第61話/99話 「結び直す 絆」③
〇
「いや~~ごめんごめん。ありがとう、の前に、ごめんね、だったわ」
「私はちゃんと入れたからね」
「だからさあ、ユミ、そんなの大したことないって。学級委員なんかどうでもいいじゃん。みんなのリーダーはこれからもユミだよ」
あたしは、へらへらと笑ってそう言う。
が、ユミは
「どうでもよくないわよ! お兄ちゃんが去年も一昨年も『すごいね』って言ってくれたんだから! ……ああ~~!」
真っ赤な顔のまま、ぷりぷりとそんなことを言った。
ユミの兄はとても優秀な人だと聞いたことはある。アタシは会ったことが……あったかなあ。
「え、そ、そうなんだ……」
アタシはユミの勢いに圧倒されてしまう。
立てた手の甲をユミに向けて口に当て、アタシにスズちゃんがひそひそと言う。
「シオリちゃん、ここからの発言は気を付けた方が良いよ。ユミちゃん、ぶっちゃけブラコンだからね」
「ブラコンって何?」
「お兄ちゃんが大好きすぎる人のこと」
「うわ、キモっ」
思わず、口に出てしまったアタシ。
「だ、だれがブラコンよ。大体、シスコンの弟持ってるシオリに、そんなこと言われたくないんだけど!」
ユミはずっと顔が赤い。
……んだけど、そもそもさあ。
「シスコンって、ブラコンの逆なら、お姉ちゃんが大好きな弟?」
「うん」
「シュンのこと? アイツ、アタシのことそんなに好きじゃないでしょ」
アタシはそんなことを感じたことが無い。
出来の良いシュンにとってアタシは、頭の固い愚鈍な姉だ。
「何言ってんの! 去年、縦割りの落ち葉拾い、あったじゃない?」
「うん」
縦割り活動。学年の違う子とコンビを組まされ、様々な行事に参加する催し物だ。
落ち葉拾い、もその一つ。
桜山小学校には、芋を育てるための広大な畑があり、その肥料とするため、芋を収穫した後、近くの森林公園に落ち葉を拾いに行き、畑に埋める。翌年の春に使えるように。
ユミと、2年生だったシュンが去年コンビを組まされた、ということだろう。
「あんたの弟、以前駄菓子屋で会って、知ってたからさあ。何気なくあんたの話題振ってみたわけよ」
「ほう。悪口ばっかり言ってたでしょ」
「全然。ずっとあんたの自慢話よ。ねえちゃんはすごい、ねえちゃんは頑張ってる、ねえちゃんはかっこいい、ねえちゃんはかわいい。ねえちゃんはかしこい、ねえちゃんはやさしい、ねえちゃんは偉大、ねえちゃんはとてつもない……えとせとら、エトセトラ。あんたのエピソードも、耳にタコができるまで聞かされたわ」
「えっ……マジ? 知らなかった……」
「シュンくん、そんな感じなんだ……まあシオリちゃんがお姉ちゃんなら、わからなくはないかもしれないけど」
……。
帰ったら、おかずの野菜くらい分けてやるか。
〇
「しっかし、シオリがこんなふうになってしまうとは。なんか」
ユミがしみじみと言い――。
続ける。
「みんなのリーダー的に帰ってきてくれればよかったのに。女番長みたいな」
「番長って……。バカでしょ。ヤンキーと冴えない女が付き合う少女マンガの読みすぎなんじゃないの」
不良のバトル漫画かもしれないけど。
「あはは。……サトミちゃんも、ここにいればよかったのにね」
スズはそんなことを言う。
言われてみれば。少し寂しい。
と、ユミが少し嫌そうな顔をする。
「サトミは……いなくて良かったかもしれない」
「なんでよ」
少しイラっとしたアタシ。語気が荒くなる。
ユミは続ける。
「いや、だってさあ……。サトミが今までいたら、弱ったシオリ、多分どっかでサトミに負けて変なことになってるよ。女だからギリ助かったかもしれないけど。サトミの理性はそんなに強くないよ」
「ちょ、サトミをそんな風に言わないでよ」
「私もそう思う。サトミちゃんの愛情は、半分以上そういうやつ」
ええ~~……。
スズまで……。
「マジで。サトミが男で、今までいたら、あんたの貞操、とっくにないからね」
「ぐっ、サトミが、そんなわけないでしょ。……つか、貞操って。それこそ少女漫画の読みすぎなんじゃないの。アタシたち、小学生だからね。高校生とかでしょ、そういうのは」
こめかみに、少しの血流が溜まるのを感じるアタシ。
と、ユミは、はあ~~、とオーバーにため息をつき、こう言った。
「これだから、ネンネは。雑誌によれば、今時、小学生でも5パーセントはそういうことしてるらしいよ」
「……マジ? それ、都会の進んでる子とかじゃないの」
ネンネという言葉も、大概古い言葉な気がするが。
まあ悪ぶるユミなら、似合っている言葉ではある。
つか、5パーセントもそういうことをしてたら、クラスに2人はいる計算になるだろうが!
