第58話/99話 「奏でる 何のために」③
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アタシの参加しない曲も多く、それでもみんな上手くて。聴いているだけでも合奏って幸せだな、アタシはそんな風に思う。
練習終わりの教室。みんなで片付けをしたりして、教室の隅。
いつもの学校の教室より、掃除も片付けもなんとなく、楽しい。『自分たちで選んだ居場所』だからだろうか。
壁際で寄りかかりながら、遠くの、鷲足先生と話し込む師匠を見る。そうしていたところ、アタシは同じように背中を壁にもたれる2人の子に挟まれるようにして、右隣にいる子――多分中学生か高校生くらいの女の子――にぼそぼそと話しかけられる。
「初鳥さん、幼く見えるけど、何年生? もしかして1年生? そういえば泣いてたの、なんだったの?」
「え――5年生ですけど。泣いてたのは……わかりません。なんだか感動したんです」
最近、背も伸びたし、そんなに幼くは見えないはずだけどな。少しアタシは反発する。
……まあ、この教室の人たちは年上が多いから、確かに子供っぽく見えるか。服もダサいし。名札はつけてないけど。
泣いたのも、多分この教室の人達みたいに、合奏に慣れてないからだろうし。
「ごっ……小学生!? マジか……私もがんばらなきゃなあ……」
その人はそんな風に言う。
と、アタシの左側に、いつの間にか、もう1人の子――多分、右にいる子と同じくらいの年齢だ――がいて、その人もアタシに訊いてくる。
「ロングトーンから、圧すごかったよねえ……。本当に小学生? 何か特別なことしてるの?」
「いえ、何も。今日は、音を合わせなくていいって言われたから、圧迫していたなら多分それだと思います。すみません」
今日来る前に、師匠は言った。「いつも、あたしに合わせるように言ってるけど、今日は考えなくていい。自分の一番好きな音を出しなさい。今から行く教室で、あんたの音色が一番正しい」。アタシはそれに従っただけだが、迷惑をかけていたなら申し訳ないと思う。多少吹けるようにはなったけど、アタシは、合奏は素人だ。
「圧って、そうじゃなくて、こう……音が……壁みたいな。フルート以外は? 基礎トレとか。ランニングとか何キロくらい? 他には? 息遠くに飛ばす訓練とか、肺活量増やすトレーニングとか」
ああ、そういうことか。アタシの音が意外と強い音だったのだろう。
迷惑かけてないなら良いや。
そう思ったアタシは、訊かれたとおりに、いつものメニューを答える。
「ランニングは毎朝1時間、疲れる速さで走るので、何キロかはわかりません。肺活量なら、月に10回は、1時間から2時間の潜水トレをしてます」
最初は週に3回って決めてたんだけどな……。女子にはプールに入れない日があるんだよ。ランニングもアタシが疲れる速さじゃなくて、アキを疲れさせる速さなんだけどな。……アタシの方がもっと疲れてるけど。心の中で少し恥ずかしい補足と言い訳をしてみる。
「「……え~~……」」
若干、2人ともヒいている。特別なことはしていないが、自分がやっていることを聞かれると、努力をひけらかすようで、恥ずかしい。
アタシは、思わず訊いてしまう。そういえば、他人には訊いたことが無かった。
「あ、あの、他に、何かやれることとかトレーニングってありますか? どんなことしてますか?」
「……なにもしてないのと同じだから、いいわ」
「私も……小学生がこれなのに、ダメだ。心入れ替えなきゃ」
2人とも、歯切れが悪く、言葉を濁す。
……教えてくれてもいいのに。
でも。
「あの、こうして、壁のほうから同じ方向見てると、なんだか仲間みたいで良いですね」
アタシは気分のままに言った。
「あ~わかる」
「確かにね~。小学生ずるいな、感性が。隠れてないのに、秘密基地みたいだよね」
「「「へへへ」」」
