【中学時代】それでも諦めきれなくて
次の日の昼休み。
いつもの騒がしい教室で、リオンは同級生の男子と話していた。
「昨日部活休みだったな」
「ああ、うん」
「マネージャーのフィアさんってさ」
その名前に反応してしまう。
昨日気持ちを自覚してから、ずっとフィアのことを考えていた。
二人きりの部室、柔らかいフィアの笑顔、心配そうに自分を見つめる彼女の表情。
「めっちゃ可愛いよな。ほんと癒し」
「……そうか?」
できるだけ平常心で普通に返す。
「そうだろ」
友達が笑う。
「あー、でも、彼氏いるらしい」
ーーーー一瞬、音が消える。
「…は?」
思わず聞き返した。
騒がしい教室の声も耳に入らない。
「噂だけどな。同じ学年のやつらしい」
羨ましいわー!!と叫ぶ友達を、周りの女子が「うるさい」と窘める。
リオンは何も言えなかった。
昨日は少し、特別な感じがしたのに…。
でも、わかる。
フィアみたいな子がいたら、自分なら絶対放っておかない。
午後の授業、リオンはまったく集中できなかった。
放課後、いつも通り部活動にいくとフィアに声を掛けられる。
「リオンくん、昨日はありがとね。もう足、大丈夫?」
「…はい」
「よかった」
いつもの柔らかい笑顔。
ずるい、とリオンは思った。
そんな言葉と笑顔を向けられたら、勘違いする。
昼に話した友達の言葉が脳内をかけめぐる。
部活終わり、人がまばらになってきた頃、倉庫に荷物を持っていくフィアの後を気づけば追っていた。
「フィアさん!」
「リオンくん?」
驚いた顔でフィアが振り向く。
「どうしたの?まだ帰ってなかったんだ」
フィアがリオンに駆け寄る。
「すみません。あの、話があって」
「うん…?」
いつもと雰囲気が違うリオンの様子を、フィアが心配そうにのぞき込む。
リオンが階段の一段低い場所に立っているので、自然と二人の目線は同じになる。
心臓の音がうるさい。
走ってここまで来たからじゃない。
『彼氏いるらしい』という言葉がまた頭をよぎったが、リオンはぶんぶんと頭を振った。
「……好きです」
思っていたより、ちゃんと声が出た。
フィアの目が少しだけ大きくなる。
「一緒にいると落ち着くし、もっと話したいって思うし。できれば、その…俺と付き合ってほしい、です」
言い切った。
フィアの目をまっすぐ見て。
フィアはすぐに答えなかった。
少し困ったような顔をして、言葉を探しているようだった。
「…ありがとう」
その言葉の重さと表情で、なんとなく答えがわかってしまった。
「リオンくんの気持ち、すごくうれしい」
切なそうに笑って、フィアは続ける。
彼女の表情を見ていれば分かる、ずっと見てきたんだから。
「…でも、ごめんね。私、付き合っている人がいるの」
予想していたはずなのに、その言葉が深く刺さる。
「…知ってます。でも、気持ち伝えたくて」
言いながら、勝手だなあとリオンは思った。
こんなこと言われても、優しいフィアを困らせてしまう。
自分が納得したいからって、気持ちを相手にぶつけるなんて。
「その人のこと、ちゃんと好きなの。だから、応えられない」
「…そっか……わかりました」
優しいけど、揺れないフィアの静かな断り方がきつい。
わかりました、というリオンに、フィアは少し安心したように笑った。
一瞬の沈黙が訪れる。
このまま終わるのは、もったいない気がした。
「その人、フィアさんのことちゃんと幸せにしてくれそうですか」
フィアは少し驚いた顔をしたが、すぐにいつもの柔らかい笑顔に戻った。
「うん」
凛とした声が響いた。
その迷いのない返事に、『勝てない』と思ってしまった。
今の自分では、フィアの瞳の奥にいる相手に適わない。
「…じゃあ、応援してます」
「リオンくん…優しいね」
「そうでもないです」
失礼します、と頭を下げてその場を去った。
フィアの視線が背中に突き刺さる。
きっとこの前みたいに見守るように自分のことを見ているのだろう。
その目を見たら、本当に心が砕け散ってしまう気がして、リオンは振り返らずに部室まで走った。
荷物をまとめて帰り道を一人歩く。
(あっけなく振られた…)
あんなに恋焦がれていたのに、終わりはこんなにもあっけない。
でも、不思議と気持ちは変わらなくて。
(でも、やっぱり好きだ)
角を曲がったところで、前を歩く見慣れた後ろ姿に思わず立ち止まった。
さっき想いを伝えた相手、フィアが歩いている。
しかし、その隣には男が一人。
二人並んで、歩いている。
『付き合っている人がいるの』
きっとあの男が、フィアの彼氏。
肩を並べて歩く二人の距離が近い。まるでいつもそうしているように、寄り添い合うように歩いている。
フィアは男と話しながら、楽しそうに笑っている。
胸が締め付けられる。
「週末、フィアの行きたいって言ってた店行くか」
「え、いいの?」
「もうすぐ記念日だろ。俺も一緒にいたいし」
「わあ、嬉しい」
フィアが幸せそうに目を細めて微笑む。
その横顔は、リオンが見たことのない表情で、目が離せなくなる。
見れば見るほど、心が傷つくのがわかる。
わかっているのに、目が離せない。
ふいにフィアが立ち止まって何か男に言葉をかけた。
照れくさそうに、小さな声で何かを伝えて、顔を赤くしている。
男は小さく笑ってフィアの手をとった。
指が絡み合う。
二人の距離が近くなっていく。
フィアは自然な仕草で顔を上げて、男も顔を近づける。
距離がなくなる。
そこで、限界だった。
リオンは二人から目を反らし、反対方向へ体を向けて歩き出した。
これ以上は、見ていられない。
(もう、充分だろ、俺)
自分に言い聞かせる。
フィアを幸せにしてくれると思っているのがどんな男なのか、フィアはどんな表情をその男に向けるのか、見てみたかった。
思った以上にダメージは大きくて、あきれたような笑いが零れる。
「諦め悪すぎだ…」
それでも、フィアへの想いが心から消えることはなかった。




