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第54話/99話 「囲む 聖夜の食卓」②

 〇


「リーニャのアキタカに!」

 

「マユコのシオリに!」

 

「「かんぱ~~~い!!!!」

 

 かっぱ、かっぱ、と、二人の胃袋に消える、師匠の持ってきた日本酒。

 たったの1時間で、師匠とリーニャ先生は、アタシをアキを置き去りに、すっかり意気投合していた。

 時々、真面目な笑顔で、戦友みたいに見つめあったり、突然立ち上がって踊ったり、歌ったりしている。

 壁際に転がる大量のガラスの破片は「最高デス!!!!」と、叫んで壁にガラスのコップを叩きつけたリーニャ先生のコップの残骸。と、師匠が「ハラショー! って言いなさいよ!」と同じ場所に叩きつけた、同じく残骸である。

 

「リーニャ、良い奴じゃない。トランぺッターで、ソビエト野郎なんて、絶対、本性クズだと思ってたけど、全然話せるじゃない、最高よ! あんた!」

 

「私も、日本のフルートの人なんて、絶対ひねくれてると思ってましタ。マユコ、いいでスね!」

 

「トランぺッターの2倍いる、フルーティストに喧嘩売ってくれるじゃないの」

 

「あなたも、日本人の2倍いるソビエト人の悪口言いましタ!」

 

「そこから、人口半分になって~~???」

 

「ソビエト、もうな~~イ!」

 

「「イエ~~~イ!」」 「なんで、ソビエト人がイエーイなのよ!」


 

 ……。

 呆れた目でそれを見るアキとアタシ。

 

「シオリ、これ止めた方が良い?」 

 

「無理でしょ。アンタ、止められるなら止めなさいよ」

 

「……無理」

 

 アタシとアキは少し、2人から離れている。


「マユコのフルート聴きたいでスね~~。性格悪いほど、楽器は上手いでス。マユコ絶対上手いでス」

 

「リーニャなんて、そしたら性格最悪じゃない」

 

「「わはははははははははは!!!!!」」


 ひとしきり、バカみたいに楽しそうに笑った後。

 師匠がアキを見て言った。


「リーニャの弟子は、どうかしら」

 

「アキタカ、すごく性格いいんでス。良い子過ぎて、将来が心配でス」

 

「例外もいるわよ」

 

「マユコのシオリはどうでスか?」

 

「今はまだまだだけど、性格はばっちりよ! 絶対、上手くなるわ」

 

 それはつまり、そういう意味だろう。

 心外である。

 

「「ぎゃはははははははははは!!!!!」」


「せ、先生、そんなことないです。シオリは性格良いし、音も良いんですよ」

 

 たまりかねて、たしなめるようにアキがそんなことを言ってくれる。

 いいぞ、言ってやれ。

 アタシはまだまだだけど、褒めてくれるならそりゃ嬉しい。

 

「そうでスか? どんな音でスか?」


 楽し気に訊くリーニャ先生に、手を口元に持っていって腕を組んだアキは少し考える。

 おずおずと、考えながら言った。

 

「……ええっと……。太陽の光、日差しみたいな音です」

 

 ……おお!

 アキのやつ、アタシの音をそんな風に。マジか。

 

「太陽の光、いっぱいありまス。音楽の表現、無限でス。そうですね……季節はいつですカ」

 

 リーニャ先生の質問に、アキは、少しの逡巡を見せた後、言った。

 

「えっと……、多分、……冬?」

 

「冬かい!」

 

 ツッコミを入れた、これはアタシの声。別に、不愉快とかけたわけではない。

 弱弱しすぎるだろ。

 アタシは夏の日差しの方が好きだ。みんなに生命力を分け与えるような。

 アキのトランペットの力強さは、まさに夏の太陽、夏の日差しだ。

 何かに例えてくれたのはうれしいけど、冬じゃなあ……。

 

「冬の太陽、ありがたいでス。私の生まれたところ、1日中、冬に太陽のぼりませン」

 

「へえ~~。レニングラードってそんなところなのね」


 師匠が感心したように言う。

 そういえば、師匠はリーニャ先生のプロフィール暗唱できるんだった。知らない人なんかいない、なんて言ってたけど。今日の様子を見るに、……ただの大ファンだったんじゃないか。

 

「私の生まれ、レニングラードじゃないでス」

 

「えっ、そうなの!? ごめんなさい! 記憶違いかしら」

 

 謝る師匠。めずらしい。

 

