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第30話/99話 「誘う 寂しい少年」②

 〇


「そういえば、クリスマスだねえ。サンタさんに何たのんだ?」

 

 説教ぽいことを言って気まずいのか、話題を変えるアキ。

 家はもう、すぐそこだ。

 ……なんだコイツ、アタシがサンタを信じてる幼い子供だとでも思っているのか。

 

「うち、宗教ちがうからサンタさんこないし。邪宗(じゃしゅう)だって言って、サンタさんの話はうちで禁止。かわりに、昨日パパに買ってもらったよ。朝着てたでしょ」

 

「あ、あのジャージか。そういうのだったんだ」

 

「……アキは何かサンタさんにたのんでるの?」

 

「父さんいなくなってから来たことないし。……多分、そういうことだったんだろうなって。ふふ」

 

 アキは少し(さび)しそうに笑う。

 小学4年生ともなれば、サンタの正体くらいは知っている。

 アタシは、保育園の頃から、祖母(そぼ)と両親に言われて知っていた。

 別に、クソみたいな宗教に我が家が傾倒(けいとう)していなければ、サンタさんという存在、都合のいいシステムに、上手に(だま)されてやるくらいのことは出来たのだが。

 

「ふぅん」

「あ、でも、母さんが、クリスマスはパート先で色々もらってくるから、そっちは楽しみだよ。ケーキとかシャンメリーとかお土産で。ピアスとか、宝石もらってくる時もあるし」

 

 少し暗くなりそうな雰囲気を誤魔化そうとしてか、明るい声色でアキが言う。

 とはいえ、アキの母のパートは夜の時間帯のはずだ。

 

「クリスマスでもパート行くんだ」

 

「かせぎ時だって、家を出るのは早いから、もういないだろうし、明日帰ってくるのもおそいけどね。昼くらいかなあ」

 

 ふと、アタシの心に影が差す。

 ……アタシは思う。

 別に、我が家は宗教が違うから構わないけれど、クリスマスはもっと楽しいものではないだろうか。

 我が家はそうではないけれど、友達の話を聞く限り、普通の家庭はパーティーっぽいことをして、テーブルにチキンとポテトとケーキが並んで。

 直接か、寝てからサンタかはともかく、プレゼントをもらって。

 桜山に裕福な家庭は少ないから、祝いの規模は大小あるだろうけれど。

 親から子供が祝われる日、それがクリスマスではないだろうか。

 まあ今日は厳密に言えばイブだけど。

 

「……晩ごはん、うちで食べる? ……帰っても一人でしょ」

 

 何を、1人で、クリスマスに、誰もいない家に、帰ろうとしてるんだコイツは!

 そう感じたアタシは、思わず口から出てしまった。

 

「……え」

 

 間の抜けた声を出すアキ。

 

「うち、今日唐揚げ(からあげ)だからさ。七面鳥(しちめんちょう)とかチキンとかってわけにはいかないけど。……クリスマスでしょ」

 

「……いいの? 親とか、話してないんじゃない」

 

「別に、おかずの数とか決まってないし、別に大丈夫でしょ。うち、ご飯だけはすごくいっぱい炊くし。来るの? 来ないの?」

 

「……行く。よろしくおねがいします」

 

「別にかしこまらなくていい」

 

 ……目の前にいた、倒すべき宿敵(しゅくてき)みたいに、すごくデカく感じていた存在。それがクリスマスに1人と聞いて急に、寂しくてかわいそうな、ただの小さな少年に見えたのだから仕方ない。

 アタシが特殊なわけじゃない。誰だってそうすると思う。


「着替えてからのほうがいいかな?」

 

「そのまま来なよ」

 

 アキの家と我が家の往復で、100段の石段を降りて、登ってとする時間を考えたら、その方がよかった。

 ……と、いうよりも。

 ほぼ勢いで言ってしまったので、時間があくと恥ずかしくなりそうだった。

 ……家に男子連れて帰ったら、冷やかされるだろうか。されるよな。うちの家族。

 まあ言ってしまったものは仕方ない。


 〇


「……ねえちゃんが、かれし つれてきた」

 

