第59話/99話 「見送る その流れを」②
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2月24日(金)
「発表会を、やりたいんです」
切り出すアタシ。
音楽室。楽器クラブの活動。
アキと、ヒロトくんとアタシ。それに顧問の小牛田先生。
真ん中にダルマストーブ。それを囲んでアタシたち。冬の自主練では使えないけど、クラブの日だけはこの暖房を使っていいのが、なかなかに贅沢だ。
「おお、発表会。1年の締めだし、いいかもね」
小牛田先生はゆるく、そんなふうに言う。この人には、前日、先に話を通してある。
「曲はどうするの?」
「シオリ、何かやりたいやつとかある?」
ヒロトくんとアキが、口々に言う。
みんな、楽器から手を離し、ストーブにかざしている。
立春をとっくに過ぎた2月の終わりとはいえ、4人だけの音楽室は、暖房無しでは寒い。
今朝も気温は氷点下だ。
「ヒロトくんが卒業しちゃうし、だからピアノが主役のやつがいいです。曲は、……あんまり知らないけど」
アタシは結局この1年間、自分の問題を、ヒロトくんに言えなかった。
言おうか悩んだ春の日、「シオリの体のことをヒロトくんに、どう話すつもりなの? まだ仲良くなってもいない子に、いきなり謝られても、かえってヒロトくん困っちゃうよ」とアキはアタシに助言した。
1年かけて、週に1回とは言え、一緒にやってきて、かなり仲良くなったつもりだけど、結局アタシは言えてない。アタシのせいで人前に立てないのを、怒ったりする子じゃないのは分かっているけれど、関係が壊れるのが嫌だった。
……まあ、もしかすると知っていたのかもしれないが。向こうが言わないならアタシも言わない。
「へえ。オレのためにか。なんだか悪いな」
「かっこいいところ、見たいなって」
アタシは、へへ、と笑う。
「後輩の女の子にそういわれちゃうと、なんだか、やる気になってくるな。リクエストはある?」
「1曲はあれがいいな。あの……曲名は知らないけど、何回か弾いてくれた……小牛田先生が歌ってたやつ。夏休み前の、同じ日に何回も弾いてくれたやつ」
アタシが言うと、ヒロトくんは少し考え込んだ。
メロディーは覚えていても、アタシはタイトルをあまり覚えない。
ヒロトくんは、思い出したように、口を開く。
「……ああ、あれね。リクエストされて、弾いてるうちに、すごくいいなって思ったから覚えてるよ」
「あ~~……楽しかったよね」
ヒロトくんもアキも覚えている。さすがだ。
三連の低音を重ねたパターンを何度も何度も繰り返し、小さな変化を続けるその曲。
進むことよりも『積む』ことを続ける曲。
淡々と、小さな変化を、ただし力強く、積み重ねて、ほんの節目で輝くようなそんな曲。
「あ、でも」
アタシは思い出す。
「ヒロトくんは弾けるし、アキは即興でも入れるけど、アタシは楽譜無いと無理だな……。ボンゴでもいいんだけど」
皮を張った、2つセットの小さな打楽器は、この1年ですっかりアタシのお気に入りだ。
フルートに疲れたとき、遠くを見たいときは叩いている。
「じゃあ、フルートの楽譜は、僕が用意しようか。書いておこう」
小牛田先生が、緩い調子でそんなことを言う。
「えっ、先生、楽譜書けるんですか?」
アタシは驚いた。
「音楽専攻の教師は、大体書けるよ。まあ簡単なものでいいだろう。ピアノをメインにしたいんだろう? それを邪魔しないように書くよ」
「お、お願いします」
へえ~~。大人ってすごいんだなあ。もしかすると、見せないだけで、出来る人はその辺にゴロゴロいるのかもしれない。
「発表会なら、3曲くらいは欲しいよね」
アキがそんなことを言う。
アタシもそう思っていたところだ。
「リクエストじゃなくて、ヒロトくんが弾きたい曲が良いよ。卒業記念コンサートって感じでさ」
そんな風にアキは続ける。
「う~~ん、弾きたい曲も好きな曲もいっぱいあるからなあ……。あ、じゃあ、今から弾く曲聞いてよ。よければこれにしよう」
そう言うと、ストーブの輪から、スタスタとヒロトくんは抜け、ピアノの前に座る。
少し前まで弾いていたから、開けてあったピアノの蓋。
ぷらぷら、と。
