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第8話:サキガケ堂、出撃!

 春の夜はまだ寒い。

 食堂の薪ストーブが赤々と燃える中、テーブルを囲んだ大人4人は、黙って珈琲カップを見つめていた。

 宮型柱時計の針が9時を指す。それを目の端に捉え、彬子は顔をあげた。


「小豆畑さん、お帰りにならなくて、ご家族が心配なさるのでは」


 心配げに声をかけると、小豆畑は「大丈夫です」とにっこり笑った。


「妻の兄夫婦が近くに住んでいるので、妻子のことは頼んであります」

「そうなんですね」


 ホッとしたように彬子は肩の力を抜いた。


「ねえ、これからどうする? なおちゃん取り返しに行かないと」


 テーブルに肘を立てて、永露が急かせるように言う。


「あたしは、いつでも行けるよ!」


 久多良木は珈琲カップを持つ手に力を込めた。


「行くのは(やぶさ)かではありませんが、では、ドコへ向かえばいいんでしょうか?」


 冷静な小豆畑のツッコミに、永露と久多良木の顔が渋面を作った。


「斎部刑事に電話して訊いてきてよ、やすくん!」

「報せる気があるのなら、もうとっくに電話がかかってきている。――気安く名前で呼ぶな」

「じゃあ、こんなところでジッとしててもしょうがないじゃんか!」

「布留川の会社に押し掛けてでも、居場所を探ろう!」


 永露と久多良木が白熱しかかったところで、


「おめーら待たせたな。情報は絞り取ってきたぜ」

「社長!!」


 4人の声が食堂に木霊した。

 日本松は空いてる席に座る。


「日本橋にある布留川家所有の倉庫と屋敷がある。そこに、蒸気車が走り込んでいったらしい」

「おっ、今すぐ攻め込もう!」


 意気揚々と永露が身を乗り出すが、


「その前に、直秀のこと、昼間の黒服たちのことを訊いておきたい」


 日本松の言葉を受けて、彬子は顔をあげた。皆を巻き込んだ以上、隠し事はできない。

 彬子は躊躇わずに口を開く。


「直秀は、灯紫喜家に代々伝わる異能力を継承しています。『虚実綴り』――”自らの記憶を改竄してそれを周囲の他人にも強制的に認知させることが出来る”、使い方次第ではとても厄介な力です」

「なるほどねえ…」


 顎を擦りながら、日本松は何度か小さく頷いた。


「この異能は直系の男児しか継ぐことが出来ず、灯紫喜は『虚実綴り』でトップに君臨し続けているのです。おじい様はこの異能を林太郎に知らせる気はなかったようですが、彼は知っていました。多分、執事の桜島から伝わったのかもしれません」


 そして直秀を使い、自らの敵を間引いている。


「林太郎は直秀に催眠をかけ続けています。それも2年間も……。直秀が心ここにあらずなおかしい状態も、その影響が出ているに違いありません。こんなことを続けさせていれば、直秀は壊れてしまう」


 両手で顔を覆い、彬子は肩を震わせた。直秀が置かれた状態に胸が痛み、あらゆる感情が涙として目に溢れた。


「彬子…」


 久多良木はそっと彬子の背に手を回す。


「会ったことはねえが、とんだ下種野郎だな」

「ホント、嫌な奴」


 不快気に顔を歪ませる日本松と永露。それに同意するように、小豆畑は小さく舌打ちした。

 彬子は両手を離し、感情を整え息をつく。


「武の実行部隊『建御雷神(タケミカヅチ)』は、灯紫喜家を守るためにあります。主に護衛などですが、裏では色々な汚れ仕事も請け負っていると聞きました。幾人か面識はありますが、詳細は殆ど知らないのです」


