第50話/99話 「出会う 初めての友」②
〇
「……と、いうわけで、アタシはアキの同級生で、妹じゃないんです」
ぽつぽつ、と。
ぎくしゃくしながらも、話をしてみたら、『榎本先生の娘さん』は悪い人ではなかった。というか、普通にいい子そうだ。
「あ、そうなんだぁ。ごめんなさい。美雲くんの同級生ってことは、5年生ですよね?」
「うん」
「あの、私も5年生で」
「えっ、そうなの!?」
「そうなんです。あの、同い年なら、その……ていねい語じゃなくても、いい、かなっ……て?」
はにかんだような笑顔でアタシに尋ねる『榎本先生の娘さん』
うわあ、断れない。こんなかわいい言い方をされたら。
断る気も無いけれど。
「う、うん! ア、アタシもていねい語じゃなくていいよね? ごめん、そういえば名前もまだだった! アタシ、初鳥シオリ!」
ついつい、身を乗り出して、アタシは食いつくように言ってしまう。
「あ、私、榎本カヤっていいます。……いうんだよ? えへへ。こんなところで、同い歳に会うなんて。シオリちゃん、お友達になろ? だめ?」
「う、うん。……カヤちゃん? ……へへ。友達」
……お友達になろう。
初めて聞いた。一緒に遊ぼう、とかじゃないんだ。そういえば、アタシもう5年生だもんな。最近、新しい友達できてないから、そういう感じなのかな。
戸惑うアタシに、カヤちゃんは、さらに、提案する。
「そうだ、せっかくだし、名前も呼び捨てでいい?」
「えっ」
アタシより、どう見てもずっとお金持ちの『良い所の子』。そんな子は、友達を呼び捨てになんかしないと思っていた。
「ダメ?」
上目遣いの目が……かわいい。
誰がこんなの断れるんだ。
「……いいの? え、そ、そういう感じなの?」
なんだか信じられない。
頭の悪そうな庶民の子を、からかって遊んでるのかもしれない、とすら思う。
「うん。というか、仲良くなった子にはそうするのよ、って言われてるから……」
「そっか!……よろしくね、カヤ!」
「うん! よろしくね、シオリ!」
うわあ、全然そうじゃない。この子、悪意とか、多分無い。
アタシたちはあっと言う間に友達になった。
過去最速かもしれない。少なくとも記憶にはない。
「ごめんね、すぐ思い出せなくて」
「シオリ、背が伸びてたし、髪型も違うから最初分からなかったんだけど、思い切って、声かけてよかった! ねえ、シオリがここにいるってことは、明日の『全楽』フルートに出るんでしょう?」
そういえば、この子、去年はアタシより背が高かったっけ。
「う、うん。カヤもそうなんだ?」
「演奏、何番目? 私は午前の20番目」
「あ、アタシ、午前の35。午前の最後」
明日、フルートの腕前を評価されるのは、50人。午前35人、午後15人。
「本選の演奏順は、予選の点数で上手い人ほど後ろ』と師匠は去年言っていた。なお今年は、同じ言葉を言った後に「1日に50人評価するとか、審査員への拷問よね。まあ、それで金貰うんだから、仕方ないけど」だそうである。
つまり、点数だけでいえば、アタシは全国の16番目。カヤは31番目。アタシは、師匠の「全国レベルには少し届いていない」の言葉から、もう少し下の方かと思っていたから、意外だった。
「へぇ~~、シオリ、私よりうまいんだあ」
「そ、そんなことないよ。審査員だってちがうし、会場だって」
なんか、すっごい驚いたという風に、ぽっかりと口を開けた笑顔で言われたので、慌てて謙遜、いや訂正する。
過剰に期待されても困る。
なんせ、アタシは普段1人で師匠にフルートを習っているから、同世代を知らない。
「うぅん、そんなことないよ。私、同い歳で自分よりフルート上手い子に会ったの、初めてなんだぁ。シオリは『マッハ』何回目?」
「えっ……」
カヤの言う『マッハ』が、今日、下見に行った『マッハホール』であるのは分かる。しかし、何回目、その言葉の意味するところがアタシにはわからない。
初めて、には違いないのだが、そのまま答えて良いものかは判断できなかった。
『全楽』の会場は毎年変わるはずだ。
返答に詰まっていると。
「あ、そっかぁ。シオリ、去年お姉ちゃんといったところの人だもんね。あんまり来ないよね。でも、『マッハ』、結構、コンクールで使ってるはずだけどなあ?」
疑問を顔に出しながら、そんなことをカヤが言いだす。
……理解した。
「あ、ごめん、初めてなんだ。他のコンクールとか、あんまり知らなくて」
「へえぇ。それでも私より上手いんだあ」
「カヤは何回目なの?」
「う~ん、5回か6回? 覚えてないなあ。うち、ここから近いから、結構来てるんだけど。あんまり良い成績だったことないんだよね。年上の人が参加するコンクールばっかりやるから」