「そうじゃないでス。私の出身、公式だとレニングラードでス。レニングラードには、モスクワフィルより古い交響楽団がありまス。それへの対抗として、宣伝で変えられました。レニングラ―ド出身の女の子が、モスクワで吹いてる、モスクワの方が格上だぞ、というメッセージだったんでス。……生まれたの、ずっと北の小さな村でス。空気も薄い。冬ずっと暗いでス。冬に日差しがあるなら、それは魔法でス」

 

「「「……」」」

 

 他の3人は何も言えない。共産圏の音楽の世界は広告だ、と師匠は言っていた。

 

「日本来て、季節で、時間で、太陽凄く変わるの、新鮮です。大好きでス。アキタカ、シオリさんの音は、冬のいつの日差しでスか?」

 

 アタシは、アキを見る。間違えるなよ。


「……あんまり、そこまで考えてなかったけど、多分、朝です」

 

 よし、及第点。できれば昼が良かったけど。

 沈む夕日とか言ったら殴っていた。

 

「シオリの音が少し形になってて、うれしいわ。……いや、しかし、話には聞いてたけど、おっそろしいところね。ソビエトって」

 

 少し引いた顔で、師匠は、興味深げにそんなことを言う。

 産まれた町まで変えられてしまう世界。

 

「ずるいことばっかりしてまス」

 

「そんなことばっかりしてるから~~??」

 

「ソビエト、もうな~~イ!!!」

 

「「ぎゃはははっはははは」」

 

「失われた祖国に!」

 

「失われタ音楽ニ!」

 

「「かんぱ~~~い!!!!」」


 〇


「アキタカ、来年は『全楽』の一般部門に出しまス」

 

 座った目のリーニャ先生がそんなことを言う。

 

「うお~~! すごいわね! シオリ、あんたもがんばんなさいよ! 言っとくけどね、ジュニアは課題曲1曲。一般は自由曲を、作曲家2人選んで、2曲か3曲だからね! 負担が違うのよ、負担が! あんたのライバル、そんだけすごいのよ!」

 

 師匠がアタシに発破をかけてくる。 

 すごいのは知ってますよ。だから師匠に習ってるんじゃないですか。

 

「もう自由曲イメージして、練習始めましタ。私の得意なスラブ系、いっぱい吹かせてまス。まあロシアやソビエトの曲じゃなくてもいいんですけど。アキタカ、覚え良いので、すぐ覚えられますス。汗もいっぱいかいてまス。頑張ってまス」

 

「シオリ! 負けてらんないわよ! あんたも帰ったら、タケミツトオルだけ吹かせるからね!」

 

 言いながら、どんどん消える酒。別に、アキがロシアの作曲家吹くからって、アタシが日本人だけ吹かなくてもいいじゃないですか。

 

「アキタカ、絶対プロにしまス。私、14歳でプロになりましタ。アキタカ、私が11歳の時より、いや、もしかしたら、14歳の時より上手いでス。アキタカも14歳でプロにしまス」


 目を光らせて、酔っ払いだけれども、きっと、だから冗談ではなく本気でリーニャ先生はそう言っている。

 と。師匠が横からツッコミを入れた。

 

「なに、リーニャ、これだから共産圏の人間はぁ~~。日本にはね、労働法があって、14歳じゃ働けないのよ。プロになれないの」

 

「オウ~~。西側、ダメですね。資本主義はソビエトより100年遅れてまス」

 

「ソビエト、もうな~~い!!!!」

 

「100年先に消えましタ」

 

「「ぎゃっはっはっはっはっはっは!!!!」」


 師匠とリーニャ先生が互いに、背中や肩、膝を叩きあう。

 ……師匠が、ダメな大人に見える。

 普段から、フルート以外はダメな人だけど、それでもダメな大人に見える。


 アキがなんだか所在なさげにしている。

 アタシもそうだろう。

 話すことないかなあ、と話題に困ったアタシはそういえば、と思い出す。

 

「アキ、フルート会場で榎本先生の娘さんに会ったよ。ルイさんの妹」

 

「へえ。僕もルイさんと榎本先生に会ったよ。……ルイさんかあ。あんまり会わないけど、会うとにらまれるんだよね。苦手だなあ……」

 

「アキでも苦手とかあるんだ」

 

「そりゃね。あの人くらいだよ、あんなに僕のことにらむの。榎本先生は優しいのになあ……。」

 

 泣きながら頑張ってる、とかカヤが言ってたのは、話さないでおこう。

 コイツのことだから、そういうのは気にする。無駄に悩んだりする。

 

