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第45話/99話 「笑う バケツ族」②

 〇


 夜の集合時間、広いホール。

 5年生の100人強が、外周に沿って輪になって、ろうそくを持たされる。

 落とされた照明の中、中央の、葉っぱの無い裸のツリーを()したろうそく立て。

 白くて長い、てるてる坊主みたいな衣装を着た、祭祀役(さいしやく)の先生と、何人かの『火の子』役の同級生。

 ツリーに立てたろうそくに火が(とも)される。ぼう、と周辺がぼんやり明るく――明るくと言うにはあまりに弱弱しく光る。

 祭祀役の先生が「この日、あの陽からいただいた、その火を、分け与えられる、恵みに感謝を――」とかなんとか教訓めいたことを言っている。

 

「ただしさの心をともします」

「きよらかな(たましい)をともします」

「まっすぐな命をともします」

 

 『火の子』役の子たちが、手に持った長い柄にセットされたろうそくに、ツリーの火を付ける。

 どれも、少し嫌いな言葉だ。

 『火の子』役の子たちが受け取った火を、周囲に散らばり、外周で輪になる子に分け与える。

受け取った子は隣へ――。

 

「くーちゃん、気をつけて」

 

「うん」

 

 ヒソヒソ声で話すスズちゃん。闇の中で照らされる顔はなんだか凛々(りり)しい。

 

「ほら、大丈夫?」

 

「お、おう。なんだかドキドキするな」

 

 イサオも、アタシと同じく初めてだろう。

 (またた)く間に、輪のように広がった火。少し明るくなったホール。

 よく見れば、きっとみんなの顔も見える。

 アタシはどう見えているだろうか。

 手元の火に目をやる。

 多分、正しさなんかない。火に意思は無い。そもそも正しさってなんだ。

 清らかさはあるかもしれない。汚い何かを焼くのに使える。ただし、きれいな何かも焼いてしまうかもしれないけれど。

 ゆれて、ゆらいで、ゆらめいて、真っ直ぐな瞬間なんかない。

 少しおかしくなってしまう。

 

「ふふっ」

 

「何笑ってんだよ」

 

 小声でイサオが話しかけてくる。

 昼は、びしょぬれになっていたのに、元気そうだ。

 そのままアタシたちは、決められたとおりに、チェコ生まれのひげ面の音楽家が作った交響曲の抜粋(ばっすい)を日本語で歌った。

『かぜはすずし このゆうべ』と言われても、締めきったホールに風は吹かない。


 〇

 

「では、火を消してください。ろうそくを下に置いてください」

 決まり文句に従って、火を吹き消し、ろうそくを置く。

 

 中央の大きなツリーのろうそく立て以外は、ホールが再び真っ暗になる。

 少し光を見たので、闇が最初よりも深く感じる。


 アタシの苦笑をよそに、(おごそ)かな雰囲気(ふんいき)で、儀式のようななにかは、終了する。


 ――わけではなかった。

 バン!

 ウオオオオオオオオオオオオ!!!!

 突然、ホールの扉が開き、雄たけびを上げた男たちが、ダッシュで飛び出してくる。

 なんだ、このサプライズ演出。

 ホールの入口は開けられたままなので、そこから指す光がまるでスポットライトのように、そいつらを照らす

 裸の上半身に、白い模様(もよう)でペイントをし、細かく裂いた無数のビニール(ひも)を腰に巻きつけた――おそらく、東南アジアかアフリカの民族衣装や腰ミノに見立てたものだろう――そいつらは、よくよくみれば、普段は「勉強もスポーツもそうでもない普通の男子」たちの扮装(ふんそう)だった。

 全部で10人くらい。

 アキもいる。普通の男子にしては少し上等すぎる気もするが、例外はある。

 ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 雄たけびをあげたまま、そいつらは、中央の大きなツリーのろうそく立ての周りをぐるぐると回り、ツリーを囲むように座った。

 手にはみんな小さなバケツを持っていて、それを叩きながら歌いだす。

 (なぞ)の言語で歌いだす。

 

「スンドリッリ、ダンソリッリ、バーソリワー……♪」

 

 ——バケツ族だ。

 なんでバケツなんだよ、とショボい衣装と一緒に()っ込みたくなるが。

 バン、バンとバケツを叩くそいつらは、本当に楽しそうで。

 パン!パン!パン!パン!

 ――ふときづけば、バケツを叩くリズムにアタシたちも手拍子してしまう。

 パンパン、と鳴るアタシたちの手拍子で、歌声はあまり聞こえない。

 ホールの雰囲気には、少しの笑いや、「ひょー」「うおー」と言ったよく分からない掛け声も混ざっていた。

 歌が終わり、バケツを叩くのも止まる。

 アタシたちの手拍子も止まり、静寂(せいじゃく)が一瞬帰ってくる。

 ウオオオオオオオオオオオオオオ!!!!!

 そいつらは、雄たけびを上げて力強く立ち上がると、入ってきたホールの入口から、雄たけびを上げて来た時と同じようにダッシュで出て行った。


 〇

 

 ホールからアタシたちは退場する。

「すごかったな、最後の」

「すごくはなかったけど、すごかったね……」

 イサオが話しかけてきたので返す。

 あれも、音楽か……。歌が入っていたから音楽か……?

 音楽なのか、あれ?

 でも、楽しそうだったなあ。

 アタシは、最近、フルートに苦しさを感じてばかりだ。

 集中して頭がクリアになること、上達すること、それ以外に楽しさはあるだろうか。

 体はキツい。

 上達するほど、要求される技術の正確さと未熟な自分の差が見えてきて嫌になるし、直接比べる師匠や、同じ楽器ではないアキとの音質の差も見えてきて焦燥感(しょうそうかん)もある。

 師匠が言っていた「上手くなるほど、遠さに絶望させてやる」という言葉は嘘ではない。

 あの、楽しそうな歌と打楽器――バケツだが――も音楽なら、そのうち、それをやるのも悪くない。

 そんな風に思った。

 

「シオリちゃん、部屋もどろ」

 

 少しの思案(しあん)を待っていたかのようにスズちゃんが声をかけてくる。

 ……本当に、待っていたのかもしれない。

 

「そうだ、シオリ、大部屋大丈夫かよ」

 

 イサオがアタシを心配するように声を掛けてきた。

 こんな慣れない場所でも、他人を気遣(きづか)えるのがコイツの長所だと思う。

 

「ん。二段ベッド、慣れてるから平気」

 

 何でもないと、そう答えた。

 心配するな。そこまでアタシは弱くない。

 沢登りも、アンタより先にゴールしただろ。

 

「そうか。ダメだったら、いつでもオレたちのところ来ていいからな」

 

 トモクニもイサオを引きつぐ。

 アタシは弱くないけれど、言われれば少し甘えたくなる……。

 すすす、と、なんだか心情的(しんじょうてき)()()いそうになった体を、スズちゃんが手で止める。

 

「くーちゃんのスケベ! シオリちゃん、いこ!」

 

 スズちゃんはなんだか怒っている。

 

「う、うん。戻ろっか」

 

 部屋に戻る脚は、少しの疲労(ひろう)はあるが、軽かった。


 〇


 第45話/99話 「笑う バケツ族」 終

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