【中学時代】彼女を好きになったきっかけは
「あれ、リオンくん。休みなのにどうしたの?」
「……フィアさんこそ」
部活動が休みの日、自主練をしようと学校に来たリオンが部室の扉を開けると、マネージャーのフィアが備品を広げていた。
「この間の練習のあと、ちゃんと片付けとか手入れできなかったから、今日やっちゃおうと思って」
柔らかく笑う笑顔に胸が締め付けられる。先日、リオンは無理をして足を捻ってしまった。
その際フィアが手当をしてくれて、優しく「無理しちゃだめだよ」と笑いかけられてから、どうにも様子がおかしかった。
練習中、休憩中、気づいたらフィアを探しているし、無意識に目が追ってしまう。
「俺も手伝います」
「え、いいの?」
少し距離を置いて、リオンはフィアの隣に座り込む。
備品を手に取って、汚れを拭き始める。
「本当は自主練に来たんですけど、フィアさんにこの前無理しちゃダメって言われたので」
「足、まだ痛む?」
「いえ、もう平気です」
「よかった」
小さく笑う声に、またも心臓が跳ねる。
大したケガじゃないのに、気にかけてくれるのが嬉しい。
他の部員にももちろん同じように接しているだろうに、特別感を感じてしまう。
「リオンくんってまじめだよね」
フィアがぽつりと言う。
「…そうですか?」
手を動かしたまま返す。
「ちゃんと練習してるし、見てると分かる」
「見てるんですね」
「マネージャーだからね」
いたずらっぽく笑いかけられて思わず目をそらした。
「無理しがちだけど、そこは気を付けてね」
やわらかい声。この前手当してくれた時と同じ。
「……はい」
素直に返すと、フィアは少しだけ笑ってくれた。
穏やかな時間が流れる。
二人で備品の汚れを拭いて、棚に戻していく。
「それ重いでしょ。俺持ちます」
「ありがとう」
備品を受け取ろうとしたら、フィアと目が合った。
思ったより近い距離にリオンは息を呑んで動きが止まる。
フィアの長いまつげとか、柔らかそうな唇が目に入る。今までそんなところ、目がいかなかったのに。
二人だけの空間、少し手を伸ばせば触れられる距離に、空気がとまったような気がして、胸が苦しくなった。
「リオンくん?」
「…あ、わかった」
「どうしたの?」
何かを思いついたようなリオンの様子にフィアが首をかしげる。
リオンが何も言わないので、フィアも疑問に思いながら片付けを進めていく。
「リオンくん、何かあった?足、痛む?」
片付けが終わり、荷物をまとめているとフィアが声をかけてきた。
「あ、いや…足は大丈夫です」
「?そっか…なら、いいんだけど」
リオンがそれ以上何も言わないので、フィアも追及しなかった。
「フィアさんまだいます?送りましょうか」
「ううん、大丈夫、ありがとう。まだやりたいことあるから。今日はありがとう。助かった」
「いえ」
短く返す。でも、なんだか、この時間が終わるのが寂しい。
部室を出たリオンが振り向くと、扉の前にフィアが立っていた。
軽くお辞儀をすると、笑って手を振ってくれている。
休みの日にマネージャーの仕事して、自分のケガを気にしてくれて、わざわざ部室の外に出て見送ってくれて。
これじゃあますますーーーーーー
ますます……
好きになる。
先ほどフィアが振り向いて備品を渡そうとしたとき、自覚した。
自分はフィアのことが好きなのだ、と。
(俺、フィアさんのこと好きだ)
フィアといると心が落ち着く。
笑顔が好きだけど、自分以外に向けられるときは胸がもやもやする。
自分の知らないフィアのことを、もっと知りたいと思ってしまう。
「……やばいな」
帰り道、小さくつぶやく。
完全に好きになってる。もう戻れないくらいに。
まだフィアのこともよく知らないのに?
優しくされただけで?笑いかけられただけで?
あんなのみんなに同じことしてるかもしれない。
ケガの手当してくれて、心配してくれるなんて、マネージャーとしてきっと彼女は当たり前に思っている。
それでも、もう自覚してしまった。
空気が少し冷たい。
でも、胸の中は妙に熱かった。




