第51話/99話 「知る これが世界の広さだと」①
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12月18日(日)
「……ああん? まだ夜じゃないの……」
いつもどおり、4時30分に起きる。
アタシの体は、いつも目覚ましが鳴るか鳴らないかくらいに、勝手に起きる。仮に目覚ましが鳴らなくても。
どこでも眠れるのはアタシの長所だ。隣の部屋で、お経が聞こえようが、家族が喧嘩していようが、アタシはいつでもどこでも寝られる。家の二段ベッドよりも、ホテルのベッドはふかふかで、寝心地が良かった。
枕は合わないから使わなかった。
ベッドの小さい明かりをつけて、着替えようと、ガサガサやっていると、起きたらしい師匠に冒頭の言葉を言われる。
「……ああん? まだ夜じゃないの……」
「朝ですよ。あ、師匠はまだ寝てていいですよ」
「NHKの試験放送より前は夜よ。寝なさい」
起きてきた師匠に、ひっつかまれ、布団に強引に戻される。
ばさ、と軽いけどボリュームがある掛布団を掛けられ、その上から師匠にのしかかられる。
「はい、おやすみ~~。7時まで寝ましょうね~~」
そんなことを言われ、電気を消される。
師匠は、そのまま何もかけずに目を閉じてしまった。重い。
なんだか寝なければいけない雰囲気になったので、そのままうとうとと。
寝たような、寝ないような。案外休まるものだ。
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7時になってもぐずる師匠。
髪だけは撫でつけた頭の、半目で死んだ顔を連れて、食堂へ。
食堂へついた瞬間、師匠が覚醒する。
食い意地張ってるのかな、と思ったら、そうではないらしい。
「座ってなさい。取ってきてあげるわ」
席について師匠を待つ。
師匠が持ってきてくれた朝食はパンとコンソメスープ、ウインナーにサラダ。それと牛乳。
いつもは米なので、パンの朝食は新鮮だった。
「師匠、おかわりしてる人がいますよ」
食材が彩り豊かに、バラエティに溢れて並べられたホテルの食堂。
食事を摂るテーブルから立って、追加の食事を取りに行く人たちを見ながら、アタシは言った。
「ビュッフェスタイルっていうのは、そういうものよ」
アタシと同じものを食べながら師匠が言う。
「このパン、すっごくおいしいです。ウインナーも。アタシもおかわりしたいです」
「……自由にとりなさいっていうと、あんた、絶対みっともないことになるから、あたしがとってきたのよ。それで朝は終わり。毎日飲んでる、大好きな牛乳もつけてあげたでしょ」
「……アタシの牛乳は、背を伸ばすためで、牛乳そのものは大嫌いです」
――その後。
『特別に』許してもらったグレープフルーツジュースは、今まで飲んだどんなジュースよりも美味しく感じた。
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ホテルの部屋が練習用に開放されているらしい。
フルートをもって、トレーナーのまま、師匠について『練習室』へ。
受付の人に「制限時間は20分です」と言われ、中に入る。
だだっ広い会議室。
フルートを持った人やその指導者らしき人が何人か。10組くらいかな。
アタシと同じ、本選参加者だろう。
床がふかふかした吸音効果のあるカーペットになっているから、そこまで音は通らないけど、やはり周りの音は気になる。
まあ別に、レッスン室と違って人が多いだけだ。
慣れない場所だけど、いつも通りやるだけか。
カヤに会えるかな、と思って探したけれど、いなかった。アタシより出番が早いから、もう終わっているのかもしれない。
「あんたがもう少し、世間に認められれば、個人の控室くらいもらえるんだけどねえ」
「別に、音出し始めれば、自分の音に集中できるから大丈夫ですよ」
「はいはい、頼もしいわね。いつもどおり、音階噛ませてロングトーン、あと課題曲の最初の5小節を2回。あとは通しで2回吹いておきましょうか」
いつもと変わらない、軽い調子の師匠がそんなことをいう。
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練習室での確認作業を終え、ドレスに着替えて、上からグラウンドコートを羽織り、ホテルをチェックアウト。まあ師匠が受付で、キーを返して何か受けとっていただけで、アタシは何もしてないけど。
