第31話/99話 「叫ぶ 強くなるために」①
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1月1日(土)
「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくおねがいします!」
「……はぁ~~……はぁ……」
アタシの正月は酒臭い師匠のため息とあきれ顔で始まった。
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「シオリ、新年会くらいは行きましょう。年に1回なんだから」
「ねえちゃん、いこうよ。あまざけも、こんぶアメもでるってよ」
ランニングを終え、雑煮と海苔餅を食べ、両親に新年の挨拶をしてお年玉をもらい、そのままお年玉を貯金するからとママに預けたその後で。
母とシュンが『新年会』へ行こうと、玄関からアタシを誘う。
新年会というのは、我が家が入っている宗教の信者たちが、年に1度会館に集まって、読経したり、歌を歌ったり、ありがたい人のお話を聞いたりする会である。衛星中継で、本部の新年会の様子を、クソでかいスクリーンに投影して、同時進行なんかやってのける。
どんだけ金あるんだろうね。泣けてくるわ。我が家に金は無いと言うのに。
なお、祖父母は、祖父の車で近所の信者を同乗させにすでに出発しているし、パパは新年会で使う会館駐車場の交通誘導ボランティアに行っている。
アタシたちの地域が参加するのは午前の部だけど、午後もあるらしい。
「……行かない。行くわけないでしょ」
いい加減、アタシが宗教の集まりに行かないことを、ママも学習してほしい。
デリカシーの無いママの一言が、アタシの怒りに火をつける。
「……でもほら、美雲くんも来るかもしれないし……」
「――――――っ!!! んなわけないでしょ! つーか、ウッザ! 死ね!!!!」
ブチ切れたアタシはそのまま2階の自分の部屋に引きこもり、何を言われても返事をするのをやめた。
時刻は8時前。まだ早い時間で、今からはフルートを練習するにしてもさすがに近所迷惑。
学校へ行くにしても、3が日は学校が開いてないと、昨日アキが言っていた。
……てか、今日、土曜日じゃん。
「年明けから、休みの土曜日と日曜日はレッスン」の師匠の言葉が脳裏に閃く。
……行かなきゃ。
フルート用品とその他一式をリュックへ。外は雪がパラついているので、大きなゴミ袋にそのまま包む。自転車の荷台へ。
荷物も増えてきたから、防水の大きなリュックが欲しいな……。
そんなことを考えたりする。
師匠の家までは、自転車で20分あまり。今日は少し積雪もあって、さらに積もりそうな雪もサラサラと降っている。遠回りしなければいけない道もあるし、積雪の上は歩く。
まあ1時間か。アタシは覚悟を決めて雪の中をこぎ出した。
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丘を飛び谷を越え、とはいかないまでも、坂を駆け下り、雪を踏み抜き、師匠の家までやってきたアタシ。
1時間はかからなかった。
早いし、以前よりも体が軽い。
ランニングも水泳も始めたばかりで、体力が即座についたわけでもなかろうが、なんとなく、疲れることに慣れてきた感覚がある。
効果を感じる。続けよう。
師匠の家の門のインターホンを鳴らす。
ピンボーン。
……出ない。
少し待って、もう一度鳴らす。
ピンボーン。
…………「はあい」
「あっ、師匠、初鳥です。あけましておめでとうございます。レッスンに来ました」
……「えっ」……「……とりあえず玄関までいらっしゃい」
玄関を開けた師匠は、乱れた髪に半分落ちたまぶた、上下スエットのだらしない格好だった。
いつもビシっとキメている師匠にしては珍しい。
「あけましておめでとうございます! 今年もよろしくおねがいします!」
アタシは結構、決まりきった挨拶には自信がある。
声を出して練習もしているし、脳内シミュレーションも怠らない。
ばっちり笑顔で挨拶したつもりだ。
「……はぁ~~……はぁ……」
アタシの正月は酒臭い師匠のため息とあきれ顔で始まった。
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「悩んでるわ……。……元旦から押しかける弟子の熱心さを叱るべきか、元旦から練習を見てもらおうと来る、非常識さを褒めるべきか」
ガラガラのしゃがれた声で師匠は言う。
アタシと師匠の目の前にあるテーブルには、粉を温かい牛乳で溶いたココアが2つ、小さく湯気を立てていた。
牛乳は嫌いだが、ココアは好きだ。粉で入れる物があるのは知らなかった。今度、ママに買ってもらおう。これならいっぱい飲めそうだ。
「師匠、逆です、逆。……声、ひどいですね」
「酒焼けよ……。週3であんたの練習みるなら、当分飲めないから、飲み納めのつもりだったのよ。……まさか元日の朝に、泥まみれのみすぼらしい子ダヌキに叩き起こされるなんて、思ってないっての……」
タヌキ……? ……ああ、アタシか?