「マジ。美容院に置いてる雑誌で見た。ああ、都会だと5パーセントで、田舎だともっと進んで30パーセントだって」
「うううううう、うそでしょ、桜山って、どどどどどどっちよ」
「少なくとも都会ではないから……。でも田舎ってほど田舎でもなくて」
「……間を取って、じ、10パーセントくらい? ク、クク、クラスに3人か4人いるの? 嘘でしょ……」
動揺して、カチカチと歯を鳴らすアタシ。
明日からクラスメイトを見る目が変わりそうだ。
「ユミちゃん、シオリちゃん、そういうのは雑誌を売るための、センセーショナルな数字なんだよ。真に受けちゃダメだよ」
スズちゃんが興奮するアタシを落ち着かせるように、」そう言ってくれる。
賢いこの子が言うなら信じられる。
「そ、そ、そうだよ、ユミ。それは多分、キキキ、キスの数字とかだよ」
「キスは平均40パーセントだって」
あっさり、ユミが言う。
なんだか言い争いみたいになるユミとアタシがいる。
「いや、それは雑誌を売るための数字じゃん! アタシ、ヘロヘロの時のフルートとしかキスしたことない! だいたい、40パーセントだったら、この3人の中で1人はいることになるでしょ、そんなわけないじゃん」
「可能性としては、あるでしょ」
「じゃあ、ユミはあるの!?」
「ない……けど……」
「ほぉら、見ろぉ!」
スッキリ。
ふふん、と。
鼻を鳴らして胸を張って、勝ち誇るアタシ。
何に勝ったのかはわからないけど。
「ねえ、スズ。ユミはアホだねえ~~……自分だけ大人ぶってさぁ」
と、調子に乗って、スズに話しかけて
「う、うん……そうだね」
なんだか歯切れの悪いスズを見る。
…………………………………………。
……えっ?
「あ、あの?」
「スズ?」
アタシたちの呼びかけに、スズは答えない。
目を逸らして、唇の端が引きつった笑いを浮かべている。
少しの沈黙。
……。
アタシとユミは顔を見合わせると、頷きあった。
これは多分、そういうことだ。
「スズ、いや、スズさん。こちらを向いてください」
「は、はい」
アタシの真剣な呼びかけに、向き直るスズ。
瞳は澄んで……泳いで。
「……キ、キスの、ご、ご経験が、おありになられますか?」
スズは目を瞑ると、コクンとうなずいた。
ええ~……。
バカな……。誰だ、この美少女を落とした男は……。
「だだだ、誰と?」
がくがく、と。
アホ面晒したユミが、スズに尋ねる。
頭が高いぞ。目の前にいるのは、経験済みの女だぞ。
そんなアタシの気持ちを尻目に、スズは
「……くーちゃん」
と、アタシたちに目を合わせずに言った。
くーちゃん……トモクニ!?
トモクニ!?