会場の『マッハホール』へ。
受付を済ませて、控室へ。予選とあまり変わらない。
ただ、控室の雰囲気は少し違うような気がする。
『全楽』予選は、師匠が言うところの「人生がかかっている子もいる」雰囲気。思いつめたような顔の人が多かった。なんなら、まだ吹いてもいないのに泣きそうな顔の人や、顔を指導者の胸にうずめたままの人もいた。
本選の控室はそうではない。「本選に出られたら実績になる」からか、参加者の顔から充実感や自信がみなぎっている気がする。
もし今日、結果が悪くても、この人たちは予選のように泣き崩れたりはしないだろうな。ある程度の満足で帰るんだろうな。そんな雰囲気がある。
去年、アキの応援で見た、本選結果発表の雰囲気、それを産む雰囲気がそのまま出ているような気がした。
カヤは……探したけれどいない。アタシより出番は1時間以上先だろうか。そりゃそうか。少しの残念を感じる。
そういえば、カヤの姉、ルイさんは、周りがみんな充実感を漂わせる中、アキに負けて屈辱にまみれた目をしてたっけ。……真面目そうな人だったもんなあ。周りは『腕試し』みたいなのに、ルイさんだけは、生き死にがかかってるみたいな。
「好きじゃないわね。この雰囲気」
ぼそっ、と。
師匠がそんなことを言う。
「予選より、みんな頼もしそうでいいじゃないですか。みんなうまいんだろうし」
控室にいるのは、みんなアタシより年上で落ち着いて見える。
それに、昨日カヤに会って、なんとなく、この場にいるのは、みんな仲間のようにも思われていた。
予選と違うのは、女の子はセーラー服の子よりもドレスの子の方が多いことくらいだろうか。本選は、中学生でも、ドレスを着てくる子も多いみたいだ。
「ふん。弛緩っていうのよ、こういうのは。アタシは予選の方がよっぽど好きよ」
ぼそぼそと、師匠はそんなことを言う。
予選の喧騒には「ロングトーンで黙らせろ」とか言ってたくせに。ひねくれた人だ。
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呼ばれたので、昨日下見した音出しの控室へ。
いつもどおりのルーティンで。
予選と同じく、真剣な表情の師匠に見送られ。
昨日見た舞台裏へ。
いつもどおりに淡々と。
昨日見たステージ上へ。
予選と同じく、集中し。
予選と同じく、アタシの世界は終わり、礼をして。
昨日見た舞台袖を抜けて。
昨日見た廊下へ出たところ。
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「師匠! どうでしたか?」
抜けた廊下の先、師匠が待っていたのでアタシは駆け寄る。
すこし走りづらい靴で。
「そうね。座って話しましょうか」
「はい、あ、荷物持ちます」
マッハホールの入口、外が見えるガラス張りの場所には固定式のベンチがあり、アタシと師匠はそこに座った。
「靴、履き替えて入れちゃいなさい」
「は~~い」
金具で留めるかわいい靴から、スニーカーに履き替える。
アタシの足は、最近どんどん大きくなるので、少し大きいサイズを買ってある。靴ひもをぎゅっと、きつく縛れば平気だ。
ドレスの上からコートも羽織る。着替えさせてくれればいいのにな。帰るまで、今日は1日このままだ。
「まず、あたしは、バカ弟子に謝らないといけません」
「え、なんですか」
なんだろう、心当たりがない。
「今日は、勝てません。残念ながら」
真剣な表情で師匠が言った。
でも、アタシは特にショックはない。
「ああ、なんだ。もうそれは言ってたじゃないですか。アタシの演奏は『全国レベルじゃない』って」
「いや~~……。あんたの頑張りなら、届くと思ってたんだけど、ちょっと、無理だったわ。まあ、そんなわけで」
「はい」
「午後は、予選の点数高い子たちが出るから、しっかり聴くのよ。あんた、バカみたいに頭固いし、大丈夫だとは思うけど一応ね。昨日の子とランチ行くんでしょ。……ちゃんと帰ってくんのよ。いつもどおりにね」
「は~~い。大丈夫ですよ、もう! アタシを何だと思ってるんですか! ちゃんといつもどおりに帰ってきて、普通に聴きますよ」
はしゃぎすぎて、帰ってこない幼児だとでも思われているんだろうか。
あるいは、自分より上手い人を見たくないからと、拗ねて帰ってこないやつだとでも?
師匠は、ときどきアタシをガキ扱いする。
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