 ただいま、おじゃまします、と玄関から入ったアタシと、それに続いたアキを見たシュンの反応はこれだった。

 

「えっ、なに、うそ!」

 

 どたどたと走ってきたママが続く。

 

「あら、なんだ。美雲さんとこの! 付き合ってたの!」

 

「付き合ってないから! そういうんじゃないから!」

 

 ママのこういうところが嫌いだ。

 なんで女子と男子がいるだけで、付き合っているとかそういう話を大人はしたがるんだろう。

 

「クリスマスなのに、1人でかわいそうだったから、連れてきたの! 彼氏じゃない!」

 

「あら、そう、残念! あがって、あがって」

 

「……お、おじゃまします」

 

 神妙(しんみょう)な様子で家に上がるアキ。コイツも少しは否定しろよ。

 そうでないと、アタシが家族に付き合ってる彼氏がバレて、慌てるダサい女子みたいだろうが。

 

「からあげ食べたいって。ご飯いっぱいあげてね。シュン、あんたも自己紹介しなさい」

 

「え……、ぼく、アキくん、しってるからいいよ」

 

「あ、そうなの?」

 

「子ども会いっしょだし、遊んだこともあるよ」

 

 ……アタシの指示をよそに、知り合いだったと話すシュンとアキ。

 男子って、どこでつながってるんだろう。

 3つも歳の離れた子と遊んだ記憶は……アタシにはない。

 

「じゃあ、ママは? さっき、美雲さんの、って言ってたけど」

 

「シオリのお母さんは、僕、一緒に合奏したことあるよ」

 

 ……え、マジ?

 意識してたアタシがバカみたいである。

 

「あ、そうなの? ……え、どこで?」

 

 近所であるから、親同士、知り合いでも不思議はないし、アキのことをママが知っていてもおかしくはない。

 合わせたこともあるというのは分からなかった。

 

「シオリのお父さんとお母さんのいた、ビクトリーフィルってところ。何回か、助っ人みたいな感じで吹きに行った」

 

「……へぇ」

 

 あまり聞きたい話ではなかった。

 アキのいうビクトリーフィルは、両親が入っている市民オーケストラのことである。

 毎年のように名前が変わるから、今の名前は何というのか知らない。ルネサンスフィルとか、そんなんだった気がする。

 アタシの家が入っている宗教の、その末端(まったん)の信者の中で、楽器経験のある人たちで構成(こうせい)されたオーケストラ楽団。アタシの両親や、近所に住む叔父が入っている。

 ……アタシの毛嫌(けぎら)いするその宗教は、機関誌を見る限り、自称いつも何かと戦っていて、戦意高揚(せんいこうよう)というのか盛り上げのために、独自に文化祭や体育祭をやったりする。そのために各地で市民オケがあり、その場で演奏をすることもあるし、たまに発表会もしている。……らしい。

 フルートを吹くようになって、母から何度か「行ってみない?」と(さそ)われたことはある。

 毎度、母の悲しそうな顔を見るのは嫌なので、もう誘わないで欲しいと思っているが。

 ただ、活動場所が、信者が集まる広い会館の中なので、練習環境としては魅力的に見えていた。冷暖房もしっかりしている。

 ……絶対に、行くことはないが。

 

「最近、来ないからどうしたかって噂してたのよ。いつでも来ていいからね。フルートは、シオリに取られちゃってるけど、私、今は大太鼓叩いてるから」

 

「はい、そのうちまた行かせていただきます」

 

「……ママ、それよりご飯の用意してよ。手伝うから」

 

 親しげに話すママとアキ。

 一緒に合奏したことがあるというのは、悔しいが本当らしい。

 ん、……何が悔しいんだ、アタシは?

