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第25話/99話 「化け物 アタシの目標」①

 〇

    12月17日(金)

「あの、これ、明後日のチケットなんだけど」

 

 下校のアナウンスを終えた機械室。

 今日も合奏を終えたアタシとアキと、クラブ活動帰りで体操服姿のヨリコちゃん。

 アキがアタシに映画のチケットサイズの短冊を渡してきた。

 青い紙に、映画のチケットよりは、ずっと簡素(かんそ)な印刷で『全日本楽器コンクール 関係者招待券』と書かれた2枚のそれは、おそらく次の日曜に、アキが出場する『全楽』本選への客席入場券である。

 

「え、何これ?」

 

「……応援に来てほしくて……」

 

 そう言っていつもの感情の読めない穏やかな微笑(びしょう)ではなく、目を()らして、なんだかきまりが悪そうである。

 ……へえ。自分の雄姿(ゆうし)を見に来いと。

 日頃、力を誇示(こじ)したりはしないアキにしては(めずら)しい。

 でも。

 

「行かないよ。アタシ、日曜は自分のレッスンあるし。返す」

 

「え……、そ、そっか。レッスンあるよね」

 

 券を返すアタシに、がっかりした顔でそれを受け取るアキ。

 

「てかさ、アタシにこれ渡さなくても、アキなら誰でも呼べば来てくれるでしょ」

 

 男子も女子も友達多いコイツのことだ。

 わざわざアタシを(さそ)う意味などない。

 

「……うん」

 

「行ってあげた方が良いよ、シオリちゃん」

 

 それまで何も言わなかったヨリコちゃんが、口を(はさ)んできた。

 

「アキくん、友達多くても、音楽わかる子はあんまりいないんでしょ?」

 

「あ、はい。そうですね。……そうです」

 

「ほらね。それなら、そう言わなきゃ」

 

 ヨリコちゃんはアキの背中をバシンと叩くと、アタシに向かってこう言った。

 

「楽器やってる子に、聴きに来て欲しいんだってさ。行ってあげなよ」

 

「……それなら、まあ。……チケットちょうだい」

 

 アキに手を伸ばすアタシ。

 ほっとしたような笑顔で券を渡してくるアキ。別にアタシが行かなくてもな、とは思うけれど、ヨリコちゃんが言うなら仕方ない。

 ヨリコちゃんが言うように、音楽わかる、わけではないけれど。

 アタシはただの初心者だ。

 

「……出番、何時くらいなの? 順番もう決まってるんでしょ」

 

「開催県の代表は、午後の最後だよ。3時くらいかな?」

 

「わお。オーラス。大トリじゃないの。がんばってね」

 

 ヨリコちゃんが反応する。

 オーラスとは言わないんじゃないかな、とアタシはちょっと思った。

 

「チケット、ヨリコちゃんの分は無いの? あ、この2枚ある片方がヨリコちゃんの分ってこと?」

 

「お姉さんは音楽のことわからないから行きません! ちゃんと応援してあげるんですよ!」

 

 なぜか自信満々に宣言するヨリコちゃん。

 アタシには行けと言っておきながら、結構、勝手なお姉さんだ。

 ……仕方ない。会場までの行き方もわからないし、マユコ先生に相談してみよう。

 

「……言っとくけど、アタシ、さっきも言ったとおり日曜の午後はレッスンだから。先生にきいてみるけど、行けないかもしれないからね」

 

 念のため、保険はかけておこう。

 別に行きたいわけでもないけれど、行くと言って行かないのは、悪いからな。

 

「その時は、それでもいいよ。よろしくね。ああ、来られなかったら、本選の曲、後で吹いて聴かせるよ。自信あるんだ」

 

「……別にいいよ。どうせいつもどおり上手いんでしょ」

 

「ヨリコお姉さんは聴きたいなあ……。……それにしても、アキくん、放送室に来ない時期もあったし、ケンカした後心配だったけど、2人とも仲良くやれてるのね」

 

 言われれば、そんなこともあった。

 まあ、アタシがガキすぎただけなので、頭を下げれば仲直りなんて容易(たやす)い。

 アキはよく出来たやつで、人格者なのだし。

 

「あはは……。じゃあ、今度来た時吹きますよ」

 

 アキは笑って、そう言った。


 〇

    12月18日(土)

「そうですか。では、明日は午前のレッスンにして、午後は一緒に、トランペットを聴きに行きましょうか」

 

 レッスン後、割とへとへとのアタシを前に、説明を受けたマユコ先生はそう言った。

 少し疲れた頭なのでうまく説明できたかはわからない。

 本選を見に行くことはやぶさかではないようだ。

 

「会場の県民会館は、あたしは何度も行っています。任せておいてください」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

「シオリさんの想い人、見るのが楽しみです。ジュニアとはいえ、本選に出るなんて大したもんですよ」

 

 目を細めてくっくっと笑いながら先生は言う。

 

「……想い人じゃないって、言ってるじゃないですか。……アキはすごく上手いですよ」

 

 なんたって、アタシに宇宙を見せるヤツだ。

 まあ、アタシは他のトランペットは知らないから、どのくらい上手いかは知らないんだけど。

 

「すごく上手い人しか、本選には出られませんよ。あなたの期待に、アキくんが応えられるといいですね。ああ、そうそう、本選の演奏順は上手い人ほど後ろです。開催県は最後ですけど。……つまり、あなたのアキくんは、予選で一番上手い人の次に吹くことになるんですね……」

 

 先生はニヤッと笑いながらそう言う。

 なんだか、馬鹿にしているような気がする。

 

「……自信あるって言ってました。良い結果になると思います」

 