ココアを、ズズズとすする師匠。
隣に座るとものすごく臭い。
いつもの香水のにおいではなく、酒臭い師匠は初めて見る。
我が家では、祖父もパパも酒をあまり飲まないので、酒臭い人を見る機会はあまりない。
「でも、休みの土曜日は朝からって言ってたじゃないですか」
「……言ったかしら。偶数週の土曜が休みって聞いたから、その日って意味だったのよ……。はぁ~~……」
「別に、アタシのレッスンの前の日でも、少しなら、お酒のめばいいじゃないですか。のどガラガラになるまで、のまなくても……」
フルーティストにとって、のどは生命線だ。
「ぶっ倒れるまで飲まなきゃ、飲んだ気しないのよ。あんたも大人になればわかるわ。……まあ、来ちゃったものは仕方ない。それ飲んだらやりましょうか」
乾いた冷気を走ってきたアタシの喉に、甘く熱を持ったココアは優しく沁みた。
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「今日はお手本を聴かせられないから……、いや、まあ吹こうと思えば吹けるんだけど、聴かせたくないから基礎練だけね」
「はい!……なんか、すみません」
レッスン室にアタシの声が響く。
ココアを飲んだ師匠は、アタシを少し待たせると、シャツとスラックスのきちんとした格好に着替えてきた。
切り替えの早さに大人を感じる。
「別に、悪いと思ってないでしょ。まったく。言葉だけの謝罪なんていらないっての」
「はい!」
「ああそうそう、あんた、その『ごめんなさい』とか『すみません』を口癖みたいにしてるけど、レッスン中はやめましょうか。音を外そうが、割れようが、ビブラートをスカろうが、謝る必要は一切ない。あんたが1回謝る間に、全国にいるあんたのライバルは、1フレーズ吹き終わるわ。時間をチリツモで大事にしていきましょ」
「はい!」
アタシは臨機応変というか、とっさの判断が苦手な自覚がある。
何が起きたかわからない時は、とりあえず謝っておけという、アタシの「すみません」も「ごめんなさい」も自分を生きやすくするための癖のようなものだった。
不要と言われるなら、極力言わずに済ませてみせる、そう決意する。
「じゃあ、2時間近くの基礎メニュー組んでおいたから、説明しながらやれば午前終わりよ。メトロノームはアタシが今日は動かす。音階のところは、特にやたら動かさなきゃいけなくて時間取られるから。後で一人練習用の楽譜も渡すわ」
「はい!」
大きく返事して、さあやるぞ、と意気込むアタシ。
を、師匠が止める。
「そうだ、ごちゃごちゃ考えるあんた用の、頭空っぽにするルーティンを考えておいたわ。名付けて、馬鹿になる儀式よ」
「ルーティン? ぎしき? ……なんですか?」
きょとんとするアタシの前で、師匠は顎に手をやり、自信たっぷりという仕草と表情で告げる。
「いやね、クライシーヴァがモスクワフィルでしょ? あんたを送り込むなら最終目標はどこかなあって。やっぱモスクワに対抗するならニューヨークね。あんたは将来、ニューヨークフィルで吹く。ベルリンやウィーンじゃ、どっちの味方かわからないもの」
「……はぁ」
「と、いうわけで、レッスン前は必ず頭を空っぽにするために、この儀式をします。あたしが合言葉を言ったら、『おー』っていうのよ。はい、フルート置いて」
「わかりました」
師匠が胸の前で拳を作る。
アタシも真似して拳を作る。
「いくわよ、『ニューヨークへ行きたいかー!』」
「……おー」
声を張り上げ、拳を突き上げる師匠。
一応、合わせて、拳を出しては見たものの、棒読みで、ついていけないアタシ。
「声が小さい! このノリ、知らないの? ちゃんとやりなさいよ。やらないとあたしが恥ずかしいじゃない」
「……知ってますけど」
ちょっと前に、やたら男子も女子もやっていた、というか、現在も割とやる奴がいる、クイズ番組の掛け声だ。
アタシはテレビを見ないけれど、周りがやっているから知っている。
……なんでこれ? 考える間もなく師匠は叫ぶ。
「じゃあ、もう一回!『ニューヨークへ行きたいかー!』」
「お、おー!」
この人、絶対、酒飲んだテンションで考えたんだろうなあ……。
「声が小さい!『ニューヨークへ行きたいかー!』」
「おおおー!!」
「頭空っぽにして叫びなさい!『ニューヨークへ、行きたいかああああああ!!!!!』」
「う、うおおおおおおおおおお!!!!!!!!!!」
レッスン室にバカ2人の声が響き渡った。
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