか、この日は獣人の五感が一時的に弱まるのだ。
だから、新月の日は皆、早く帰宅して夜は外出をしない。そのせいで仕事もみな定時でやめるし店も休みだ。
街は人気がなく静まり返っている。
牢から脱出するにはうってつけだった。
アンドリューはいつもの様にアリサの牢の前にいた。すでに逃げる為の馬も荷物も用意してある。
いつものように牢番が帰り夕食が終わり夜が更けてくるとアリサに言った。
「アリサ、ここから出よう」
いつもは鉄格子越しでの話だが、今日は違った。アンドリューが鍵を手に入れていて牢の鍵を開けてアリサのすぐそばまで近付いてきた。
「アンドリュー、一体何があったの?そんな事したらアンドリューが捕まるかも知れないじゃない。私、アンドリューたちがちゃんと罪を晴らしてくれるって信じてるよ」
その言葉にアンドリューの胸はキシキシ痛んだ。こんな事になってもアリサは俺の事を心配してくれる。
「ごめん、色々手は尽くしたんだ。でも、罪を暴く前にアリサを離宮に連れて行かれるかも知れないんだ。そうなったらアリサは兄と無理やり結婚させられる。ただ、異世界から来た血を持つ女として扱われ異世界の血を引く子供を産む道具をして扱われる事になるんだ。俺はそんなの我慢出来ない!だからアリサを助けたい。一緒に来てくれるか?」
アリサは驚いた。それでもアンドリューがそう言ってくれた事がうれしくもあったがそんな事をすればアンドリューに立場がどうなるのか不安になった。
「でも、アンドリュー。そんな事したらあなたはどうなるの?今度はアンドリューが捕まるんじゃない?」
「アリサ、これでも俺は王子だぞ。一国の王子が罪に問われるとでも思う?」
アンドリューはグッと背筋を伸ばすと胸をドンと叩いた。
「ほんとに?ほんとにそんな危険はない?」
「当たり前だろう。アリサを安全な所に連れていく。俺に命を掛けてもアリサを守るから」
アンドリューは我慢出来ずアリサの手を握った。
アリサはアンドリューに手を握られたまま彼をじっと見つめた。
「それってアンドリューの王子としての未来を捨てるって事?そんな事させられないよ」
「何言ってるんだ。アリサは俺を助けてくれたじゃないか。今度は俺の番だ。良いからここを出よう。それからの事はまた考えれば良い。とにかく急いで」
このままではレオンハークの妻、いや、道具にさせられると聞いてアリサはこのままここにいる事の危険を理解した。
「分かった。アンドリューについて行く。でも、あなたが犠牲になる様な事は絶対にしないって約束して」
アリサはアンドリューに自分の犠牲になんかなって欲しくはない。
「ああ、誰の犠牲にもならないって約束する」
アンドリューは自信たっぷりに言って微笑んだ。
「約束よ」
アリサはやっとアンドリューの握った手をもう片方の手で握り返した。
「ああ、二度とアリサをこんな目にあわせない!」
そう言うとアンドリューが両手でアリサの手を包み込んだ。
「アンドリュー分かってるの?あなたを犠牲にするのはなしよ」
「ああ、約束!」
二人は手を取り合って牢から逃げ出した。
アンドリューはアリサにに騎士団のマントを着せた。
騎士団の警備も王宮の警備も今夜は新月の為手薄になっていたし気配を感知されにくいので難なく王宮の敷地を脱出出来た。
ライトナー辺境伯領までは馬で丸一日。今夜は新月で夜道をずっと走るのは危険と判断し、とりあえず馬を走らせ王都から出たらコペルが手配してくれた農家の家で休ませて貰うよう手配も出来ていた。
そして明日の朝一番に出発し後はライトナー辺境伯領を目指すだけだった。




