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第61話/99話 「結び直す 絆」②

 〇

 

 アタシの家より、ちょっとだけ大きい、いや2倍か……3倍くらい、の大きさの日本家屋。ユミの家。

 ユミの部屋。勉強机の横、床に置かれた小さな座卓に、アタシとスズ。

 

「粗茶ですが」

 

 ドン! と置かれる栄養ドリンク。

 

「リポDじゃん。高いのに。ありがとう、さすがユミ。……ああ、そうそう、こんな感じだった」

 

 周りを見回すアタシ。

 細かい模様のあるレースのカーテン。

 ベッドに転がる、汚れていない色とりどりのクッション。

 衣装ケースの上に、大量のぬいぐるみ。

 少し、甘ったるいにおい。

 

「私は初めてだけど。……こ、こんな感じなんだ」

 

 スズは若干、意外そうにしている。

 まあ、そうかも。


「で」

 

「ん」

 

「話があるから、来たんでしょ?」

 

 ぶっきらぼうにユミは言う。

 アタシといっしょの座卓に着いた、甘ったるい部屋の主がそんなことを言う。言葉の調子と内心と。ギャップに可笑しさを感じてしまう。

 少しの迷い。勢いで来たけれども、何を話すかは決めていなかった。

 

「シオリちゃん。素直に言えばいいよ。もう、大丈夫なんでしょう?」

 

 スズがアタシの心の背中を押す。

 思えば、いつも行きたい方向へ押してくれる子だ。

 だから、アタシは言う。そう言える。

 

「ユミ」

 

「あん」

 

「……ずっと、守ってくれてありがとう」

 

 そうだ。ユミはずっと見てくれていた。

 手を差し伸べようとも、してくれていた。

 そして、クラス内の位置で言えば、最底辺のアタシを、守ろうとしてくれていた。

 1年前、アタシは、ゲロ女、と呼ばれ、眼鏡を奪われ、殴られた。それを助けてくれたのはユミだ。

 その後、そのような機会は1度もなかった。

 複数回あってもおかしくなさそうな加害の現場。それを起こさせなかったのは、おそらくユミの――いやらしく言えば、カースト最上位の――何らかの力があってのことだろう。守られているような気配は、うっすらと常にあった。

 それくらい、アタシの位置は危なかったし、アタシは弱かった。

 思い出してみれば、守られているような気配すらあった。

 そして――それが分からないくらい、アタシは間抜けではない。

 

「な、なに、突然。私は何もしてないし。大体、あんたが元気になったのは、自分で頑張ったからでしょ」

 

 ユミの声は上ずり、でもなんだかうれしそうだ。

 結構、わかりやすいんだよな……。アタシはそんな感覚を思い出す。

 アタシは確かに強くなった。

 体は鍛えたし、フルートは上手くなった。それなりに。

 世界とつながる感覚を得て、透明な世界に溶けていくことができるのは、アタシの力だ。

 自分と自信を得たのは、アタシの努力だ。足りない部分もまだまだあると知らされてばっかりだけど。

 それでも――。

 

「時間を作ってくれてありがとう。アタシが頑張れたのは、……ユミも、スズも、もちろん他のみんなもだけど。とにかく、色んな人に守られてここにいる。だから、今日は、アンタに言う。アタシを守ってくれたアンタに言う……ユミ、ありがとう」

 

 アタシの顔は、多分今微笑(ほほえ)んでいる。

 鍛えた表情筋を意識して使わなくても、今のアタシは、自然に笑える。

 

「…………っ」

 

 そこまで言ったところ、ユミは、上下の歯を合わせて、でも唇は開いて、少し動揺(どうよう)したように言った。

 

「どこまで思い出したの」

 

「思い出したって言うか……その、覚えてるんだけど、ちゃんと向き合えてなかったものに、向き合えるようになった、みたいな。……全部覚えてる。多分、一番助けて欲しいときに、ユミは助けてくれなかった」

 

 アタシは正直に言う。少しだけ顔をしかめて。

 多分、強さを得なければ向き合えなかった。

 アタシが一番言われたくないことを、一番言ってほしくない時に、言ったのがユミだ。

 霧の向こうにあるようで、少しだけ見えてきた記憶の断片(だんぺん)

 

「そう……」

 