 アタシはアキのことは好きではないけれど、ちょっと頭に来たので声がとげとげしくなったかも知れない。

 先生は、アタシのことを少し見て、ふふっと、鼻で笑ってこう言った。

 

「どうだか。……少し上手いと、すぐ調子に乗る、それがトランぺッターって生き物ですから」

 

 その小ばかにした態度と、普段の丁寧な様子が結びつかなくて、アタシは思わず()いてしまう。

 

「先生、トランぺット吹く人、嫌いなんですか?」

 

「……まあ、嫌な思い出は多いですね」

 

 なんだか、先生の本当の部分を少し見た気がする。

 別に普段が、嘘をついているわけでもない、と思うけど。


 〇

    12月19日(日)

 

「……案の定、雪で混雑(こんざつ)していますね。早めに出て正解でした」

 

 午前のレッスンを短めに切り上げ、早めの昼食をささっと。

 ブランチとかいう言葉なんぞ無い時代である。

 フルート、他レッスン用のバッグはマユコ先生の家に置いてきた。「余計なものは置いていきましょう。帰りに取りに来ましょうね」と先生が言うから。

 昨晩から降り続く雪で、街中を()っ切っていく、会場の『県民会館』への道は車が多かった。

 マユコ先生の車は先ほどから、前の車に合わせてのろのろとしか進まない。

 

「心配しなくても、午後の部が始まるまでには着きますよ。……多分」

 

 先生の言葉がなんとも頼りない。

 

「アタシ、雪は嫌いです。転ぶし、べちゃべちゃになるし、自転車は使いづらいし、軍手を二重にでもしないと、手が痛くなるし」

 

「そうですか? あたしは好きですよ。車に乗ってると、邪魔でしかないですけど、積もると音が静かで。吸音効果(きゅうおんこうか)で、楽器の練習も(はかど)るじゃないですか」

 

「……雪の下で練習なんかしたら、フルート、冷えて良い音出ませんよ」

 

 温まるまで待つことが多い季節なのに、降り続く雪の下、屋外でやったら、温まった楽器も一瞬で冷えてしまうだろう。

 

「屋内でやるにしても、近所迷惑にならなくて良いじゃないですか。……それに、冷えたフルートだって、聴ける音にするコツはあります」

 

「……へぇ」

 

 あまりやりたくはないけれど。

 寒空の下、指だって、かじかんでしまう。

 

「機会があったら教えますよ。……しかし、進みませんね」

 

「おそくなっても入れるから、大丈夫なんですよね?」

 

 アキの出番は最後だから、それまでに入れば良いはずだ。

 

「そうですね。……その膝の花束が、悪くなるまでには着きますよ」

 

 アタシの膝の上に乗った、ママに持たされた花束を見ながら先生は言う。

 昨日、レッスンが終わってもう遅い時間だというのに、友達が出るコンクールと聞いたママが「そういう時はお花を持って行って、受付に預けて渡してもらうんですよ」と言い出した。

 そのまま、近くのスーパーの花屋に連れていかれて、「子供の物なので、安くても、見栄えのするものを」とかママが言って、買ったものが、今、アタシの膝上にある。

 花なんかもらっても、アキは喜ばないと思うけど。

 ……てか、本当に、受付から(とど)けてくれるのかな?

 

「先生の車あったかいから、生もの、すぐ悪くなりそうですよね……」

 

 やたらとうるさいくせに、壊れているように、暑いと感じるほど暖房の効く車だった。


 〇

 

 『県民会館』は、先月行った文化センターよりも大きな建物だった。

 カーペットの色も落ち着いた赤っぽい高級そうな色で、事務的な実用性(じつようせい)をほとんど感じない。一般社会との隔絶(かくぜつ)を感じ、黒っぽい床だった文化ホールの方がまだ実務的であったんだと思わされる。こんな機会でもないと、アタシの来る場所では無い、(おごそ)かと言ってよい場所だ。

 午後の部開始時刻には間に合い、会館の入り口で、先生に「上着は脱いでください。(こす)れて音をたてられては困ります」と言われ、脱ぐ。「あたしのカバンに入れておきましょう」なんて先生は言うので、お礼を言って預ける。

 そういえば先生は、いつもの、男の人みたいなパンツスーツにベストで、コートもジャンパーも着ていない。寒くないのだろうか。


「この辺に座りましょうか。少し邪魔でしょうけど、花束は膝の上に置いておいてください。床の上なんかに置いたものを渡すわけにいきませんから」

 

 マユコ先生はそんな風に言う。

 花束は受付に預けようとしたけれども、預かってもらえなかった。「今日はコンサートではなく、コンクールですので、そういったものはちょっと……」らしい。

 先生は、アタシと受付のやりとりを見ていて、「やっぱりそうなりましたか。言おうかと思ったのですが、お母様がせっかく準備したものを、無下(むげ)にするのも悪いかと思って」とニコニコ、いやニヤニヤしていた。

 知っていたなら早く言って欲しい。無駄に恥をかいてしまったじゃないか。

 なんとなく最近わかってきたけれど、マユコ先生は少し面白さを優先して意地悪な時がある。

 県民会館の大ホールは、文化センターのそれよりも大きかった。

 1階の後ろの方から入って、そのまま少し進んだ中段の座席に座る。

 座る時に後ろを見たが、後方に広がる席と、そのさらに奥の2階席は前方よりもはるかに広く感じられ、『こんなに大きな空間に音を響かせるのは大変だろうな』とふと思った。まあ先生の説明どおりなら、今日の出場者たちにはそれは杞憂(きゆう)だろうけど。


 〇

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