第57話/99話 「つながる 広さと」
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「アキは、大人数と合わせた……合奏したことがあるんだっけ」
「うん。シオリの両親の入ってた楽団とか、他の市民オケとか。最近はあんまり行ってないなあ……なんで?」
いつもの朝のランニングの帰り、そんな話をする。
コイツなら、どこに呼ばれても、どんな楽器とでもすぐに溶け込むんだろうな。
即興でヒロトくんのピアノと合わせてしまえるのも、そういう経験からだろうか。なお、アタシは師匠に「……あんた貧乏人だし、最終的に名誉より金目当てなら、オーケストラより、それこそニューヨークでジャズやるのがいいかも、なんて思ったけど。……アドリブ全然向いてないわね。無理」なんて言われている。
「それがさ、今度フルート教室の人たちと合奏することになって……」
「へえ。面白そうじゃん」
だから、それはアンタだから簡単に言えるんだ。
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1月22日(日)
「『全楽』の本選会場、変更になるかも知れないわよ。ホールが使えないんだって」
レッスン終わり、いつものテーブル。へろへろのアタシ。隣に座る師匠。
いつものココアを入れてくれた師匠が、レッスン中の厳しい声とは違う、少し優しい声でそんなことを言う。師匠とリーニャ先生の想い出のホールとして、アタシが楽しみにしていたから、気を使っているのかもしれない。
でも、アタシにも少しの予感はあった。新聞くらい読むし。
「あ、そうなんですね。もしかして、と思ってました。地震があったって。募金箱も学校にあります」
学級委員のユミちゃんや、他のクラスの学級委員の子たちが、協力を呼び掛けていた。
「あら、そう。知ってたなら話は早いわ」
「ホールだけですか? 町へは行けるんですか?」
師匠の実家もあると行っていた。
いつかは行ってみたい。
師匠は少しの間、沈黙して。
「……行けるわよ。別に」
と、少しかすれた声で言った。
「あ、そうなんですね」
「ただ、ちょっと、あんたが楽しみにしてたホールは、……今年は……無理そうって。まあ、どうにかなるわよ……」
少し、師匠の表情は硬くて。アタシはちょっと、なんて声をかければよいかわからなくなってしまう。
「あ、あの」
と、師匠は、アタシをみながら、にっこり笑って。
「な~~んて。ちょっと、深刻そうに見えたかしら! あんたの心を試しただけよ。会場が変更になるくらいで、いちいち動揺してたらキリないわ。あんたのやることは変わりません。いいわね?」
と、いつもの口調でそう言った。
「は、はい」
アタシは、つい、真面目に答えてしまう。
なんだ、からかわれていただけか。
「それで、あたしに考えがあるんだけど、あんたの上達プランとして、各地のコンクールに乗り込みまくるっていうのはどう? 場慣れ……は、あんた、緊張してるところみたことないから、意味ないかもしれないけど、刺激だってもらえるわよ」
そういえば、カヤが、ピアノほどではないけれど、フルートだって、規模を問わなければコンクールは色々あると言っていた。
都会は凄い、と思わされ、うらやましくも思える。
「なんだか、道場破りみたいですね」
「あんたが苦手なのは『大勢の知り合いの視線』でしょ。これなら、知り合いが多数できることもなく、経験を積んでいけるし、他の人の音だって聞けるわよ。あたしが車出すから、旅行する感じで、どう?」
……楽しそうだ。
「でも、お金かかりますよね」
「参加費くらい、あたしが出すから大丈夫よ。バカ弟子と違ってお金はありますからね」
なんだか楽しそうな師匠。
魅力的な提案だ。
……でも、多分、ダメなんだよな。
「師匠」
「ん?」
「それに出たら、アタシの音は良くなりますか?」
「……直接、良くはならないけど」
「じゃあ、ダメです。母に言い訳できません。レッスン料を据え置きにしたことだって、母は気にしてるんです。これ以上、師匠に金銭的負担をかけるわけにはいきません。アタシの上達に直接つながらないなら、母は許してくれません。……すみません」
アタシのママは潔癖なのだ。金に関して。
アタシも多少は。
「む~~。貧乏人はめんどくさいわね。わかったわよ」
そう言って、師匠は、ずずずとココアをすする。……師匠みたいな、上品に物を食べる人間でも、ココアは音を立てるんだな。
師匠は、ココアから口を離し、ほう、とため息をつくとこう言った。
「……まあ、半分予想してたから、ショックでもないわ。もう1つ提案があるの。こっちが本命。あんたに、合奏を経験させてやりたい」
「はあ」
合奏なら、楽器クラブで、ピアノとトランペットと、やってるけどな。
そんなアタシの思惑を見透かしたか、師匠は続ける。
「少人数じゃなくて、せめて7人とか8人とか。同じ楽器が揃うのも良いものよ。コンクールの時に会った鷲足がいるでしょ? あいつ、フルート教室やってるの。まあ、フランチャイズの講師だけど」
……。
……?
