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第31話/99話 「叫ぶ 強くなるために」②

 〇


「じゃあ、午前はこれで終わり。寒いところ来たから、(のど)心配だったけど、大丈夫そうね」

 

「はい。……ココアおいしかったです」

 

 見直した基礎練習の説明を受けて実践していると、師匠が言ったとおり、もう昼だった。

 

「あんた、昼どうすんの?」

 

「あ……」

 

 考えていなかった。

 レッスンの日はおにぎりとかを持って来よう。そう学ぶ。

 でも今日は……。

 

「……師匠は、どうするんですか?」

 

「酒飲んで寝て過ごす予定だったから、つまみくらいしかないわ。なんか買ってこようかしら。最近は初売り前でも、コンビニに弁当くらいあるし」

 

「……そうですか」

 

「あんたのも買ってくるわよ。何が良い?」

 

 そう言われても。コンビニに何があるか、アタシは詳しくは知らないし、値段の見当もつかない。

 ……!

 瞬間(しゅんかん)、アタシは思いつく。そうだ、たまには師匠に自慢したい。

 

「あの、よければ、アタシの家で昼ごはん食べませんか? 雑炊も雑煮もすごくおいしいです。」

 

「はぁ~~? 貧乏人の家の雑炊なんか、あたしが食べてどうすんのよ」

 

「でも、今日、うちに来るとカキ入ってるんですよ」

 

「え、牡蠣(かき)?」

 

「そうです、カキです。すごくおいしいです。自信あります」

 

 我が家には、大みそかの夜に、おせち料理と並んで、大量の牡蠣に、セリと豆腐を足したすまし汁を作る習慣がある。

 正月の昼は、残ったそれを雑炊にして食べる。

 我が家の、数少ない、どこへ出しても、旨いと言ってもらえるはずの、恥ずかしくない料理である。

 

「牡蠣雑炊か……。いいじゃない。……でも、いいのかしら」

 

「大丈夫です。うちの母、他人がご飯に来るのよろこびます」

 

 ママは、アタシが誰かを家に連れて行くと大体喜ぶ。

 あまり機会はないが。

 それに、アタシのレッスン時間が増えたにもかかわらず、レッスン料を据え置き(すえおき)にしてもらったことも、ずっと母はバツが悪そうに、気にしていた。埋め合わせというわけではないが、少しでも報いてもらいたかった。

 

「……ふぅん。めずらしく自信満々じゃないの。じゃあ、行ってみようかしら」

 

「あ、アタシ、いちおう電話します。電話かしてください」

 

 毎年の感じなら、パパはまだずっと会館のボランティア、祖父母は知り合いのところへ行っていると思うが、ママとシュンは帰っているはずだ。


 〇


「あれ、師匠、車どうしたんですか」

 

 出発前の駐車場には、師匠のいつもの緑の変な車ではなく、白っぽい普通の車が止まっていた。

 

「壊れて入院中。……代車よ。タバコくさくて嫌になるわ」

 

 バスや電車にすら煙草の吸殻入れがある時代。

 禁煙の代車はあまりない。

 

「車も入院するんですね」

 

「まあ、人と同じよ。……あんたのフルートも今のペースなら、夏くらいには少し入院させた方が良いかもね、オーバーホール」

 

「ちりょう費、いくらですか?」


 ち、と。

 アタシがそう言った瞬間(しゅんかん)、師匠は軽く、舌打ちする。

 

「……安くて腕の良いお医者さん探しておくわ。……貧乏ってクソね」

 

「クソですよ」


 〇


「……おいしかったわ。雑炊自体何年ぶりかしら。牡蠣入ってるなんて、食べた記憶も無いかも」

 

 我が家の食卓で雑炊を掻きこんだ師匠が、笑顔で言う。

 自慢に思うアタシの期待どおり、牡蠣雑炊は師匠のお気に召したらしい。

 横から、ママが湯気を立てたお椀を1つ差し出した。

 

「先生、あの、お雑煮も召し上がってください。元旦からシオリがお世話になって、本当にありがとうございます」

 

「いえ、あの、お世話なんて……。あたしそんなに食べられませんので……、え、いくらが入ってるんですか。……きれいですね。いただきます」

 

「どうぞ、どうぞ、ハゼは高いので煮干し出汁ですけれど」

 