「あの、私も、あの時はいろいろ言っちゃって……。全然わからなくて」

 

 ユミをかばうようにスズがそう言う。

 あ、ちょっと待って。そうじゃない。

 

「スズ、違う。2人とも。アタシは、2人を責めに来たわけじゃない。ありがとうって、そう言いたいだけだから。あの日、いろいろ言われなくても、多分アタシは、そのうちダメになってたんだと、そう思う。2人がいてくれて良かった。あの日で良かった」

 

 2人が、なんだか罪悪感を抱えているようなので、アタシは言う。内心少しの焦りと共に。

 そうではない。

 きっと全てを抱え込んでいたころのアタシは、どうやっても破綻(はたん)する存在で。たまたま2人が、タイミング悪く、罪の目線でアタシを見るような立場に置いてしまった。

 

「……それにさあ」

 

 アタシは続ける。2人は黙って聞いている。

 アタシが何を言うのかと、少し恐れているような、期待しているような、そんな目で。

 期待されちゃあ、しょうがない。


「アタシ、今、結構フルート自信あるんだよね」

 

「「は、はあ」」


 あっけに取られたような、いや、呆れたような2人の声。

 心配するな、脈絡(みゃくらく)なく言ってるわけじゃない、

 アタシは続けて言った。

 

「友達が周りに大勢いたら、フルート始めようなんて多分思わなかった。もしかすると最初は逃げだったかもしれない。選択肢が無いから、フルートが続いたのかもしれない。上達して、腕前が跳ね上がるのを実感する瞬間は、すごく気持ちよくて……でも、そこまでのレッスンは辛いから。……みんなで遊んでる方が楽しいよ、多分。選択肢が無くて良かった。アタシがおかしくなったのが、周りから人が消えたのが、あのタイミングで良かった。今はそう思う。だから、今はそれでいい」

 

 アタシは確信を持って言える。

 きっと、今のアタシは弱くない。世界にはまだ届かないことが多いけれど。

 弱い自分の克服するには時間が必要で、タイミングも必要で、全部が全部、都合よく回って、今アタシはここにいる。弱くないアタシがここにいる。

 ユミを見る。少し、泣きそうな、そんな顔をしている。

 

「ユミ、スズ、だから、ありがとう。アタシを待っていてくれてありがとう。1年前、アタシはスズに、ありがとうって言わないって言った。友達だから。一方的に言うのは違うって。でも、何回言ってもいいと思う。一方的に伝えてもいいと思う。……ありがとう」

 

 それしか言葉が見つからない。

 と、ユミは、なんだかきまり悪そうに。

 

「……そんなに、見ないでよ」

 

「あ、ごめん」

 

 視線を()らされたので、アタシも外す。

 スズは、うわあ……と、あっけにとられたような顔をしている。

 口が開いている。


 ふふっ、と。

 ユミが笑う。

 

「あーあ。あんたに、負けたなら良かったのに。私の代わりにあんたなら」

 

「ん? 負けたって何? ……ああっ」

 

 ここでアタシは思い出す。

 今日、学級委員の投票で負けたユミを追いかけてここまで来たんだ。アタシの変な演説を聞かせるために来たわけじゃないんだった。

 

「あっ……それは」

 

 スズが言う。

 アタシも続ける。

 

「いや、ユミ、絶対ユミが負けるわけないと思って、アタシ、投票しなかった……んだよね。いくら何でも相手がかわいそうだと思って。相手に1票も入らないんじゃないかって。イサオも同じだった」

 

「は、はあ!?」

 

 ユミが大声を上げる。

 

「あ、くーちゃんも同じこと言ってたよ。私はちゃんと、ユミちゃんに入れたけど」

 

「はあああ!?」

 

 ユミが再度大声を上げる。

 

「いや、だからさあ……何票差だっけ?」

 

「1票差」

 

 アタシの疑問にスズが答える。

 ぷるぷる、と。

 ユミはアタシを震える指で、さしながら……(あご)をかくかくさせている。

 ……コイツ、普段は大人ぶってるけど、実はオーバーアクションなギャグマンガの世界の人間なんじゃないだろうな。

 

「負けてないじゃないの!!」

 

 ユミが大声を出す。

 真っ赤な顔をして。


 〇

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