第58話/99話 「奏でる 何のために」①
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2月4日(土)
「はい、じゃあ、録音する前に、あたしと何回か合わせるわよ。当日、あたしも1stで入るから、心配しないで。練習どおりやればいいわ」
レッスン途中、合奏予定の曲を何度か吹いた後に、師匠がそんなことを言う。
楽譜を渡されて2週間。渡された2曲とも、形にはなってきていた。
アタシの特性、というか多少の弱みを考えて、アタシと師匠で演奏したテープを録音して、鷲足さんのフルート教室に送り、それを基本に合わせてもらうことになっている。
「あの、師匠」
「うん?」
「1stって何ですか?」
「ああ、そうか。あんた、初めてだもんね。ええっと、1stっていうのは、楽団のフルートで一番実力があるやつよ。……なんていうのか、とにかく目立つ。あんたの言葉で言うなら、フルートの主役。最高よ。で、あんたが今から吹くのは2nd。以下、3rd、4th……、2ndは一般的に地味だけど、下とのつなぎで重要だし、ここが崩れると曲が貧相になるから、頑張りなさい」
「は、はい」
まあ、師匠が一番目立つところを吹いてくれるなら、多少は気が楽か。
誰が聴いても、アタシより明らかに上手い人や、当日保護者が楽しみに来る、他の子の隣で主役をやるわけにもいかないし。
何度か合わせて小休止。
アタシは気づく。
「師匠」
「なあに?」
「騙しましたね?」
師匠は、おかしそうに、にやりとする。
くくくくく、と。
声を上げて、魔女みたいに笑う。
「気づいたか」
「おかしいじゃないですか。……アタシばっかり吹いてますよ! 完全に主役じゃないですか! いや、うすうす変だなとは思っていたんですよ。渡されてから吹いてきて、ある程度、練習してきたのに、これより多く吹くパートなんてあるのかな?、って。師匠の最初、ほんの少ししか吹かないし。……途中から確かに、アタシの前をこう、リードしてくれますけど、別に多くないし……」
そう。アタシのパートの方が師匠のパートよりも明らかに吹く量が多い。
ほかにどんなパートがあるのかは知らないが、明らかに主役になるためのパートに思えた。
「あたしは、一言も、モルダウの2ndフルートが地味だなんて言ってないわよ。くっくっく、2ndフルートが流れを作って、1stが、光で、滴の曲。2ndフルートが主役の曲、なんていう人だっているんだから。あはははは」
師匠は、くくく、と笑うだけでおさまらず、けらけらと大口を開けて笑い出した。
「ぶ~~」
頬を膨らませるアタシに、師匠は続ける。
「まあ仕方ないじゃない。あたしの1stの最初のアルペジオは水の滴をイメージした繊細部分。あたしが仮に2ndの水の流れ吹いたとするでしょ。下手くそな1stに、川の流れに、ぼっちゃんぼっちゃん、岩を投げられちゃ困るわけ」
「う~~。……理屈としてはそうかもしれませんけど」
「まあ、いいじゃない。一緒に吹く子たちや親御さんに、あんたの実力を見せつけてやんなさい」
当日の主役は、教室の子たちなのだが。
師匠は時々、意地悪だ。
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「こんばんは、先輩。テープ受け取りに来たっスよ。あ、初鳥ちゃん、こんばんわっス」
夕方、レッスン室に鷲足さんがやってきた。
玄関、開いてたのかな。なんだかずいぶんと親しげだ。
アタシには、なんだか優しそうな笑顔で挨拶をくれる。
「出来てるわよ。はい」
師匠が渡すカセットテープは、出来立てのほやほやだ。
「はいはい、ありがたく」
「しっかし、モルダウねえ。他になかったの? 9本のフルートだけでやるっていうのは面白いけど、いかにも初心者向けのわかりやすい曲じゃない。音楽教室ってそれでいいのかしら?」
師匠の言い方にはとげがある。自分も嬉しそうにしていたくせに。
「いや先輩、金持ちの世捨て人みたいな先輩は、知らないかもしんないスけど、この曲、今は中学校で絶対やるんスよ。保護者向けとしてもわかりやすい曲がいいし、本人たちも学校でこの曲やった時『自分はフルート教室でやってるんだ』って、優越感、得てほしいじゃないっスか。わかりやすい方がいいんスよ」
からかうように言う鷲足さん。
アタシのほうにも、同意を求めるみたいに、ねえ、と笑いかける。もっともだ、とアタシも思うので、笑顔を返しておいた。
もしかして、この人も気が合うかもしれない。師匠よりアタシに近い気がする。
「ぐっ……。世捨て人って言われると反論できないわ。あ、そうそう、フルート持って来てる? うちのバカ弟子もちょっとは吹けるようになったから『ト長調』の方、合わせていかない?」
「ああ、いいっスね。車にあるから取ってくるっスよ」
軽い調子でフルートを取ってきた鷲足さん。そのまま軽く何度かロングトーンと指鳴らし。「いいっスよ」というので、アタシたちは合わせる。
……ロングトーンですでに分かっていたけど、鷲足さんは上手かった。
合わせた曲は、3人の旋律のうち、誰がメインか分かりづらく、師匠が偏屈というのもわかる気がしたが、どれも引き立って聞こえる。主旋律が次々に移り変わり、まとまりはあるのだが、まとまりすぎないようなそんな曲。
繊細なメロディーが、それでも3つの太い木の根がそこにあるように、しっかり絡まりあうその曲は、アタシたち3人のためにあるように……いや、他の2人が上手いからだな。調子に乗らないでおこう。
「この曲ね、チョウチョ先輩の想い出の曲なんスよ。学生時代に、先輩と、卒業するもう1つ上の先輩と、私の3人で小さな発表会やったんスけど、最後がこの『ベートーヴェンのフルート三重奏ト長調』で。終わったあとに、『卒業しないでくださいいい』ってチョウチョ先輩、涙ぼろぼろ流して。すがりつくみたいに」
ぷくく、と笑いながら、鷲足さんは愉快そうにアタシに教えてくれる。
「へえ、師匠が。すがるほど」
「涙もろいんすよ、この人案外」
「……弟子に変なこと吹き込まないで頂戴」
「ええ~~。この曲の楽譜、探すの滅茶苦茶苦労したんスから、このくらい良いじゃないっスか。絶対これが良いって言うから、探したのに」
「……悪かったわよ」
少しバツの悪そうな師匠。
しかし、いかにも芸術家って感じの師匠とは、全然別なタイプなのに、鷲足さんの音もすごいなあ。やっぱり先生なんだ。
ま、師匠ほどではないけれど。
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