 話題をさっさと打ち切りたくて、アタシはママを急かす。


 手洗い、うがいをして台所へ。

 

「僕も、何か手伝います」

 

 殊勝(しゅしょう)にもそう言い出すアキ。いいから黙ってその辺にいてほしい。

 なんでもうまくこなすやつだから、アタシより家事も出来そうだ。

 

「アキくん、すわっててください」

 

「そうだ、アンタ、お客さんなんだから座ってて。……アタシ、何すればいい?」

 

 シュンがアキを座らせる。

 気が効く弟だ。偉いぞ。

 

「じゃあご飯よそって。それ終わったら、サラダもあるから並べちゃって。ママ、唐揚げの仕上げのところだから」

 

「はぁい」


 〇


 パパはまだ仕事で帰宅していないが、祖父母とママ、シュン、アキとアタシで6人の夕食は賑やかで良かった。

 ……と、言っても、もっぱら話すのはシュンとアキとママ。

 誘ったアタシはなんだか少し気恥ずかしくて、あまりしゃべることができなかった。男子なんか家に呼ぶものじゃない。

 祖父は祖母がいるとあまり口を開かないし、祖母も、家族以外の人がいると口数が少ない。アキの素性や、クラスでのアタシのことを軽く聞いただけで、黙ってしまった。

 「ねえちゃん、かっこいいから、モテるとおもいます。クラスでどうですか?」と()いたシュンは殴ってやった。なお、「かわいいから、男子にも女子にもモテるよ」と、アキは平然と嘘八百を返していた。この男子2人は一緒に並べたくない。

 ママは、アキの母の話を熱心に、根掘(ねほ)葉掘(はほ)りと言って良いほど聞いていた。よその家庭事情なんか、アタシはあまり聞くべきではないと思うのだが、ママにとってはそうではないらしい。ママは優しいけど、デリカシーに欠けるところがあるから、見習うつもりはない。


「楽しかった。人がいっぱいの夕食はあんまりないから」

 

 『百段階段』をくだる帰り道、そんなことをアキが言う。

 

「給食の時間があるでしょ。何いってんの」

 

「昼じゃないし、大人がいるのは、またちがうよ。……階段の前までで良かったのに。下、凍ってるかもしれないから気を付けて」

 

「降りて、登れば運動になるでしょ。アタシは早く体力つけたいの」

 

 送ってくよ、いいよ、いいから、というやりとりをして、今アタシたちは歩いている。

 すぐに家に入ると、ママとシュンにまだ冷やかされそうだったから、少し時間を置きたかった。

 大体、アタシより1日に何度も石段を登り降りしているくせに……、気(づか)いは不要だ。

 

「明日の朝も同じ時間でいい?」

 

「ん。アキは明日の練習どうするの?」

 

 明日は4週目の土曜日。

 偶数週の土曜は休みになった週休2日制。移行中(いこうちゅう)である学校に教師はいない。

 いや、いるかも知れないが、休日も仕事をしている教師に会いたくはない。

 

「明日は、朝走ったら、母さんの帰宅を待って、午後からは先生のレッスンだよ。そのまま日曜の夕方まで」

 

「へ、先生のところに泊まるの?」

 

「ああ。日曜は朝から見てもらうからね」

 

 ……知らなかった。

 アタシも日曜は師匠に1日中見てもらうことになっており、とても贅沢に感じているけど、案外珍しいことでもないのかもしれない。

 

「……へぇ。じゃあ明日走ったら、次会うのは月曜か。……雨天中止で」

 

 なお、この後の12月27日の月曜日は雨が降っており、『アキを出し抜くチャンスだ』と、アタシはカッパを着て走りに出た。

 家の前には、ちゃあんとアキがいて、結局一緒に走ることになるのを、アタシはまだ知らない。

 

「明日、シオリはどうするの?」

 

「学校が使えないから、家で吹くよ。来年にならないと先生見てくれないし。……水泳が良いってアンタ言ってたし、ママかパパどっちかいたら、温水プールまで車出してもらおうかな」

 

「そっか。お互いがんばろうね。……あんまり焦らなくてもいいと思うよ」

 

 はるか高みから何を言ってるんだコイツは。


 〇


 第30話/99話 「誘う 寂しい少年」 終

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