両の手の平を振り、手首を回して、ヒロトくんはニヤリと笑って弾きだす。
……いかにも芸術家っぽくて、かっこいい。アタシも今度やろうと思ったが、想像してみたら、師匠にぶっ飛ばされそうなので、即座に却下した。
弾き始めたその曲は、――――音が少なく、少ないのに分厚くなる、そんな曲だった。
左手はほとんど動かない。いやゆっくりとしか変化をしない。
ひたすら支える低音が力強くそこにある
メロディーも同じことの繰り返し。ただその場にあって、重くなる。
重くならない音が、重くなる。
温かい雨が降り、地面に少しの水たまりができるように感じた。
「……どうだった?」
曲が終わり、そんなことをヒロトくんが言う。にっこり笑いながら。
ずるいなあ。仮にダメでも肯定せざるを得なくなる。そんなことはこの人の演奏で1度もないんだけど。
「いい」「いいね」
「じゃあ、2曲目はこれで」
アタシたちの反応に、ヒロトくんが言う。
うなずいて、納得したように。
「ヒロトくんが好きで、あんまり長くない曲だし、やっぱり映画の曲なの?」
アタシの純粋な疑問。
技巧を見せつけてこない時の、ヒロトくんの弾く曲は、大体そうだ。
「ああ、うん。いい曲でしょ? 映画も見たんだけどね。オレは好きだけど――」
「初鳥さんは、もう少し大人になってから見た方が良いだろうね」
横から、小牛田先生がそう言って。
ヒロトくんと、目を合わせてニヤリとする。
男の世界があるらしい。
「3曲目はどうしようか? どっちもオレがメインだから、最後は2人の希望を通した方が良いんじゃない?」
ピアノの前の椅子に座ったまま、ヒロトくんが、少し遠慮がちに言う。
アタシとアキは顔を見合わせ、にっこり笑う。
それでも。
アタシたちの答えは決まっている。
「僕たちで決めていいんですか? ……そうですね。ピアノがメインで、なんならソロで~」
アキが言って、アタシが続ける。
「死ぬほど、難しくて、『どうだ!』って曲がいいな」
この発表会の主役はヒロトくんだ。
アタシたちの誇れる先輩を見せつけるのが、本人が嫌だと言っても見せつけるのがこの発表会の趣旨だ。
「ええ……オレが最後まで主役なのか」
困惑するヒロトくん。
……アタシは、ストーブの輪を離れ、そのままピアノの前のヒロトくんの背後に移動する。
「ん?」
座ったまま、アタシを見上げるヒロトくん。
アタシはとっておきの切り札を出す。
「おねがぁい。アタシぃ、センパイのぉ、かっこいいところ、見たいなあ~~……ふっ!」
「うわっ」
腕を下に、手を組んで。ちょっと斜めに相手を見て。
シナを作ってくねくねと。
師匠が教えてくれた色仕掛けだ。耳元に、甘ったるい息も吹きつけてやった。完璧。
……師匠は、プルプル震えながら「いける、いける!」と言っていたので間違いないだろう。
「……あのさ、シオリちゃん」
「ん」
「オレを焚きつけたいのは分かった。やるよ、やるけど、今のは……」
ヒロトくんは、言いづらそうに、もごもごと。
なんだ、アタシの色っぽさにノックアウトか。
と、ストーブの輪の方から、アキが言う。
「……シオリ、気持ち悪いよ」
「うん。あと、鼓膜が破れるかと思った」
「ええっ! ……ええっ……」
2人の言葉に、ショックを受けるアタシ。
結構自信あったんだけどな……。
アタシは、とぼとぼとストーブの輪に戻る。
「まあまあ、じゃあラストは難しい曲にしようか。蕪栗くんの性格からして、決めるのが難しいなら……『月光』は弾ける? 通しでやると長いから、第三楽章だけとかどうかな」
先生が、にこにこと言った。
「ええ……月光ですか……。やれますけど、少し練習しないと無理です。1週間ください」
ヒロトくんが少しのためらいを見せる。
へえ。
1年間、なんでもひょいひょいと弾きこなすところしか見てこなかったから、こんな反応は初めてだ。
「ねえ」
「ん」
「難しいの?」
アタシは小声でアキに訊く。
「縄跳びのハヤブサしながら、校庭1周するみたいな曲だよ」
そんなことをアキが言う。表情からするに、多分マジだ。
ちなみに、アタシは二重飛びすら飛べない。
「決まりだね。じゃあ、『送る会』の後に、ここ、音楽室で発表会をしようか。先生たちに話はしておくから」
