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第5話:8年ぶりの再会

斎部(ものいべ)男爵家の三男坊で、彬子と同い年で幼馴染。そしてサキガケ堂面々とは顔なじみだ。


日本松(おやっさん)に呼び出されてな、お前の護衛をしろと。――国家権力を顎で使うなよ」

「ははっ。公僕なんだから、愚痴愚痴言うな」


 ガハハッと日本松は大声で笑った。

 自分よりも頭3個分は背の高い斎部刑事を見上げ、彬子は「はぁ」とため息をついた。

 痩身で肩幅が広い。オマケに背が高いものだから、圧迫を感じてしまう。


「護衛は助かるわ。よろしく、斎部刑事」




 サキガケ堂を出た後、赤坂方面の路面電車の乗り場に向かう。


「どこへ行くんだ?」

「灯紫喜家の本宅よ。社長から話は訊いてないの?」

「ああ。詳細はお前に訊けだとよ」


 その場に立ち止まり、彬子は斎部刑事をつくづくと見上げる。


「もう…、昔から変わらないわ、あなた。目的も訊かずについてくるなんて」

「へへっ。嫁さんにもよく言われる」


 少しも悪びれてない様子で、斎部刑事は陽気に笑った。


「林太郎に会いに行くのよ」


 表情をちょっと曇らせた彬子を見て、斎部刑事は小さく首を傾げた。


「だったら、行先は本宅じゃねえよ」

「え?」

「あいつは今、世田谷に屋敷を建てて住んでいる。本宅へは殆ど近寄ってないみたいだな」

「そうなのね…」


 夫婦で居た頃、本宅での扱いの酷さを思い出す。彬子は複雑な表情(かお)をした。


「濡れ衣着せて追い出した奴に、今更何の用だ」

「……」


 直秀のことを話すかどうか迷う。


(彼は私の諸々の事情を知っている。でも、逢引き宿の件もあるし、万が一直秀に嫌疑でもかけられたら…)


「赤いバッスルドレスの女が、子供を抱いて逢引き宿から逃走した。ってタレコミがあってな」


 ギクッ


「黒いエナメルバッグを腕にかけてたとかナントカ」


 斎部刑事は愛嬌の良い顔に、ニヤっと笑みを張りつけた。


「誰かさんと、よーっく容姿が似てるなあ。俺にはそう見えるんだが?」


 胸元を飾る真鍮の歯車の飾りが、身体の震えでカチカチ鳴る。

 ドンッ――!


「そうよ私よっ! 私は浮気調査員だもの、逢引き宿くらいしょっちゅう行くわよ調査しにね!!」


 爆発するように肩を怒らせ、思わず声を荒げてしまった。

 青空へ吸い込まれて行く大声に、通行人たちが怪訝そうな視線を投げかけていく。


「まあまあ、落ち着け。色々事情があんだろ」

「判ってるじゃない」


 彬子は精一杯上目遣いで、斎部刑事を睨みつける。


日本松(おやっさん)に呼び出されたのは偶然で、お前に話を訊きに行こうとしてたんだ」

「あっそう」


 子供のように拗ねた彬子を見て、斎部刑事は苦笑いを浮かべた。


「道中暇だしな。色々話、訊かせてくれや」




 一部田園風景を残したまま、そこはまるで工業地帯のようだった。

 煙突からモクモク蒸気が噴き出し、鉄鋼の触れ合う音が辺りに鳴り響いて騒々しい。


「ここが世田谷?」

「ああ。布留川帝国なんて、蔑称がついちゃいるけどな」


 圧倒される光景に、彬子はゴクリと生唾を飲み込む。


(これが、林太郎さんの仕事の…)