 女であり家督を継げない彬子は、家の闇まで知ることはなかった。


「長が変わっていなければ、『建御雷神(タケミカヅチ)』は有島という男が指揮を執っています。柔術使いで、彼が私の護衛を務めてくれていました」

「そいつ、強いの?」

「恐らくは。――実際に戦っているところを見たことがないので」


 苦笑する彬子に、永露はげっそりと項垂れた。


「政財界の連中がどうなろうと知ったこっちゃないが、直秀が殺人人形にされてるのは我慢ならねえ。早く助け出してやらねえとな」


 日本松の言葉に、皆大きく頷いた。


「よーし! そうとなりゃ、日本橋に殴り込みだ!!」

「おうともよ!」


 いきり立つ永露と久多良木の背後に、小豆畑がぬっと立つ。


「早とちりするな」


 バシッ、バシッと、小豆畑の手刀が2人の脳天に炸裂した。唸り声をあげて2人は撃沈する。


「こんな夜に行ったところで、返り討ちで終わります。どうせ行くなら、お天道様の下で実行するべきです」

「ぐぅ……でも、目立っちゃわない?」

「目立って良いんですよ。派手に動けば、警官隊はおろか、陸軍も出てくるかもしれないですし」

「げぇ…」


 凄絶さを増す小豆畑の笑顔を見て、永露はブルッと震えた。

 警官隊に陸軍が出てくれば、布留川は無事では済まない。あえてその状況を誘い出そうと、小豆畑は考えているようだ。


「どれほど灯紫喜家が権勢を誇ろうとも、軍は一筋縄じゃ行かねえしな。上も下も色々絡み合って複雑だ。布留川家程度じゃ下部組織すら黙らせられんだろう」

「そうですね。最低でも甲斐荘(かいのしょう)重工くらいにはなっていないと」


 日本松と小豆畑は、特大の嫌味を込めて笑いあった。


「では、明日決行ですね」


 彬子は立ち上がり、皆の顔を見る。


「ああ。おめーらしっかり寝ておけよ」


 はいっ! と元気に返事をして解散した。




 ビルの3階は従業員の個室がある。彬子は自分の部屋に入り、無残に荒れ果てた有様に軽く首を振った。

 床に散らかるオムライスの食べ残し。


「美味しそうに食べていたって、美桜さん言ってたわね…」


 片づけをしながら、どんな食べ物が好きなのか、嫌いなものはあるのか知りたいと思って苦笑いが漏れる。

 そしてふいにしゃがみ込んで、膝を抱えて顔を伏せた。


「昔の私は、何も知らないお嬢様で、何もできない奥様だった。――でも今は自分の足で立っている。みんなの支えがあってこそだけど」


 伏せていた顔を上げて、ゆっくりと立ち上がった。


「直秀をあんな目に遭わせてしまった責任の半分は私にある。林太郎さんと向き合い戦いもせず、8年も放置してしまった…。女だから何もできない、させてもらえないと言い訳をして逃げていたの」


 自分の無責任、弱さを認め、戒める。


「ごめんなさい直秀。あなたを必ず助けるわ。そしてチャンスを頂戴。あなたの母親として、一緒に再出発させて欲しい。――必ず守ってみせる」


 窓を開けて夜空を見上げた。欠けた月は白く、淡い輝きを放っていた。


「待っていてね」




 翌朝、彬子手製の絶品朝食をたいらげた後、一同は1階に集合した。


「では、最終確認をしておきます」


 小豆畑は薙刀の柄を、床にトンッと軽く打ち付ける。


「私、永露、久多良木の3名は各自散って行動。社長と俵積田さんはお2人で行動してください。目的は直秀くんの奪還。――歯向かってくる者は全て敵です。情けも容赦も必要ありません」

「おう!」

「そうこなくっちゃ」


 永露と久多良木は、サムズアップで闘志を表す。


「奪還後、集合はデパート前でいいですか、社長」

「そうだな」

「ではみなさん、そのつもりで」


 確認が取れたところで、


「やっぱり、虫の知らせは大事だな」


 のっそりと斎部刑事が姿を現した。


「あら、応援に来てくださったの?」


 白々しい彬子の言いように、


「止めたらおとなしく茶でも飲んで待っててくれるのか?」


 クスッと彬子は笑い、にんまりと斎部刑事を見る。


「もう『風神』の原動機(エンジン)は温まっているのよ。直秀を早く迎えに行けって言ってるわ」


 不敵に笑む彬子の背後には、抑えたようにエンジン音を鳴らす大きな蒸気車が停まっていた。フロアには油の臭いが満ち、蒸気の煙で白くけぶっている。

 T型フォードのような外見をしているが、大きくて黒い煙突が3本も後部についている。しかも車体は2倍もある大きなものだ。


「俺の改造蒸気車よ。布留川製の蒸気車なんて足元にも及ばねえ」


 運転席に座る日本松は、ゴーグルをかけて舌なめずりする。とても御年68とは思えないほどの、活力が漲った目をしていた。

 一色触発の緊張感にあてられて額を押さると、斎部刑事は眉間に皺を寄せる。


「ったく、甲斐荘家にも困ったもんだな…」

正悟(しょうご)さん」


 いきなり下の名前で呼ばれ、斎部刑事は目を瞬かせた。


「止めても無駄。行ってきます」


 悪巧みを考えている時の、あの懐かしい表情(かお)。幼いころに何度も見た顔をする彬子を見て、斎部刑事は苦笑した。

 おそらくこの中で彬子が一番弱い。しかし誰よりも強い意志に漲っている。

 伯爵令嬢だった彬子、職業婦人の彬子、母としての彬子。そして今は武士の彬子だ。


「後でムショに放り込んでやるからな!!」


 ブシュウッと大きな音を立て、フロアに熱気が満ちる。


「行くぜ!」


 爆音を轟かせて『風神』がビルから飛び出した。通行人たちが何事かと驚いてひっくり返る。

 日本橋方面へ向け、『風神』は突風となって驀進していった。

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