夜勤明けの再会
夜勤終わり、あくびをしながら寮へと足を進める。
午前の太陽はすがすがしくて、周りは仕事や学校へ向かう人たちばかりだ。
リオンが警察学校を卒業し、地元の交番勤務になってから三年が経とうとしていた。
実家が少し離れているので、今は単身寮で暮らしている。
初めのころ、交代制勤務には慣れなかったが、人間の体とはすごいもので、三年も経つと明るい昼間でもぐっすり8時間眠れるようになってしまった。
だらしなくあくびをしているところなんて見られたら、先輩や同僚に「だらしない」なんて言われてしまうなとぼんやり考えていた。
ふと、交番の近所の花屋が目に留まった。
店先には色とりどりの花、吊るしてあるガーランドには「Happy Mother’s Day」の文字が書かれている。
(もうすぐ母の日か…)
実家にはちょこちょこ帰っている。
母と妹とはよく連絡を取っているし、家族仲は良好な方だ。
花屋に近づくと、ふわりと花の香りに包まれる。
店先で花を眺めていると、「おはようリオン!」と元気な女性に声をかけられた。
「ダリアさん、おはようございます」
「夜勤明け?おまわりさんは大変だね~」
カラカラと笑う女性は、この店の店主でリオンの母親とも仲が良い。
気さくな性格で町の人気者だ。ちなみに、夫は隣の店でベーカリーを営んでいる。
小さな頃からリオンを知っているダリアは、いつも明るく声をかけてくれる。
「今日はどうしたの?」
「母の日も近いので、カーネーションを買おうと思って」
「まあ!お母さん喜ぶよ~!リオンも成長したね。あんなに小さかったのに、今は町を守る警察官だもん。知ってる?あんた『イケメン警察官』ってみんなに人気なのよ」
楽しそうにおしゃべりするダリアに、リオンは「はぁ…」と答えた。
地元の友達からはよく合コンに誘われる。「お前がいると女の子喜ぶから」と言われるが、体よく断っていた。職業柄、隙は見せられないし、そもそも興味が無い。
何度かどうしても、と頼まれて参加したことはあるが、軽い気持ちで連絡先を交換した女性に付きまとわれたり、あからさまに体を密着されたりといい思い出が無い。
『かっこいい』、『イケメン』と言われても、あまりなんとも思わなくなってしまった。
地元の友達に言ったら、嫌みだと責められたが。
「これにします」
一輪のカーネーションを選んで、ダリアに渡した。
「はいよ、ちょっと待っててね」
ダリアは店の奥に入っていった。
「フィア、これ包んでくれる?」
「はい」
奥から聞こえてきた名前と声に、リオンはぴくりと反応した。
リオンには忘れられない初恋の人がいた。
通っていた中学の一つ先輩で名前を「フィア」という、ブロンドの髪が綺麗な女性だった。
フィアがマネージャーを務めているスポーツクラブに入って、話をするようになった。
優しくてよく笑うフィアに、リオンはどんどん心惹かれていった。
一目見た時から、そのかわいらしい笑顔に、恋に落ちていたのかもしれない。
しかし、彼女にはすでに恋人がいた。リオンの初恋はあっけなく終わったのだ。
それでも、フィアを好きな気持ちに変わりはなかった。
諦めないと、と自分に言い聞かせてはいたが、彼女と話すたびに、笑顔を見るたびに好きになった。
やがてフィアは学校を卒業し地元から離れ、それきり行方は知らなかった。
連絡先も知らないし、SNSでもやっていれば何かした情報はあっただろうが、リオンはその界隈に興味が無い。
思い出にふけっていると、小さな足音が店から近づいてきた。
「お待たせしました」
柔らかく澄んだ声が響き渡る。
長いブロンドの髪が揺れている。
(そうだ、こんな優しい声だった…。笑顔が可愛くて…そう、こんな綺麗な髪色で…!?)
目の前の女性と目が合うと、リオンの体が固まった。
行き交う車の音や、人々の声も耳に入らない。
時が止まったみたいだった。
「フィアさん…?」
「え……リオンくん?」
美しく包んだ花を持ってきたのは、リオンの初恋の相手、フィアだった。
あの頃より大人びて、綺麗になった彼女がそこにいた。