「ここいらは華族や資産家の邸宅が並んでたんだが、布留川家がどんどん買い占めちまったそうだ」

「そう、なのね」

「事業拡大で工場を沢山建てて、住人たちを追い出し、すっかり変わり果てた」


 路上には身なりの貧しい人々が多く歩いている。

 工場の従業員だろう。


「こっちに林太郎の屋敷がある」


 斎部刑事に案内されて進んでいくと、整えられた森林の敷地の奥に、煉瓦造の建物が姿を現した。

 3階建ての大きな洋館だ。


「立派なお屋敷ね」


 彬子は屋敷を見上げる。見る者を圧する、林太郎の矜持を体現しているようだと思った。

 8年前にはけっして見えなかった林太郎の一面。今更知ることになり、どこか寂しくもあり恥ずかしくもあった。


「面会の約束は、当然してないんだろ?」

「ええ、もちろん」

「なら、特攻あるのみだな」


 斎部刑事はドアノッカーを豪快に叩いた。

 辺りにカンカン音が木霊する。

 暫くして、ドアが開かれた。


「どなた様でございましょう?」


 ドアから顔を見せた男を見て、


「桜島!」


 彬子が声をあげた。


「……、もしや、彬子お嬢様?」


 黒の燕尾服を着た男――桜島は、細い目を驚いたように見開いた。


「ええ、彬子よ。久しぶりね」


 桜島は躊躇わず、深々と彬子にお辞儀をした。


「お久しゅうございます。見違えましたな」

「あれからもう、8年も経つもの」

「横からすまないが、俺はこういうものだ」


 警察手帳を見せて、斎部刑事が割り込んだ。


「斎部男爵家の。御用件を承りましょう」

「林太郎に会いに来たんだ。俺はともかく、彬子が会いたいそうだ」


 桜島は細目を彬子に向け、少し深沈した後、


「御知らせしてまいります。お待ちください」


 そう言って、ドアをそっと閉めた。


「驚いたわ。灯紫喜の本宅にいるはずなのに、林太郎の屋敷にだなんて」


 桜島は灯紫喜伯爵家に仕える執事だ。それがここにいる。

 本宅の様子が薄っすら気になった。

 10分ほど待たされて、やっと桜島は再びドアを開けた。


「旦那様がお会いになるそうです。お入りください」


 そう言って、2人の為に大きくドアを開いた。




 斎部刑事は別室に案内され、彬子は執務室に通された。

 欧州の立派な家具が室内を彩り、奥に置かれた重厚なデスクを前に、懐かしい姿があった。


「お久しぶりね、林太郎さん」


 彬子は真っすぐ林太郎を見て、臆することなく声をかけた。


「元気そうだな」


 短く答えた林太郎の声。

 林太郎の声が大好きだった。名前を呼ばれるたびにドキドキしたものだ。今ではただ、懐かしい気持ちにしかならなかったが。

 顔を上げて彬子を見た林太郎は、ほんの僅か、意外そうな顔になった。


「すっかり職業婦人じゃないか。深紅のドレスなんて、着るんだな」


 長かった黒髪はバッサリと切り落とし、ふわっとパーマをかけている。

 真鍮製の歯車飾りを随所にちりばめたドレスを身に纏い、ゴーグルや羽根飾りをつけたファシネーターを被っている。

 林太郎の知る8年前の彬子とは、まるで別人だ。


「あなたにお聞きしいことがあってまいりました」


 応接セットを回り込み、デスクの前に立つ。姿勢を正した。


「直秀に、何をさせているの?」

「なに?」


 林太郎は怪訝そうに彬子を見上げた。


「浮気調査――仕事で訪れた逢引き宿の一室に、直秀が居たわ。それも、手にナイフを持って」

「……」


 林太郎の眉間に縦皺が寄る。

 それを見て、彬子は語気を強めた。


「”自らの記憶を改竄してそれを周囲の他人にも強制的に認知させることが出来る”灯紫喜の異能力、『虚実綴り』を使っていたわ、あの子!」


 キャメラ子の異能力『映し鏡』で見た直秀の行い。

 躊躇いもなく力を使い、あの男女にナイフを刺していた。

 それを思い出して、怒りのために(はらわた)が熱を帯びる。


「直秀はまだ8歳なのよ! それをあんな、人殺しをさせるだなんて!」

「何故知っている?」


 一層不可解そうな表情(かお)になり、林太郎は席を立った。


(キャメラ子のことは、伏せておいたほうが良いわね)


 彬子は怯まず一歩前に出る。


「それに様子がとてもおかしい。虚無で茫然としていて、心ここにあらずな状態なの。一体何をしたの、直秀に」


 林太郎は窓際に立ち、そして彬子を振り向く。


「この2年間、催眠をかけ続けている」

「なっ、なんですって!?」


 想像もしていなかった解答――。黒い手袋に包まれた手が、ワナワナと震えた。


「『虚実綴り』を使って政敵を暗殺させるためだ。まだ子供だからな、言っても指示通り動かないだろう。だから、催眠をかけているんだ」


(これが父親の言うこと――)


 冷めたように淡々と言う林太郎に、彬子は激高した。


「なんてことをさせているの!!」


 バンッと両手でデスクを叩く。


「自分の子供を殺人人形にするなんて、あなた正気なの!? 信じられない!」

「私の子供かどうか、怪しいじゃないか。私の居ぬ間に、いくらでも密夫を引き込めただろう」


 フッと嘲笑う林太郎に、彬子は険しく睨み返す。


「不誠実な行いをした覚えはないわ。8年前も言った筈です!」

「どうだか」

「成長したあの子――直秀は、あなたにそっくりじゃないですか。赤茶けた薄い髪の色も、色素の薄い瞳も、端整な顔立ちも」


 自分に似ていないことは残念だったが、林太郎のエキゾチックな容姿に似たことは嬉しかった。

 彬子の指摘に、林太郎は不快気に口の端を歪め、視線を逸らせた。


「もう、あなたには任せておけません」

「なんだと」


 低く唸るような彬子の言葉に、林太郎の頬がピクッとなった。


「直秀は私が育てます!」

「はっ、直秀は次期灯紫喜伯爵だぞ。すでに灯紫喜の家から追い出されたお前に、養育する権利などない」

「私は直秀の母です!」


 魂を込めて叫んだ。


「たとえ家から勘当された身でも、直秀を産んだのは私であり、母であることに替わりはありません」


 あまりに毅然とした態度に、林太郎は言い返せずにいた。

 8年前の彬子にはなかった過激な一面。


「私が直秀を、立派に育て上げてみせます」


 両の拳をグッと握り、彬子は念を押すように言いおく。

 そして、颯爽と執務室を後にした。

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