「ルイさん、お父さんがプロなのに、他の先生に習うんだって。環境が違うよね。アタシ、師匠がいなかったら終わりだもんなあ……」

 

「僕もそうだよ」

 

 ……楽しいクリスマス会なのに、なんだか嫌なことを思い出してしまった。

 と。

 

「榎本のおっさんはね、下手くそなのよ。教えるのも上手くないし。だから榎本の上のお嬢さんは、他の人に習うわけ。ぶっちゃけアキくんの方が、演奏だけなら、よっぽど上手いわ」

 

 いつの間にか近寄ってきた師匠が、そんなことを言う。

 

「ええっ、で、でもプロなんですよね?」

 

 アタシは思わず、確認する。

 

「そりゃ、プロよ。でもプロだって、ピンキリなの。会ったから、ルックスいいのは知ってるでしょ? 奥さんの金とコネと家の力で、下手くそが、仕事選ばず、ルックスと社交性でプロやってるのが榎本のおっさんよ」

 

 はぁ???

 ……瞬間、アタシの心に怒りがわいてくる。

 昨日見た、師匠より下手くそなのに、『世界的なソリスト』として壇上にいたフルート奏者を見たときのように。

 

「そんなの、そんなの、最低じゃないですか! なんで実力もないのに、プロやってるんですか! 偽物ですよ!」

 

 アタシは、我慢できない。

 師匠みたいな実力ある人が、アタシと2人きりで音楽をやって、実力のない人間がチヤホヤされる世界が。

 

「……昨日言ったでしょ。舞台が与えられるかは、実力以外の要素が多いって。音で決まる世界なんてないのよ」

 

「でも。でも……」

 

「それにね、榎本のおっさんは、自分に実力が無いことも、当然音楽家の中では底辺の扱いを受けてるのも、馬鹿にされまくってるのも知ってるわ。同じ楽器やる長女だって知ってる。それも知りながら、才能ない哀れな男が、音楽を愛する心で、音楽にかかわっていたくて、必死に音楽にしがみついてるのよ」

 

「……」

 

「榎本のおっさんより、自分の方が音楽を愛している、と言えるようになってから、『最低』って言いなさい。榎本のおっさんの生き方と、変なプライドと才能だけのあたし、どっちが音楽を愛しているか、判断できるようになってから言いなさい」

 

 ……。

 

「実力だけで舞台決まるなら、私、今でもモスクワで吹いてまース」

 

 ぼそっと、横からリーニャ先生がそんなことを言う。

 

「ふふん、アイドル奏者のあんたは、ソビエトがあっても、若くてかわいいのが出てきたら終わりよ、ガハハ」

 

 ぶは~~っと、酒臭い息を吐きながら、師匠は言う。

 ……なんでアタシ、酔っ払いに説教されてるんだろう。

 

「……オウ、ダメです、マユコ、本当のことを言ってハ、ガハハハハ」

 

「先生、先生はずっとキレイですよ!」

 

 アキが慌ててそんなことを言った。

 と、師匠はリーニャ先生のほっぺを両手でつかみ

 

「そうかしら。……うん、確かに、かわいいわね、アタシと同じくらい! さあ、飲め! 飲め!」

 

「「かんぱ~~い!!!!!」」

 

 お酒の勢いで誤魔化した。

 一瞬でグラスの日本酒を空けた二人は、そのままガッシリ抱擁する。

 これが、大人かあ……。


 〇


「世界中色々回りましたけど、今の方が世界広い気がしまス。人がいるところ、もっといろんなところ、行ってみたいでスね~~」

 

「モスクワに居たらアタシに会えなかったわね」

 

「モスクワ離れたから、私、マユコにも会えたし、アキタカって才能にも会えましタ。悪くないでス」

 

「先生……」

 

 アキは勝手に、酔っ払い2人の言葉に感動している。

 真面目に聞かなくても良いと思うけど。

 

「日本の女、こんなにいい人いるなら、もっと早く知り合いたかったでス。あんまり友達いないから……」

 

「リーニャ、女だけじゃなくて、男にもモテるじゃないの」

 

「日本は男ダメでス。あんまりアプローチしなイ。なのに、私のおっぱいばっかり見まス。むっつりスケベばっかりでス」

 

「ふん、あんたの弟子だって、日本の男よ」

 

「アキもスケベです。おっぱい大好きでス」

 

「ちょ、先生!!」

 

「「「ぎゃはははははははははは」」」


 アタシも笑った。


 〇


 第54話/99話 「囲む 聖夜の食卓」 終

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