アタシの思考が巡る。
「鷲足さん? 誰でしたっけ……? ……あ、コンクールの時に、アタシを山猿って言ったあの人ですか?」
あの時はドレスまで着てたのに。まったく。
師匠は、へっ、とも、ふっとも言いづらい笑い音を口から出し、続ける。
「……仕方ないでしょ、あんた山猿なんだから。で、そこで近々、保護者向けの発表会があるの。あんたをゲストで呼びたいんだって。リハーサルと本番で1回ずつだから、そこまで親しくもならないだろうし、あんたのトラウマも刺激しないわ。どう?」
「は、はあ。お金がかからないなら、まあ。でもゲストって。なんだか偉そうですね」
ラジオ番組を昔はよく聞いていたから、ゲストという言葉の意味くらいは知っている。
普段、レギュラーの人たちがいる番組にわざわざ招かれて、その日の主役みたいに居座るあれだ。
保護者向けの発表会ということは、その教室の子たちが主役のはず。そんな日にアタシなんかが、そんな役回りでいいのだろうか。
「ゲストっていうと仰々しいけど、そんなときでもないと部外者呼べないんだってさ。あんた、あたしの的確な指導で、下駄を履かせてやったとはいえ、『全楽』の県代表、全国9位なの。……つまり一応、……一応だからね、県の15歳以下で一番上手い子って扱いになってるのよ。ミスなんて出来ないからね」
「うええ……責任重大ですね」
「でも大丈夫。あんた、ミスって言っても、素人が聞いたらわからないレベルのミスしか最近はしないから。と、いうわけで……あ、ここで出すんだったわ。ちょっと待ってて」
師匠はテーブルに、飲みかけのココアのカップを置いたまま、立ち上がると、バタバタと廊下の方へ行ってしまった。
またバタバタと戻ってきた師匠は、2つの楽譜を広げながらこう言う。
「はい、発表会の曲2つ。あんたのパートの楽譜。1つは、教室の子たちと吹く、スメタナ『わが祖国』の抜粋、通称『モルダウ』。もう1つはあたしとわっしぃ……鷲足と吹く『ベートーヴェンのフルート三重奏ト長調』……まあ、あんたは曲名あんまり興味ないだろうけど、一応ね」
なんだか師匠が楽しそうだ。曲名を説明しながらニコニコしている。
アタシはどちらも初めて見る曲だが。
「師匠?」
「ん」
「どっちも、好きな曲なんですか?」
「……何バカ言ってるの。モルダウみたいな俗っぽい曲とか、ベートーヴェンのト長調みたいな、偏屈こじらせた曲なんてあたしが好きなわけないじゃない」
アタシは最近わかってきた。師匠は時々、素直じゃない。
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1月23日(月)
「と、いうわけなんだけど。次のレッスンまでに軽くさらっておけってさ。基本に忠実に、表現抑えめに楽譜どおりやればいいからって」
「へえ、いいじゃない。経験は何でも積んだ方が良いよ。積み得、積み得」
アキはさらりとそう言う。
一応、経験者のことを聞いておきたいアタシは続ける。
「初めて大勢で合わせたとき、どうだった? ……なんていえばいいのかな。……こう、いつもと、少人数とは違う、みたいなのあった?」
「そうだなあ……。ミスったら、他の人にも迷惑かける、って緊張感はあったけど、それよりも、『ひとつになる』みたいな感覚があるよ。僕が音楽だ、みたいな。」
「ふっ、何かっこつけてんの」
いくらなんでも、キザすぎると思って、アタシは思わず突っ込んでしまう。
寒空の下、あたしの笑った息が、薄く、白く空中に舞う。
「違うんだよ、本当なんだって。自分が音楽で、音楽なんだけど、大きな音楽の一部、みたいに感じるんだよ」
少し、焦ったようにアキが言う。かっこつけと言われて恥ずかしいのかもしれない。
コイツの息も白い。
「ふぅん、まあ一応参考にさせてもらう。あ、そういうわけで、金曜のクラブ活動以外は、一緒に合奏する曲出来ないから。ごめんね」
「ええ~……。ちょっと寂しいなあ。リーニャ先生がね、レッスンの合間に、張り切って、片っ端から僕たち用の楽譜書いてるんだよ。出たばっかりの曲とかも耳コピして。毎日やってもいつ終わるんだってくらい」
「へえ、悪いけど我慢して。そっちも楽しみにしておくからさ。……アタシの師匠もすごいけど、あんたの先生もすごいよね……」
「うん。僕も吹くだけじゃなく、先生みたいに、曲書いたりもしたいし……やること多すぎるなあ」
寒いけれど、今年は雪があってもすぐ溶ける。
鍛えるには良い年だ。
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第57話/99話 「つながる 広さと」 終




