表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

87/134

第58話/99話 「奏でる 何のために」①

 〇

    2月4日(土)

「はい、じゃあ、録音する前に、あたしと何回か合わせるわよ。当日、あたしも1st(ファースト)で入るから、心配しないで。練習どおりやればいいわ」

 

 レッスン途中、合奏予定の曲を何度か吹いた後に、師匠がそんなことを言う。

 楽譜を渡されて2週間。渡された2曲とも、形にはなってきていた。

 アタシの特性(とくせい)、というか多少の弱みを考えて、アタシと師匠で演奏したテープを録音して、鷲足(わしあし)さんのフルート教室に送り、それを基本に合わせてもらうことになっている。

 

「あの、師匠」

 

「うん?」

 

1st(ファースト)って何ですか?」

 

「ああ、そうか。あんた、初めてだもんね。ええっと、1stっていうのは、楽団のフルートで一番実力があるやつよ。……なんていうのか、とにかく目立つ。あんたの言葉で言うなら、フルートの主役。最高よ。で、あんたが今から吹くのは2nd(セカンド)。以下、3rd(サード)4th(フォース)……、2ndは一般的に地味だけど、下とのつなぎで重要だし、ここが(くず)れると曲が貧相(ひんそう)になるから、頑張りなさい」

 

「は、はい」

 

 まあ、師匠が一番目立つところを吹いてくれるなら、多少は気が楽か。

 誰が聴いても、アタシより明らかに上手い人や、当日保護者が楽しみに来る、他の子の隣で主役をやるわけにもいかないし。

 


 何度か合わせて小休止(しょうきゅうし)

 アタシは気づく。

 

「師匠」

 

「なあに?」

 

(だま)しましたね?」

 

 師匠は、おかしそうに、にやりとする。

 くくくくく、と。

 声を上げて、魔女みたいに笑う。

 

「気づいたか」

 

「おかしいじゃないですか。……アタシばっかり吹いてますよ! 完全に主役じゃないですか! いや、うすうす変だなとは思っていたんですよ。渡されてから吹いてきて、ある程度、練習してきたのに、これより多く吹くパートなんてあるのかな?、って。師匠の最初、ほんの少ししか吹かないし。……途中から確かに、アタシの前をこう、リードしてくれますけど、別に多くないし……」

 

 そう。アタシのパートの方が師匠のパートよりも明らかに吹く量が多い。

 ほかにどんなパートがあるのかは知らないが、明らかに主役になるためのパートに思えた。

 

「あたしは、一言も、モルダウの2ndフルートが地味だなんて言ってないわよ。くっくっく、2ndフルートが流れを作って、1stが、光で、(しずく)の曲。2ndフルートが主役の曲、なんていう人だっているんだから。あはははは」

 

 師匠は、くくく、と笑うだけでおさまらず、けらけらと大口を開けて笑い出した。

 

「ぶ~~」

 

 頬を膨らませるアタシに、師匠は続ける。

 

「まあ仕方ないじゃない。あたしの1stの最初のアルペジオは水の滴をイメージした繊細(せんさい)部分。あたしが仮に2ndの水の流れ吹いたとするでしょ。下手くそな1stに、川の流れに、ぼっちゃんぼっちゃん、岩を投げられちゃ困るわけ」

 

「う~~。……理屈としてはそうかもしれませんけど」

 

「まあ、いいじゃない。一緒に吹く子たちや親御さんに、あんたの実力を見せつけてやんなさい」

 

 当日の主役は、教室の子たちなのだが。

 師匠は時々、意地悪だ。


 〇


「こんばんは、先輩。テープ受け取りに来たっスよ。あ、初鳥ちゃん、こんばんわっス」

 

 夕方、レッスン室に鷲足さんがやってきた。

 玄関、開いてたのかな。なんだかずいぶんと親しげだ。

 アタシには、なんだか優しそうな笑顔で挨拶をくれる。

 

「出来てるわよ。はい」

 

 師匠が渡すカセットテープは、出来立てのほやほやだ。

 

「はいはい、ありがたく」

 

「しっかし、モルダウねえ。他になかったの? 9本のフルートだけでやるっていうのは面白いけど、いかにも初心者向けのわかりやすい曲じゃない。音楽教室ってそれでいいのかしら?」

 

 師匠の言い方にはとげがある。自分も(うれ)しそうにしていたくせに。

 

「いや先輩、金持ちの世捨て人みたいな先輩は、知らないかもしんないスけど、この曲、今は中学校で絶対やるんスよ。保護者向けとしてもわかりやすい曲がいいし、本人たちも学校でこの曲やった時『自分はフルート教室でやってるんだ』って、優越感(ゆうえつかん)、得てほしいじゃないっスか。わかりやすい方がいいんスよ」

 

 からかうように言う鷲足さん。

 アタシのほうにも、同意を求めるみたいに、ねえ、と笑いかける。もっともだ、とアタシも思うので、笑顔を返しておいた。

 もしかして、この人も気が合うかもしれない。師匠よりアタシに近い気がする。

 

「ぐっ……。世捨て人って言われると反論できないわ。あ、そうそう、フルート持って来てる? うちのバカ弟子もちょっとは吹けるようになったから『ト長調』の方、合わせていかない?」

 

「ああ、いいっスね。車にあるから取ってくるっスよ」


 軽い調子でフルートを取ってきた鷲足さん。そのまま軽く何度かロングトーンと指鳴らし。「いいっスよ」というので、アタシたちは合わせる。

 ……ロングトーンですでに分かっていたけど、鷲足さんは上手かった。

 合わせた曲は、3人の旋律(せんりつ)のうち、誰がメインか分かりづらく、師匠が偏屈というのもわかる気がしたが、どれも引き立って聞こえる。主旋律が次々に移り変わり、まとまりはあるのだが、まとまりすぎないようなそんな曲。

 繊細(せんさい)なメロディーが、それでも3つの太い木の根がそこにあるように、しっかり絡まりあうその曲は、アタシたち3人のためにあるように……いや、他の2人が上手いからだな。調子に乗らないでおこう。


「この曲ね、チョウチョ先輩の(おも)い出の曲なんスよ。学生時代に、先輩と、卒業するもう1つ上の先輩と、私の3人で小さな発表会やったんスけど、最後がこの『ベートーヴェンのフルート三重奏ト長調』で。終わったあとに、『卒業しないでくださいいい』ってチョウチョ先輩、涙ぼろぼろ流して。すがりつくみたいに」

 

 ぷくく、と笑いながら、鷲足さんは愉快(ゆかい)そうにアタシに教えてくれる。

 

「へえ、師匠が。すがるほど」

 

「涙もろいんすよ、この人案外」

 

「……弟子に変なこと吹き込まないで頂戴(ちょうだい)

 

「ええ~~。この曲の楽譜、探すの滅茶苦茶(めちゃくちゃ)苦労したんスから、このくらい良いじゃないっスか。絶対これが良いって言うから、探したのに」

 

「……悪かったわよ」

 

 少しバツの悪そうな師匠。

 しかし、いかにも芸術家って感じの師匠とは、全然別なタイプなのに、鷲足さんの音もすごいなあ。やっぱり先生なんだ。

 ま、師匠ほどではないけれど。


 〇

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