第10話:異能力『千手観音』
小豆畑は壱番倉庫の中へ入ると、ムワッと押し寄せてくる臭いに顔をしかめた。
「これは…、物凄い数の材木ですね」
広大な倉庫内を圧するほどの材木。半数以上は、伐り出したままの状態だった。それを太い縄で固定している。
「最近各地で禿山現象が多発していると新聞社の記者が言っていた。まさか、布留川のやらかしではないでしょうね」
「だったらどうする?」
応える声がして、小豆畑は声の方に顔を向けた。
「布留川をかき回す良い材料になるでしょう」
「させねーよ」
艶のない長い黒髪、顔の半分を覆い隠し、全身黒の装束で身を固めている。
灯紫喜家の武の実行部隊『建御雷神』のお出ましだ。
リーダー格のような男は、手に拳鍔をはめながら歩いてきた。その後ろから、似たような格好の男たちが姿を現す。
サッと見て、
「30人、といったところですかね」
小豆畑は黒縁眼鏡のブリッジに指をかけた。
「少々鼻息の荒い連中だと報告があり、手を抜くなと上から指示があったからな」
「ほほう」
『建御雷神』の黒雷班30人も動員したことを、感謝してほしいもんだ」
「そうか。なら、光栄でございますと、感極まらなくてはな」
両手で薙刀の柄をグッと握ると、小豆畑は地面を蹴って前に飛び出した。
リーダー格の男の面前に迫ったところで大きく振りかぶり、加速と力を込めて振り下ろす。
「クッ」
咄嗟に横に避けるが、リーダー格の男は衝撃波を食らって、仰け反って後ろに倒れ込んだ。
小豆畑はすかさず身体の向きを変え、その反動で薙刀を下から上に払う。
「ひいっ」
しかし刃は複数人の男たちに止められた。
「見かけによらず、凄まじい力だな…」
刃を止めた男の1人が、手を微かに震わせくぐもった声で唸る。
小豆畑は派手な柄をあしらった詰襟シャツに、黒いアンクルパンツ。派手な加工を施した真鍮の飾りが随所にあしらわれている以外は、ドコにでもいそうな姿の青年だ。
やや細身で神経質そうな面立ちも、取り立て珍しくもない。
ただ、その鋭い眼光は、黒雷班の男たちを怯ませるに十分だった。
「この程度で、止めたと思われては心外です、ねっ!」
ググッと腕に力を込めて、小豆畑は更に薙刀を上に払う。
その衝撃で、止めていた男たちが吹っ飛んだ。
周囲に控える黒雷班は、呆れたように少しさがった。
「ふぅ」
小豆畑は乱れた髪を、手でススッと整える。
「正直、他人の家庭の事情など私にとって関係のないことです。しかし、俵積田さんは我が社の同僚、他人事ではありません」
薙刀を構え、小豆畑は起き上がったリーダー格の目をじっと見据えた。
「私にも大事な息子が一人います。子を持つ同じ親として、俵積田さんの気持ちは、少しは判るつもりです」
ジリ、っと足を前に出す。
「我が子を殺しの道具に使い、母親から子を奪うなど言語道断! それを知っていながら諾々と従っている貴様らも反吐が出る!」
薙刀を頭上で旋回させ構え直し、再び前に飛び出した。
「同じ手は食うかよ!!」
リーダー格の男が叫ぶと、小豆畑を取り囲んでいた黒雷班が、一斉に小豆畑に襲い掛かった。
それをチラと見やり、小豆畑は不敵な笑みを口の端に滲ませた。
「異能力発動、『千手観音』!」
突如小豆畑の両肩から、ババッと無数の鋼のアームが飛び出した。
黒雷班全員が仰天して「なっ!?」となる。
1本は箒の柄ほどの太さだが、いくつかの関節で折れ曲がり、虫の脚のような動き方をしていて不気味である。
ガシャガシャとした金属音が鳴り渡り、倉庫内に反響して臓腑を圧倒する。
「全く、こんな意味の判らない異能など、使い道は事務の複数同時処理以外にないと思っていましたが」
ニヤリ、と口の端を歪ませ、薙刀を正面に突き出した。
「ぐはっ」
リーダー格の男の胸に、薙刀の刃が深く突き刺さる。
「多勢に無勢とは、私には通用しない諺です」
四方八方に伸びた無数に鋼のアームは、黒雷班全ての胸や腹を貫いていた。
「い、異能力…持ちとは…聞いて…」
「おやおや、リーダーたるもの、準備万端怠ることなく備えなければ、こういう結果を招くのです。部下の皆さんに、多少、同情を致します」
少しも同情していない凄絶な笑みで、小豆畑は更に薙刀を奥に突き刺す。
「ぐぁ」
「リーダーの資格もないくせに、その座に胡坐をかいている輩が、私は心底嫌いです。嫌悪します。ただ、こんな性格ですから、腰を落ち着ける職場には大変苦労をしました」
今にも息の根が止まりそうなリーダー格の男を見下ろし、小豆畑は深々とため息をついた。
「我慢の出来ない未熟者故、働き口を探すのも一苦労でした。しかし、たまたま浮気調査中の俵積田さんと出会い、それがきっかけで社長に雇っていただき、今の私があるのです」
橋の欄干の上に無理な姿勢で乗り、浮気現場をキャメラ子で撮影しているところだった。
強風が吹いて落ちそうになったところを、慌てて助けたのが出会いである。
咄嗟に『千手観音』が発動してしまい、それで間に合ったのだが、驚かれるどころか死ぬほど感謝された。
「あの2人には恩義があるんです。私は、受けた恩は倍にして返す主義です。そういうことなので」
思い出語りのあと、小豆畑の目は冷え冷えとした光を宿していた。
「お疲れさまでした」
ドサドサッと大きな音を立て、倒れた黒雷班全員が絶命していた。
肩に生えていた無数の鋼のアームも消えていた。
「黒雷班、ですか」
小豆畑は腕を組んで、少し首を傾げる。
「神話からなぞらえたなら、あと7つ班はいることになるんでしょうか。――華族というものは度し難いですね」
やれやれ、と肩をすくめた。
「さて、この違法にかき集めた材木の証拠を、あとできっちりキャメラ子で撮ってもらわないと」
乱れた衣服を直して身なりを整えると、小豆畑は倉庫を後にした。




