第44話/99話 「見上げる 同じ夜空」①
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7月29日(土)
「サトミ、きたよ!」
「わぷっ」
朝、出迎えてくれたサトミに、そのまま、がば、と抱きつくアタシ。
昨年と同じく、ママに連れられ、亀山団地のサトミの家にアタシは来ている。
ちょっと愛情表現として、過剰かな、と思ったけど、素直に好意を伝えたかった。
サトミに出迎えられたときに、安堵と感激で固まってしまった去年とは少し違う。
昨年の方が、おそらく比較したときにアタシの好意としては大きかったと思う。重かったと思う。
逃げ場がほとんどなかった昨年の方が、サトミに会った瞬間のアタシの気持ちの弛緩・解放はすさまじかった。
それでも、形にできるのは今年の方なのだ。
それはアタシの成長なのか、それとも大きすぎる好意は形にしづらいということなのか、判断は出来なかった。
「シオリ、背、すごい伸びた?」
アタシから少し体を離したサトミが言う。
なんだか目を丸くして。
「へへ、生臭い牛乳がんばって飲んでるの。腐った豆も、煮干しも食べてる。肉も魚も増やしてもらって」
ただの成長期ではない、多少の努力を褒められてうれしくなる。
いや、褒められたわけではない。
サトミは気づいただけで、褒めたいのは自分だ。
「日焼けして、髪も短くなって……」
「朝走ってるから、そのせいかな。髪はぴょんぴょん跳ねちゃって、気に入らないんだけど」
夏に入って、少しの短時間でも、強い日差しはアタシの肌を焼く。
思えば、去年は雨ばかりでプールに入る日も少なかったから、元々色白なアタシの肌は白いままだった。
「眼鏡、どうしたの?」
「コンタクト入れてるの」
『メガネブス』と罵られ、殴られたのがきっかけだったんだけど、黙っておこう。
「へぇ~~。かわいいね」
「ほんと?ありがと。いつもは、レッスンの時と学校の時だけなんだけど。サトミに会うから、こっちの方が少しかわいいかなって。気合入れちゃった」
褒められた。
眼鏡の方が良い、と言われなくて良かったと胸の奥が少しじんわりとする。
思えば、サトミがアタシにそう言うわけはないのだけれど。
いつもアタシの欲しい言葉をくれるのがサトミだ。
会うのが久しぶりでも、さっぱり変わらない。
「……なんだか、たくましくなって、男の子みたい」
「ふふん、こんなアタシはお嫌いですか、おじょうさん?」
答えを予測しながら、少し気取ってアタシは訊く。
褒めて、褒めて、と意図を隠さずに。
「まさか。シオリはいつだってかわいいよ」
「へへ、ありがと。今日はいっぱい遊ぼうね!」
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ひとしきり遊んだ後、アタシは切り出す。
言わなければいけないことがあった。
「サトミ、今年も夏祭り来て欲しいんだけど」
「うん、もちろん」
「……今年は、あんまり人が来ないところで、一緒にいてほしい」
アタシは話す。なるべくオブラートに包んで。
深刻に聞こえないように。
もうアタシの現状を知らない、知っても何も出来ないサトミがショックを受けないように。
少し、友達が、大勢集まる会話が苦手になってしまったと。
視線が集まるのは、少し苦手であると。
クラスで授業中に固まる、とかそういう話はやめておいた。
今年から担任になった獅子戸先生は、教頭先生に言われてなのか、授業中にアタシを無理に指名しない。
意地悪なことを言ったりもしてこない。
おそらく良い意味で「放っておかれて」いる。
通知表の積極性の欄は『もう少し』ばかりだったけれど、他の理解度なんかの欄は『よくできた』も増えた。
めんどくさい子、として認識されているのかもしれないが、それでアタシに不利益はないので、心身に負担がない。
「お願い、……アタシだけじゃ、退屈かもしれないけど。誰か他にも呼んでおくから。……それか、他の子と話しててもいいから、その間はアタシを呼ばないで。友達がいっぱい、的なやつが、ちょっと、その、どうしてもダメみたいなの」
胸の奥が少しだけ痛む。
アタシのことをわかってくれていた旧友に、こんなことを頼むのは、筋が違う。
アタシが「お願い」なんて言えば、サトミは断らないに決まっているのだ。
「うん、いいよ」
ほらね。
「ごめんね」
「いいよ、そんなの」
アタシは、スズちゃんやイサオ、トモクニに、少しの障害を慰められ、受け入れられた時、「ごめん」とは言わないと言った。けれど、それはきっと、対等に友達として恩を返すときが、この先きっと来ると思っているからというのが、多分にある。
会う機会が、この先限られるであろうサトミは、アタシが恩を返す瞬間なんかないかもしれないのだ。
今は5年生、来年は6年生。そこまでは良い。
中学生になったら、きっと互いに忙しくて、会う機会は無理やりにでもしないと作れないだろう。
友達にやさしくて明るい、おそらく亀山でも人気者にならないはずがないサトミが、今年の夏祭りに来るのだって、もしかして他の誘いを断ることになっているかもしれない。
「……誰、誘おうか。アタシ、声かけられる子は限られてるけど、会いたい人はいる?」
誰かに、一緒にサトミをもてなしてほしい。
できればサトミと親しかった子に。サトミが会いたいと思える子に。
アタシと仲が悪い子でも良い。サトミが楽しんでくれるならそれでいい。
サトミは少し考えた後、こう言った。
「うーん、シオリが呼んでくれるなら誰でもいいよ。私は、シオリと2人でも良い。いや、それが一番良いかな」
……アタシが、一番、欲しい答えをくれる。それがサトミだった。
きっとこれまでも、これからも。
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