やっぱり気持ちは変わらない
リオンは実家の自室のベッドにもぐりこんだ。
あの後、実家に帰って母親に花を渡した。
踊りながら喜んでくれたファンキーな母親は、いつ帰ってきてもすぐにリオンの好きな手料理を作ってくれる。
今日と明日は休みなので、今日は実家で眠ってゆっくりするつもりだった。
妹はフードデリバリーのアルバイトで不在らしい。
ベッドに寝転んだリオンは、なかなか眠れなかった。
いつもは勤務終わりはすぐに眠れるのに、今日はなかなか眠れない。
理由は、夜勤明けで外が明るいからじゃない。
『リオンくん…久しぶりだね』
約十年ぶりに、初恋の相手『フィア』に再開した。
彼女の姿が頭から離れない。
柔らかい笑顔と声は変わっていなかったが、リオンの記憶より大人びたフィアはとても魅力的になっていた。
知り合いなのか、とダリアに聞かれて、フィアが『中学の後輩なんです』と答えていたことは覚えているが、二言三言交わした話の内容はほとんど覚えていなかった。
それほど、フィアに見とれてしまっていた。
(嘘だろ…俺、まだフィアさんのこと好きなのか…初恋拗らせたガキじゃあるまいし…)
そう自分に言い聞かせても、ずっとフィアのことを考えてしまう。
そもそも彼女はこちらが地元ではない。
なぜこの町に?いつから?結婚はしているのか?恋人は?
もんもんと考えながら、リオンは眠れない時間を過ごした。
「今日ね、リオンが母の日のお花くれたのよ」
「ほんとだ!綺麗なカーネーションだね!お兄ちゃんが花買うなんて珍しい」
「たまにはいいだろ」
「お兄ちゃん髪伸びたね」
少しだけ眠ったリオンは、その夜、母親と妹と夕食を食べていた。
妹の『シンディ』に言われて、リオンは自身の黒髪をがしがしとかいた。
母親と妹はブロンドの髪色、リオンは父親譲りの黒髪だった。
父親は仕事で家にはいない。リオンが小さい頃からずっとそうで、電話でのやりとりばかりだった。
「あの花屋さん、新しい子入ってたでしょ?リオンと同じ中学の子らしいのよ、知ってる?」
「!…いや、知らない」
フィアの話を振られ、リオンは心臓が跳ね上がったが知らないフリをした。
なんとなく、ややこしいことになりそうなのでここは黙っていたほうが良さそうな気がする。
母親は「あの子愛想いいのよね~、美人だし」なんてフィアのことを褒めている。
「でもわかんないよ?綺麗な花には棘があるっていうし。お兄ちゃんも気を付けなね!ロックオンされるかもよ」
「それはない」
さらりと言うリオンに、シンディはブーブーと文句を言っている。
むしろ、フィアにならロックオンされたい…と思ったリオンだった。
「それよりお兄ちゃん、ローラちゃんとはどうなったの?デートした?」
「ママもそれ聞きたい~!」
二人のキラキラした表情にたじろぐ。
ローラとは、リオンの幼馴染で、フィアに会うよりも前から家族間でつながりがある。
地元で可愛いと評判のローラは、昔から仲の良かったリオンと恋人だなんだと周りからはやし立てられていた。
「だから、ローラとはなんにもないって。そういうの、ローラも迷惑だろうし」
「え~?そんなことないと思うけどなあ」
リオンは、ローラを『友達』だと思っている。
思春期の頃は、周りからいろいろ言われて少しは意識したこともあったが、今はそんな感情は無い。
ローラがどう思っているかはわからないが…とにかく自分はフィアのことがずっと好きだった。
「私ローラちゃんに会いたいから、お兄ちゃん今度お食事誘ってよ」
「自分で誘えばいいだろ」
「それじゃ意味が無いの!」
「ほらほら、二人とももう片付けるから。シンディ明日早いんでしょ?早くお風呂入っちゃいなさい」
言い合う二人を母親が制止して、リオンは自室に戻った。
シンディは「女心わかってない」と文句を言っていたが、リオンは聞かないようにした。