アタシたちからは、話す他の生徒や、師匠と鷲足先生が見える。
――そうか。
きっと、これも世界で、アタシの在り方なんだろう。
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翌日は本番。小さなホールを借り切って、保護者の人たちが大勢。
アタシたちは、出番じゃない人たちもステージの上にいて、でもトイレなんかも自由で。なんだか学校の学芸会より気楽だけど、特別。そんな感じがした。
進行役の鷲足先生も張り切っていて、演奏する直前に、その曲の解説なんかをしてくれたり、吹く子のプロフィールや、努力なんかを紹介していて。
……アタシのことも「県で一番うまい子」とか、ハッタリ噛ませ過ぎなのはちょっと迷惑だったけど。
音程をミスる子なんかもいたけど、「もう1回!」とか言って、同じ曲を2回吹いたりして。保護者達にも笑顔が溢れてて。拍手をするのもすごく大きくて。失敗が許されている舞台、そういうものもあるんだと、アタシはほんわかする。
師匠と鷲足先生とアタシの三重奏も好評で、少しほっとした。
――そして、やっぱり、大勢で吹く合奏は最高だった。
みんなで吹いた世界には、川も、空も、大地もあって、どこまでも広がる。
聞く人たちにも、アタシの見ている物が伝わればいいのにな。そんな風に思う。
「しっかし、あんたの親は来てくれないのねえ」
保護者と歓談する生徒や鷲足先生を遠めに見ながら、師匠はそんな風に言う。
「う~~ん、アタシが来なくていいって、言ってるからですかね」
ママもパパも、行こうか、と言ってくれてはいるのだ。
それでも、毎日必死で頑張って、疲れている両親を見ると、気楽に「来てください」とは言えなくなってしまう。
と、師匠は、少し怖い声でこう言った。
「……次、人前で演奏するときは、『絶対に来て』って言いなさい」
「え、でも……両親は、忙しくて……疲れてるだろうし
」
アタシがそう言ったのに、師匠は少し、怒ったような顔になる。
遠くにいる、他の家族に聞こえそうな声で、師匠はこう言った。
「いい? あんたが、娘が頑張ってるの! それの結果を見るのが、親にとって最大の幸せなのよ! 疲れてるですって!? 疲れなんて吹っ飛ぶわ! 大体、親はあんたの晴れ舞台を見るために、日ごろ頑張ってるようなもんなのよ! それを『来なくていい』なんて悲しいじゃない! わかったわね、次、人前でやる時は絶対に呼ぶのよ! まさか、家族を呼んだのに、ミスったら、とか、コンクールで負けたらかっこ悪い、なんて思ってるんじゃないでしょうね!」
完全に途中からは大声で、遠くの生徒や保護者からの視線を感じる。
「うう……違いますよ。わかりました。次は呼びます」
「あたしは、あんたのダメなところを引き受けるとは言ったけど、そういう部分は引き受けないわ。それとも、あれかしら。思春期の女の子は、親と一緒にいるのが恥ずかしい~~みたいな」
へへへ、と嫌な笑い方をした師匠は、そんなことを言う。
アタシはその挑発に、わかっていながら、乗ってしまう。
「……わかりました。呼びますよ。いつ、いかなる舞台でも。アタシは自分の演奏が恥ずかしいなんて、思ったことありませんし。親と一緒にいるのが恥ずかしいなんて、ガキじゃないんですから」
「それでいいわ。親子だって、こじれるときは一瞬なんだからね。見せられる時に見せておきなさい。話せるときに、話しておきなさい」
「ぶ~~。そんなにいわなくても、いいじゃないですか。……でも、言っても来てくれなかったら、アタシのせいじゃありませんからね」
この合奏で、アタシは世界と自分を感じて、少しだけ、フルートをやる人たちに認められて、そして――師匠に、みんなの前で怒られて帰ってきた。
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第58話/99話 「奏でる 何のために」 終