2週間後、5年以下の在校生と卒業生の間で、互いにメッセージをやり取りする全校集会『6年生を送る会』がある。
その後の2次会でやろうということだろう。
「告知は、……どうしよう?」
少し考えながら、アキがみんなを見回して言った。
アタシは、一応、案の用意があったので、そのまま喋ることにする。
「当日、『送る会』のアナウンスで、言ってもらうだけで良いと思う。いっぱい人が来るのは、事前に宣伝した方だけど、それだと、来た人に『参加させられた』みたいな意識が出ちゃうと思うんだ。当日言われて、やることもないし聴きに来てみたら、同じ同級生のヒロトくんが、すごい演奏してたって方が、体験として良いと思う」
なんとなく、これまでの経験から。
そう。小学生は、事前に心の準備をさせられると負担になる。
「そっか。よし。アキくん、シオリちゃん、楽しみにしておいてね」
「でもシオリ、当日告知で、人が来なかったらどうするの?」
「……アタシが、ハヤブサで校庭を1周する」
――アタシは二重飛びが飛べない。
〇
3月8日(水)
「この後、音楽室で、音楽クラブの発表会があります。時間のある6年生はぜひ聴いていってください」
そんなアナウンスを入れてもらった、『6年生を送る会』。
音楽室で準備をしていると、人がどんどん来る。
桜山小学校の各学年の人数は大体100人そこそこ。
……全員来たんじゃないかってくらい、人がいる。卒業生って暇なのか!?
……よく見ると、6年生じゃない子も混ざっている。結構いる。いやお前ら、普段、音楽好きじゃないだろ。好きだったら、なんでアタシたちの楽器クラブには、3人しかいないんだ?
そのままだと、とても入れそうにないので、机と椅子を外に出してもらった。体育館とかへの会場の変更も考えたが、ピアノを今から移動するのは無理だ。
短い3曲しかやらないのに、準備の方が大変だ。
アタシの出るコンクールも、裏方はこんな感じなんだろうか。
そんなことを考えながら、用意した、アタシも吹く2曲。
マイクを使わないと、小牛田先生の曲紹介が聞こえない、すし詰め状態の音楽室。
そんな曲紹介の後で、「へえ、そんな背景がある曲だったんだ」と思いながら吹く。
あたたかい拍手が最初と最後にあり、割と好評で、ほっとする。
人が多いから吸音効果が心配だったが、この場にいるのは、全国一のラッパと、一応県下一の笛、そしてアタシの知る中で一番のピアノだから問題ない。
ラストのヒロトくんの『月光』ソロは――すごかった。
ハヤブサで校庭1周するより、ずっと、――すごかった。
〇
「2人とも、ありがとう。小牛田先生も、ありがとうございました」
片づけを終えた音楽室で、ヒロトくんが満足そうに言った。
「はいよ。あとは、わかいもん同士で~~」
そんなことをゆるい調子で言って、先生は音楽室を後にする。
「あの――。いや、やっぱり、なんでもない……」
アタシはためらいながら、ヒロトくんに話しかける。
最後に、アタシの体のことを知っておいてもらおうか、いや、知っていたのか確認しようかと思った。
でも、無粋だ。
卒業していく、陽気なピアニストには、そんな話題は似合わない。
「なに、シオリちゃん、思わせぶりな。イロジカケの一種?」
「いや……シオリにそれは無理でしょ」
「ぬ……ぐ……」
アタシの額に、少し青筋が浮かぶ。
……男子って、同じ話題で結束するとウザいな。
ヒロトくんは、そんなアタシに、ふ、と笑うと言った。
「でもまあ、楽しかったよ、1年間。最後にこんないい思いもさせてもらえて」
「ん」
「僕たちこそ」
「じゃあ……2人とも、本当にありがとう。色々あると思うけど、仲良くね」
仲良く。
卒業する人は同じことを言う。去年のヨリコちゃんもそうだった。
そして、アタシは、やっぱり同じことしか言えない。
「あの、私も、ありがとう。本当に、1年間、ありがとう」
感謝のために探す言葉は、いつも見つけられない。適切な言葉はありそうで、やっぱりどこにもない。
それでも、気持ちを伝えたい。伝える意思を見せれば良い。
大事なものはその中に。
〇
第59話/99話 「見送る その流れを」 終