翌日、寮に戻る道中で、リオンはふと足を止めた。
視線の先はもちろんフィアの働く花屋だ。
(さすがに今日も行くのはマズいよな…)
「リオンくん!」
リオンが迷った末に、別の道から行こうと店に背を向けたとき、後ろから呼び止められた。
昨日も聞いたその声に、勢いよく振り返ると、フィアが店先から手を振っていた。
「お、おはようございます」
「おはよう。昨日はびっくりだったねー。今日はお仕事?」
「いえ、休みです」
フィアに声をかけてもらえたことが嬉しくて、リオンはどきまぎしながら答える。
「ダリアさんに聞いたよ。警察官なんだね、すごいなあ」
「全然すごくないです。フィアさんは…って、すみません、仕事中なのに」
「ううん、でも戻らなきゃ。またね」
夢のような時間が終わってしまう。
背を向けようとしたフィアを、リオンは思わず呼び止めた。
「あの!」
「?」
「今日、仕事何時までですか?その、もし良かったら、近くにおいしい店あるんで行きませんか?あ、その…嫌じゃ…なかったら…」
最後のほうはしどろもどろになってしまった。
実は、昨晩からずっと考えていたセリフだった。
でもフィアを前にすると上手く言えなかった。
心臓がうるさいくらいに鳴り響いている。
「17時には終わる予定だよ。私、先週引っ越してきたばかりだからお店とかよくわからなくて。行ってみたいな」
「!!!じゃあ、夕方迎えに来ます!」
「うん」
リオンは心の中でガッツポーズをした。
何でも言ってみるもんだと思った。
昨日の朝とは打って変わって、軽い足取りでリオンは寮に足を進めた。
夕方、仕事を終えたフィアをリオンが迎えに行き、二人は人でにぎわうカフェに入った。
注文したコーヒーカップに触れる指がなんだか落ち着かなくて、リオンは何度も持ち帰る。
「……中学ぶりですね、お久しぶりです」
「うん、久しぶり。リオンくん」
昔と変わらない呼び方に心が軽くなる。
「こっちに戻ってきたんですね」
リオンが聞くと、フィアはカップに視線を落としたまま頷いた。
十年も離れていて、積もる話はあるはずなのに、リオンはなんだか何を話したら良いのかわからなくなってしまう。
フィアのまとう空気が、少し冷たく、悲しそうに感じたからだ。
「こっちでしばらくダリアさんにお世話になることになって。ダリアさん、私の母親の妹なの」
「そうだったんですね。ダリアさん、明るくて良い人ですよね」
「うん、そうなの。だから、母親もふさぎ込んでる私を元気づけようとしたんだと思う」
「?」
”ふさぎ込んでる”という言葉がひっかかった。
フィアは笑顔のままだが、なんだかぎこちない。
聞いてもいいのかわからず、リオンはそれ以上追及できなかった。
離れていた時間のせいで、距離がわからない。
「それにしてもビックリしたよ!リオンくん全然変わってなかったから…あ、身長は伸びてたけど」
自分と身長をくらべるような仕草をするフィアが可愛くて、リオンの心臓の鼓動が高鳴った。
「フィアさんも、すぐわかりましたよ。あの頃からずっと素敵です」
「!…ありがとう…」
ふわりと笑って言うリオンにフィアは少し頬を赤らめた。
少しずつ昔の話や、中学を卒業してからの話をした二人は連絡先を交換した。
嬉しさ反面、リオンはフィアの纏う独特の空気に違和感を感じていた。
「送ります」
リオンの申し出に、フィアは少し迷って頷いた。
並んで歩く距離は少し遠い。
昔に比べてフィアが小さく見えて、リオンは無意識に「守らないと」と思ってしまう。
「ここまでで大丈夫。ありがとうね」
「いえ、こちらこそありがとうございました。あの…」
「?」
「また、お店行ってもいいですか?フィアさんともっと話したい」
積極性に自分でも驚く。
でも、今度こそフィアを諦めたくなかった。
「うん、待ってるね」
フィアは柔らかくリオンに笑いかけた。




