11みんなが知っている
それから一週間が過ぎた。
コペルは言った通り毎日パンを持って来てくれた。
アンドリューがコペルに文句を言うと「アンドリュー殿下。俺は聖女様が無実の罪でここに入れられていると思ってる。でも、俺にゃそんな聖女様のためにパンを差し入れるくらいしか出来ない。だからこれくらい許しちゃ貰えねぇか?」
アンドリューは何も言えなくなった。
「ああ、コペルは信じてくれるんだな」
「当たり前だろう!聖女様は俺の妹と甥っ子を助けてくれた命の恩人なんだからよぉ。それに街じゃ、あの貴族の令嬢は偽物だって噂してるぜ。だって聖女って言うのはみんなを癒してくれるもんだろう?なのにあの偽聖女と来たら神殿から出てこないんだ。治癒だって貴族にだけって話で、それにどこかしかの貴族様の奥方の病気も治せなかったって聞いたしな」
「そんな話どこから?」
「俺ら平民の噂って言うのは商売人や買い物客からすぐに伝わるんだ。だいたい聖女だって言うなら堂々とみんなの前に出てくりゃいいのに神殿でこそこそしやがってよぉ」
「すぐに調べてみる」
「ああ、それによぉ、街じゃ聖女様が治した人たちが証人になるって言ってるぞ。何しろ聖女様は貴族だけでなく街に来ればあちこちで平民でも構わず治癒してただろう。みんな感謝してるんだ」
「そうか」
アンドリューが嬉しそうな顔をする。
「そんな事当たり前ですから」
「だから聖女様、当たり前じゃ無いんですって。聖女様、きっと無実だって分かります。元気出して下さいよ」
コペルがそう言いながらパンを差し出した。アンドリューももう止めなかった。
「ありがとうコペルさん。昨日のパンも美味しかったです。すごく元気が出ました」
「そう言って貰えると、他にも欲しい物があればいつでも言って下さい」
「ええ、ありがとう」
コペルさんは満足そうにアリサから離れた。
「ったく。アリサはどれだけ人気者なんだ?これじゃ安心出来ない」
アンドリューが小さい声で呟いた。
「アンドリュー、ここは安全よ」
「そう言う事じゃなくて‥ああ、もういい。俺はちょっと用に出てくるから。コペル聖女殿を頼んだぞ。差し入れは絶対受けるな。毒が入っているかもしれんからな」
「分かってますって、安心して行って来て下さい」
コペルがニヤついた顔でアンドリューを見送る。
「なっ!行ってくる。聖女殿、何か必要な物はないか?」
「出来れば着替えをそれから何か本でもあれば‥あとは、お風呂に入りたい」
「顔を洗う水くらいは俺が用意出来るんですがねぇ。殿下、そういやぁ今人気の恋愛小説なんか差し入れたらどうです?」
「そんな事分かってる。着替えだな。メイに頼む。風呂はすまん我慢してくれ。じゃ、行ってくる!」
アンドリューは照れてるのか怒ってるのか分からない口調で行ってしまった。
アリサはアンドリューがいなくなると途端に寂しくなった。
*〜*〜*
アンドリューは半年間アリサに付き添って来た。護衛騎士として兄に命令されて聖女を守る者をして。
アリサに対するあらゆる感情を押し殺してただ聖女の護衛騎士という立場でアリサに接して来た。
そうするべきだと思っていた。
でも、今は違った。アリサを助けたい。聖女だからでなく日本で助けて貰った恩でもなく。ただ一人の男としてアリサを好きだから。
騎士団と一緒に王都の外に行った時のことは考えず王都内で井戸の浄化や瘴気の発生地点の浄化に行った時の事を考えた。
アリサがこの国に来て一ヶ月が過ぎて初めて神殿から街に出た。
あの時は西区画の井戸の浄化だった。
馬車の移動で井戸まで行き、帰りに店が立ち並ぶ繁華街を通った。アリサがいい匂いだと言って見たら串焼きの屋台があった。俺はついアリサに聞いた。欲しいですかって。アリサは欲しいと言って馬車を降りた。
あの時、向かいで子供が転んで荷馬車にひかれそうになって、何とか子供は助かったが荷馬車が横転しそうになって御者が転がり落ちて足を痛めた。あの時アリサはあっという間に走り寄って御者の手当をしたな。
あの荷馬車の御者は平民だった。たいそうアリサに感謝していた。
アンドリューはあの時の串焼き売りに聞いた。
「ああ、ありゃ半年近く前だったよな。あん時は驚いた。荷馬車が転倒して御者が血だらけでそこに聖女様は走り寄って手当しするなんて、驚いた。あれは確かレーベン商会の荷馬車だった」