え。
「カヤの家、ここから近いの? 近いのに、どうしてここ泊まってるの?」
「うん。車で1時間くらいかな? 泊まらなくてもいいんだけど、お姉ちゃんばっかりホテル泊まって、ズルイんだもん。あ、お姉ちゃんは、明日トランペット部門でね。パパに送られて行っちゃった。私は今日、ママと」
『全楽』のトランペット部門、本選会場はまた別の県だ。
「ふぅん。アタシ、こんなホテルも初めてだから、よくわかんなくて……」
「でも、私より、点数、上なんでしょう?『マッハ』も初めてで。やっぱ、すごい子、まだまだいるんだなあ……。本選来られて良かったなあ……。明日も楽しみだぁ……。……そうだ、明日、お昼ご飯いっしょに食べない? 終わった後だから、2人とも時間あるでしょ? どっちかが午後だったら、ピリピリしてただろうし、2人とも午前で、むしろ良かったよね!」
「う、うん。お昼ご飯、どうするの? ししょ……先生に訊いてみないとダメだけど」
あまり考えていなかった。
アタシはレッスンの日はママのおにぎりだし、予選の日もそうだった。
考えてみれば、ママがお昼を準備してくれない日は珍しい。
「行きたいお店があるの! 会場の近くなんだけど、ちょっと古くて、いい雰囲気でぇ」
「え……。アタシ、そんなにお金ないよ」
考えてみれば、『良い所の子』が普段何を食べてるか、アタシは知らない。
毎日ステーキとか食べてるんだろうか。
今日の夕食に食べた、立派なハンバーグとかシチューだって、ちょっとアタシには手が出ないと思う。
「大丈夫だよ。高い店なんか、子供は入れないって。パンケーキとかだからさ。フレンチトーストとか、パフェとかもあるんだって」
「あ、それならいいか。先生が良いって言ったらね」
「うん、楽しみ! あ、フルートも負けないからね!」
「うん、がんばろう!」
本選に来てよかった。互いに頑張る仲間に会えた。
同じ歳でフルートを吹く子は、いなかった。もしかすると『全楽』の予選会場にはいたかもしれないけど、話すどころではなかった。
思いがけない出会いに、アタシはこの夜感謝する。
〇
コンコン。
ギイッ。
「おかえり」
師匠が出迎えてくれたので、そのまま部屋の中に入る。
「随分と長いこと話し込んでたじゃない。楽しかった?」
「はい! 師匠、ここに連れてきてくれて、ありがとうございます!」
明るい顔と声で応えたそれは、間違いなく本心である。
ずっと、昏い感情が主で、フルートを吹いてきた。もちろん上達を喜ぶ気持ちなんかもあるけれど、それも心から明るい気持ちとは言えない。
同世代の仲間との交流が、こんなに『効く』とは思わなかった。
胸の奥がじんわり暖かくなる。
「どう? 敵は見えた?」
「何言ってるんですか、話してみたら、カヤ、すっごい良い子でしたよ! 友達になれたし、お互いがんばろうって。師匠、去年言ってましたよね。『全楽』は、本選に出られただけで成果になるから、本選の結果発表は予選と雰囲気全然違うって。実際そうでしたし」
昨年、アキの本選で見た結果発表は、実際に笑顔ばかりだった。悔しそうな人もいたけれど、それでもどこか、清々しさがあるような。
同じ諦め顔でも、予選で見た、無理やり自分を納得させる顔ではなく、ここまでやれた、と誇れる雰囲気でもあるような。
カヤのお姉さんは違ったけど。
ルイさんとか言ったっけ。自分に厳しそうな人だったな、とアタシは思い出す。
「あ~~……うん、まあ、ね」
「敵なんかじゃないです。同じ、フルートがんばる仲間ですよ。あ、明日、お昼ご飯誘われたんです。……行ってきてもいいですか?」
「あんたと、あの子が、ご飯?」
眉をひそめて。
すこし、いぶかしげな表情で、師匠はアタシに尋ねる。
「はい! 2人とも、出番が午前なので。安い店で、パンケーキだそうです。甘いの他にもあるって」
なんですか。あの子は確かに『良い所の子』かもしれないけど、師匠に教わったフルートのおかげで、友達になれたんですよ。初めて出来たフルートの友達なんですよ。そんな風にアタシはちょっと、師匠の態度に反発する。
……そうでないと、アタシとは、一生接点がなさそうな子なのは確かだが。
「ふぅん。まあ、気を付けていくのよ。敵の姿を目に焼き付けていらっしゃい。あ、あたしはもうシャワー浴びたから、あんたもさっさと浴びなさい」
「だから、敵なんかじゃないですってば。……わかりました」
今日の師匠はなんだか意地悪だ。
「洗ってあげようか?」
「……ワンちゃんじゃないんですから」
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第50話/99話 「出会う 初めての友」 終