 我が家の雑煮は、すまし汁にいくらと三つ葉、ナルト、高野豆腐が入っている。いくらの赤と三つ葉の緑が白に映えて、美しい。

 これもアタシの自慢だ。我が家に美しいものはほとんどない。

 この地方の雑煮は、乾燥したハゼで取る出汁が基本。……なのだけれど、駅前の朝市まで行っても、不漁のせいか安いものが見つからなかったとかで、今年は煮干し出汁。それでも十分おいしいとアタシは思う。

 どうせ1年は長すぎて、昨年のハゼ出汁の味など覚えちゃいない。

 

「ししょ……先生、どうですか。正月だけは、うち、ごうかなんですよ」

 

「シオリ、いつもは豪華じゃない、みたいな言い方やめなさい」

 

 ドヤ顔のアタシの言葉をママが否定する。実際、豪華ではないだろう。

 最近はアタシが意識してよく食べるから、米は多いけれど。

 

「お雑煮、食べるのも久しぶりなので、なんだかうれしいです。……少しだけ、実家を思いだしました」

 

「舌にあえばいいんですけど。……先生のご実家、どちらなんですか?」

 

「関西の方です。実家のお雑煮は、こんなに彩り豊かではないですけれど、……懐かしいです」

 

 雑煮を見つめて、優しい目つきで笑う師匠。

 そうか、師匠にも実家があるんだな。

 そんなことにアタシは気づく。

 師匠の実家かあ。やっぱ豪邸なんだろうか。

 ……あれ。

 

「シュンは?」

 

「それがね、先生来るって聞いたら2階に行っちゃったの。会いたくないんだって」

 

「大好きなお姉ちゃん取っちゃう先生だから、会いたくないんでしょうかね、な~んて。ほほほほほほ」

 

 口に手を当てた師匠が、妙な笑い方をする。

 なんだか愉快(ゆかい)そうだ。

 

「ししょ……先生、それはないです。アタシとシュン、そんなに仲良くないですよ」

 

 ……あと、その笑い方似合ってないです。


 〇


「今日はここまで。疲れたでしょ。ちゃんと休むのよ」

 

 再び師匠の家に戻り、基礎練を繰り返しているだけであっという間に外は真っ暗。

 いやまあ、あっという間というには、アタシはだいぶへとへとなのだが。

 休憩を挟んでも、何度もお腹が痛くなった。

 

「……ありがとうございました」

 

 基礎練でもずっと注意されっぱなし。

 師匠の口は良く回る。たぶん、頭も。

 

「明日は曲練(きょくれん)もしましょ。嫌になるほどやらせたつもりだから、今日はもう飽きたでしょ」

 

「……?」

 

 首を(かし)げるアタシ。

 基礎練習だけではダメなのだろうか。

 

「あ、あら? あたしが初心者の頃はさっさと曲練始まらないかなあ、なんて思ってたものだけど、あんたは違うのかしら」

 

「ん~~……よくわかりません。上手くなれれば何でもいいです」

 

「はあ……、最近の子はドライねえ……じゃあそれでいいわ」

 

 両手を広げ、やれやれ、といった様子で肩をすくめてため息をつく師匠。

 明らかにオーバーアクションだ。

 

「……トムとジェリーみたいなため息つく人って、本当にいるんですね。アタシ実際に初めてみました」

 

「あんたが親しみやすいようにやってんのよ! ……帰り、もう下凍ってて危ないから送っていくわ。自転車は明日、陽があるうちに終わりにするから、その時乗って帰りなさい。明日の朝、ご母堂が送ってくれないなら、あたしが迎えに行くから」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

 確かに暗くて見えない時に、凍った道は危ないので、師匠の言う通りにしたほうがよさそうだ。

 だいぶ過保護な気もするけど。

 

「あたしを元旦からたたき起こした罪は重いわ。何が何でも上手くなってもらうからね。ぶっ倒れても吹かせるわ。死んでも吹きなさい」

 

 前言撤回(ぜんげんてっかい)。厳しいわ、この人。

 

「お手柔らかにお願いします。アタシ、師匠みたいにテニスとかバレーの熱血少女マンガ世代じゃありませんので」

 

「……言っとくけど、それ、あたしよりだいぶ上の世代だからね」

 

 あたしのこと、いくつだと思ってんのかしら、とブツブツつぶやく師匠でこの日のレッスンは終わった。


 〇


 第31話/99話 「叫ぶ 強くなるために」 終

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