「そうか、ありがとう」
アンドリューはすぐにレーベン商会を尋ね御者の事を聞いた。
御者はすぐに分かった。
そしてアリサに助けられた事を証言してくれると言った。嘆願書にサインしてもらった。彼の名前はオーリ。
それから今度は東区画の井戸も浄化だった。あの時は井戸の近くで婆さんが生き倒れて大騒ぎになっていてアリサが手当をして無事に婆さんが助かった。
アンドリューは東区画の井戸の前に立った。すぐ近所であの時の事を尋ねると数人が家から出てきた。みんな口々にあの時の事を話した。
「あたしゃ、初めて見たんだ。聖女様の手から、眩しい光が出てお婆さんの身体を包み込んでそりゃもう神々しいったら」
「ああ、覚えてる。あたしも思わず手を合わせたよ。女神様がいたって思ったよ」
「それであの時の老人はどなたかご存知ですか?」
「ああ、ほら、あの向かいの家のパン屋の婆さんだよ」
「ありがとうございます」
パン屋に行き聖女の力が本物だと証言して欲しいと頼むと快く引き受けてくれた。お婆さんの名前はネラ。
「いきなり目の前が真っ暗になっちまって、みんな大騒ぎしたって聞いたよ。後で聖女様が通りがからなかったら死んでたってみんなが教えてくれて、どうか聖女様にお礼を言っておいて下さい。こんな年寄りを助けて貰って感謝していると。聖女様が偽物だなんて誰が言ったんです。わたしゃいくらでも話をします。聖女様は本物だって。そうだ、聖女様に焼きたてのパンを持って帰って下さい。必ず罪は暴かれます。元気を出すように伝えて下さいお願いします」
ネラは膝に頭がくっつくほどお辞儀をしてアンドリューを見送った。
次にアンドリューは二ヶ月前に行った北区画の治療院に向かった。
この時は緊急に神殿に要請があって疫病患者の治癒に行った時の事だ。北区画は貧民街が多く井戸の浄化も後回しにされていた。
アリサは治療院でひたすら治癒をした帰りにその事を知りわざわざ北区画の井戸に出向いた。もう夕暮れ時で井戸の近くでは女たちが夕食の支度に野菜を洗っていた。
「皆さん、この井戸の水は使ってはいけません」
いきなりアリサがそんな事を言ったもんだから女たちがアリサを取り囲んだ。俺は慌ててアリサの前に出ようとした。
「勝手を言って申し訳ありません。いきなりで驚かれましたよね。今から浄化をしますので少し井戸を使うのは待って欲しいんです。よろしいですか?」
「あんた、聖女様かい?」
アリサは治療院に行くので聖女が着る聖衣を着ていた。白い聖衣の袖口にはいくつものユリの刺繍が施してあり襟口には青色のユリの紋章が入っていた。
あれも殿下に送られた聖衣だった。
「はい、一応そう呼ばれています。でも、人間です。安心して下さい。井戸は瘴気で嗅がれています。このまま使えば疫病の原因になります。だから先に浄化をさせて下さい。よろしいですか?」
「今までずっとここには神殿の奴らは来てくれなかった。そのせいで疫病がどんどん広がって、でも、聖女様のいう通りだ。井戸が淀れてちゃいつになっても疫病は無くならない。みんなそこをおどき。聖女様どうかよろしくお願いします」
一番古株らしい女がそう言うとみんな井戸から数本下がった。
アリサは祈りを込めて井戸の浄化をした。
「これで井戸は安全です。お忙しい時間に申し訳ありませんでした」
「ありがとう聖女様、ところであんた凄いね。こんな力があれば偉そうにするのが当然なのに、私らに頭まで下げて。いや、あんたは本物だ。なあ、みんな聖女様にお礼を言いな!」
「「「聖女様ありがとうございます」」」
いつに間にか数十人がいた。その人たちが全員アリサに頭を下げたのだ。
あの時の女性にあって事情を説明した。
「噂には聞いてたけどまさか本当だったなんて、この国の役人はどうなってるんだい?あんな人を牢に入れるなんてどうかしてる。人を助けるもんが毒を盛る訳がないだろう!いいよ。証言でも嘆願書でも書くから。おい、みんな聖女様は本物だって証言する。これにみんなの名前を書いとくれ」
あっという間に三十人ほどが聖女アリサが無実で本物の聖女だと書いた証言書にサインした。
その後も商店街を通るとアンドリューに声をかけて来て聖女様は本物で無実だと訴える嘆願書を手渡たされた。
その日だけで嘆願書の人数はゆうに三百人を超えた。
アンドリューは改めてアリサがどれほどの人を救ったのか痛感した。