「えっ……付き合って、いらっしゃる……?」
ユミの言葉遣いまで、なんだかおかしい。
スズは、再度コクンとうなずく。
アタシとユミは、もう1度顔を見合わせる。
「えっ……ない」
「トモクニは……ない」
ユミとアタシの見解は一致している。
「どうすんのよ、シオリ、あんたのせいで、変な男に、スズがひっかっちゃったじゃないの」
そりゃ、2年近く隣の席なら、そういうこともあるかもしれない。そしてそれはアタシを守るためだった。
でもアタシのせいだけじゃないし。
「ふん。アンタがアタシに、デリカシーの無いことを言わなければ、そんなこともなかったんだ」
ユミとアタシの言い合いに。
「なんで!? くーちゃん、すごくいい人なんだから!」
スズちゃんが、ぷりぷりとしている。
怒ってもかわいい。
「……どこが、いいの?」
ユミ、その訊き方はないだろ。
アタシも同じことを思っていたが。
トモクニ。トモクニかあ……。
頭は悪くはない。良くもないが。
顔は……悪くない。絶対に良くはないが。
字は汚い。
足は速い。野球をやっている。
あ、でも野球やってる割に、うるさくないのはいいな。
うわさ話とかあんまり好きな方でもないし。
対してスズ。
かわいい。字が綺麗。足が速い。頭は良い。社交性抜群。
男なら誰もが、いや女でも恋人にしたくなる美少女は、釣り合ってなさそうな恋人のことを
「……やさしいところ」
とだけ答えた。
とても恥ずかしそうに。
それ以上の言葉は要らないとでも言うように。
「そ、そ、そうなんだ。あの、恋人がいる方に訊いてみたかったのですが、デートってどこでいたしますのですか?」
「そ、そうですわね。喫茶店の1つもこの町にはありませんでしょう?」
ユミの言葉遣いに乗せられるアタシ。
なんとかしろよ、学級委員だろ。元だけど。
「え……公園とか。お互いの家とか。自転車で隣町の図書館とかも行くし。科学館も行ったなあ。あ、春休みには映画に行ったよ」
「「へ、へえ~~」」
「あんまりきれいじゃない森とか、ちょっと遠くの山まで行っても、一緒に歩いてるだけで、楽しいよ」
忘れてた。
この美少女、鍛えてないのに体力あるんだった。
……漫画とかアニメに出てくるような、デートスポットとかなくても良いんだな。
「……くーちゃん、野球もあって忙しいんだけど、それでも会いたいって言ってくれるの。無理しなくていいよって、私は言うんだけど、来てくれるの」
えへへ、とスズは笑う。
「肉まんとか買ってもね、割って、大きい方を私にくれるし。普段、ぼ~~っとしてることも多いのに、私が危なそうなときは、ちゃんと気が付いてくれるし……」
ああ……。
ダメだ、溶かされる。
目の前の光の化身に溶かされる……。
「ああ~~!!」
突然、ユミが叫び出す。
「な、なに?」
「聞きたくない! もう聞きたくない! なんで私には彼氏がいないのよ? スズにだっているのに、私にはなんでいないんだ?」
何言ってんだコイツ。
自己評価が高すぎるだろ。
「いや、スズにいて、あんたにいないのは当たり前じゃん」
「なんでよ。私、結構かわいいと思うんだけど。スズに先を越されるなんて」
「ないないない。10人男がいたら、10人、ユミよりスズを選ぶ。……100人に1人くらいの、ユミが『女王さまとお呼び、ぺしぺし』ってやっても許してくれるようなヘンタイくらいでしょ。ユミを選ぶのは」
アタシの客観的な反論に、ユミはムキになって言った。
「なんでよ、私、彼氏ができたら尽くすタイプよ」
絶対、違うだろ。
ユミが誰かに尽くしてるところなんて見たことない。
「まあ、いいじゃん。別に好きな子もいないんでしょ。同級生とかみんなガキに見えてるんだろうし」
「……まあ。そりゃ。……シオリが男だったら良かったのに」
「仮にアタシが男でも、ユミは嫌」
「きぃ~~! ……あ、そうだ、スズ」
と、面白い叫びをあげた後。
少しだけ、ユミはリーダーの顔を取り戻す。
「何?」
「どうせ、みんなに言ったらからかわれるだけだし、まだ秘密にしたいって思ってるんでしょ? ちゃんと口止めしとくのよ」
「大丈夫だよ、くーちゃん、口固いし」
「もうすぐ修学旅行もあるんだから、夜は絶対そういう話になるんだからね。男子なんてみんなアホだから、一瞬で広まるわ。『目の前に写真突きつけられても知らないと言え』くらい言っとかないとダメよ。言ったら別れるって」
「う、うん。わかった。言うよ」
へえ。
ユミ、やっぱり、釘刺すところは刺すんだな。
〇
「修学旅行かあ……。どうしよう、夜に呼び出されて告白とかされちゃったら」
一瞬、リーダーの顔を見せたユミは、自分で言った言葉に、ふにゃふにゃとしている。
案外、夢見る乙女だよな。この部屋と同じで。
「ないでしょ、たかが一泊二日で」
「あるかも知れないじゃん。シオリだって、アキに呼び出されて、コクられたらどうすんの」
「いや、そんな気があるなら、とっくに言ってるでしょ。毎朝一緒にいるのに、一切そんな気配無いよ」
アホかコイツは。
男女が一緒にいるだけで、良い雰囲気になるわけでもあるまいに。
「……ないんだ」
「アキくんもかわいそうに」
〇
第61話/99話 「結び直す 絆」 終




